記憶の旅なのじゃ (前篇)
おいで頂きありがとうございます。
書き溜めがあるうちは日に二話更新、と申しておりましたがこの話が前後編になりましたので三話更新予定です。
19時21時に更新予定となります。
「三千香ちゃん! 三千香ちゃん! 三千香ッ」
父さま、いやクソ親父の声が聞こえるのじゃ、いや聞こえる…。悲痛な叫びってこういうものなんだろうか。こんな記憶あたしは知らない。
夢じゃ。
わらわは記憶から己を切り離す。
白っぽい空間で座り込んだわらわの周りをきらきらと光の小片が舞っておってきれいなのじゃ。小片が三千香の、そしてアーネの記憶だと何故か直感できる。うむ、何故かって夢だからなのじゃ。
「とーさま。これみちかがつくったのじゃ!」
「三千香ちゃんはかわいいねぇ。しかも賢くて器用だ」
「えっへんなのじゃ」
わらわの周りを巡る小片にそっと触れると記憶が流れ込んでくる。。
これは幼稚園で折り紙を習って家に帰ったあと父さまに自慢しておる所じゃな。わらわは父さまっ子であったのう。いやあんなのはクソ親父なのじゃ。
幼い頃一緒に観たアニメかなにかの影響でわらわが『のじゃのじゃ』言い出したら「のじゃロリ三千香ちゃんマジかわいい!」などと喜び、わらわにのじゃ語を教え込んだのじゃ。わらわの一人称がわらわになったのも父さまの所為なのじゃ。自分の呼び方も父上と父さまのどっちが相応しいかなどと言い出してのう、それで父さまとなったのじゃが。
母さま、父さまに合わせて呼び方がママから母さまになったのじゃ、は少し困ったような顔をしておったのじゃ。今考えると当然なのじゃ。
とは言ってもわらわの下に弟たちがおったし夫婦仲は円満だったのじゃろう。
「ねーさま、あそんでー」「あそんでー」
「うむ、姉であるわらわに任せるのじゃ!」
思考に反応したのか弟たちの幼かった頃の記憶の小片が目の前に舞い落ちてくる。わらわも正しく『のじゃロリ』と呼べる幼女であった時代なのじゃ。
この後裏山探検隊を結成して三人で裏山に行ったのじゃが子どもだけで行ったことで怒られたのであったのう。懐かしいことじゃ。
弟たちよ、わらわに代わって親孝行を頼むのじゃ。其方ら自身の親孝行分もあるゆえ一人当たり一人と半人分の親孝行でよろしくなのじゃ。
「ラーリ、マーリィに黙って出てきたら怒られるよ」
「中央広場の正神殿に飾られてる祭りの花台を見たいって言ったのアーネだろ」
「もー、広場の屋台が目当てのくせにー」
届かぬ願いを祈っておったら幼い弟らと重なったのかアーネの幼い頃の記憶の小片もわらわに触れてくる。
物心ついた時には孤児院でその殆どの記憶が孤児院のものなのじゃが、その中には輝く優しい思い出も沢山あるのじゃ。無論ラーリと祭りの日に抜け出したときはこってり怒られて反省室に入れられたのじゃが。
「アーネ、こっちの皮むきを頼むよ」
「はーい、まかせてください」
「ナイフを使うのもうまくなったもんだね」
「えへへありがとうございます」
以前は信徒のおばちゃん達が孤児院の手伝いに来てくれることもあったのじゃ。アーネは手伝いをしつつ料理を習ったりしておったのじゃが、そうした時信徒のおばちゃん達に記憶にない母親の姿を想像で重ねて思いを馳せたこともあったのじゃ。
信徒さん達はあくまで街区の神殿付属の孤児院に来てくれておったのじゃから礼拝所が閉められた現在は誰も訪ねて来てくれぬのは当たり前、と理解は出来ても寂しいものなのじゃ。
「三千香ちゃん!」
また父さまが悲痛な叫びをあげておるのじゃ。