マインキョルトにはパン種があるらしいのじゃ
メリクリですよ。
今日は三話更新予定です。
これは一話目(1/3)。
二話目は19時更新予定です。
荷馬車の旅は快適なのじゃ。但し乗り心地は除くのじゃ。
頭のいい狼がこの規模の商隊に近づいてくることはあらぬゆえ問題は森から出てくる小鬼や豚鬼と言った魔物なのじゃ。しかし魔物も森に見えたところでそのまま馬車を止めずにスルーなのじゃ。初日に停車したのは一度だけ、最初から街道におった小鬼を先頭の馬車の馬が踏み殺した時だけなのじゃ。
停車したのは小鬼の死体から魔漿石をえぐり出すためなのじゃが、これは小銭稼ぎというわけではなく魔漿石の残った死体はゾンビになることがあるゆえ冒険者の嗜みなのじゃ。
ちなみにこの世界における人の弔いもまた同じ理由で魔漿石を取り出したのち残った死体を埋めるなり焼くなりするのじゃ。取り出した魔漿石を祀るゆえ墓はあらぬか、あっても重視されぬのが前世との大きな違いなのじゃ。
とはいえ順調な進み具合であっても余裕を持って予定通りの野営地で停車となるのじゃ。無駄な無理をせぬのは流石に旅慣れた交易商たちの隊列と言うべきであろうの。
今度は水場になる小川があるゆえ皆馬を牽いてゆき水を飲ませておる。護衛の冒険者たちは付近を見回ったり、弓を持っておるものは夕餉を豊かなものにするためちょっと狩りに出かけたりしておるのじゃ。
普通の街道であればもう少し村などがあって泊まりは村になることが多いのじゃが、ここは国境の街道であるゆえ村はほとんどないのじゃ。まあメーセルキョーの近くでは新しく作られたらしい村がいくつか散見されたのじゃが、あれはもしストールベリ王国とジープラント王国が干戈を交えることになっても戦場はこちら側ではないと言う意味なのじゃろう。
城市から一日の距離の街道沿いで水場となる小川がそばにあり、野営地に選ばれるのは魔物が少ないという面もあっての上、と言う村があっても不思議のないロケーションを眺めながらちょっと物思いに耽ったのじゃ。
その間にモリエが見事山鳥を仕留めて来おったのじゃ。偉いのじゃ。
わらわが調理する、と立候補して楽しいお料理なのじゃ。とは言っても簡単にの。<経時>を使って肉を熟成させ、塩とハーブをしっかり擦り込み山鳥のハーブ焼きに。ガラの部分を使ってスープに、これも<経時>でいい具合に煮込み、更に<経時>の余熱調理で仕上げる。うむよい出来なのじゃ。
あとはエインさん提供の固い平焼きパンで頂きますなのじゃ。
「すっごーい、おいしいよ。ミチカ」
「ミチカちゃんすごい。おいしいー」
「おお、マジでうまいな」
「しかし、ミチカは料理に魔法を使うのですね」
「ええ、見てて驚いたわ」
双子とオルンは絶賛なのじゃ。モリエとエインさんももりもり食べておる。スープは朝餉にも使えるかと思っておったが無くなるようなのじゃ。
ガントとリーエさんは<経時>の方が気になったのじゃな。確かに普通調理に魔法は使わぬかもなのじゃ。
「其方らはまず山鳥を狩ってきたモリエに感謝なのじゃ」
「おぅ。モリエえらい。またよろー」
「すごくえらい。モリエつぎもよろしくー」
「また夕食前に余裕があったらねー。狩れるかどうかは運次第」
モリエが狩って来おった山鳥ゆえわらわばっかり褒められるのはちょっと違うのじゃ。
「調理に使った<経時>も生活魔法なのじゃが、生活魔法の中では難しくて魔力も多く必要なのじゃ。ゆえにわらわは平気なのじゃがあまり使うものはおらぬかも知れぬのじゃ」
<経時>の方も説明しておくのじゃ。なにやら生活魔法の宣伝員になっておる気もするのじゃがまあよいのじゃ。
「ただ、経時箱と言う厨房用の魔法具を見たことがあるのじゃ。使ったことはないがのう」
「ふーむ、魔法具の工房を押さえて職人に生活魔法を修得させて、いや工房は押さえるとして神殿に提携業務を申し込んだ方が……」
エインさんはなにやら商売人の顔で考え込んでおる。生活が豊かになるのはよいことゆえ心の中で応援しておくのじゃ。
しかしメーセルキョーの孤児院でも思ったのじゃが大勢でわいわい食べるのは楽しいのじゃ。
保存性重視の固焼きパンもスープでふやかすと食べやすいのう。そう思っておったらサーデが真似をして同じようにパンをスープに浸け始めたのじゃ。
「スープが美味しいとここらへんの平たいパンも美味しいね」
「でもマインキョルトの柔らかいパン食べたいー」
ん? 聞き捨てならぬのじゃ。
「フォ・ミーネではパン種を使ったパンがあるのかえ」
「パン種って分からないけどふくらんだ柔らかいパンだよ」
「西方域から船で伝わったので船乗りのパンとか呼ばれてますね」
おお、自分で試行錯誤する必要もなく酵母パンが手に入りそうなのじゃ。マインキョルトが俄然楽しみになってきたのじゃ。
「自分の家で焼くのは普通平焼きパンだけどそのパン種って言うのを買って家でも船乗りのパンを焼く人もいるって聞いたことあるわ」
「ま、冒険者は結局携帯食に固い平焼きパンを買うんだけどな」
「平焼きパンも焼きたての柔らかいのは美味しいんだけどねー」
「そうじゃのう」
おっと、パンの話に夢中になっておったが食後に<洗浄>をしに行く約束をしておったのじゃ。しかしまずは自分らからじゃの。
「セイジェさんに<洗浄>をかけに行く前に自分らの<洗浄>をするのじゃ。使った食器をそこに集めて、女性陣は息を止めるのじゃ」
なにかよく分からないままでも言うことを聞いてくれたのじゃ。謎の信頼を得たようじゃの。
「<洗浄>」
ワクワクした目で鼻を摘まんでおった双子から順番に<洗浄>の水球を通し、食器も洗ってしまうのじゃ。
けほけほ。慣れておるはずのわらわだけけほけほしておるのは釈然とせぬのじゃが、まあ皆きれいになったのじゃ。
「すごいよ。お風呂に入った後みたい」
「食器を洗うだけじゃなくて身体を洗うのにも使うんだねえ」
うむうむ。驚いておるのじゃが、風呂があるのかえ。
「風呂はどんな風呂があるのじゃ?」
「えっとねー、湯気がたくさんー」
「あつくてにがてー。でもさいごに水浴びると気持ちいいー」
サウナかのう。まあサウナも気持ちいいのじゃが。
「あ、男衆は余程汗くさくならん限り平気じゃろうが<洗浄>して欲しくなったら言うとよいのじゃ」
「なんか偏見がある気がするが大体そうだな」
では偏見ではないのじゃ。
「お金も勿体ないですしね」
「対価を求めるのは違う集団だからなのじゃ。ここにおるのは同じ隊ゆえ金なぞ取らぬのじゃ」
ガントがなんと言おうかと悩んでおるが言ってみれば自分の分の<洗浄>のついでなのじゃ。そう言い置いてセイジェさんなのじゃ。
セイジェさんには大感謝されたのじゃ。そして本人も修得する気満々で張り切っておったのじゃ。
なんでもダンジョン探索は深層を目指すと一月以上もの間潜りっぱなしになることもあるそうなのじゃ。それは確かに<洗浄>がないと耐え難そうなのじゃ。
お読みいただきありがとう御座いました。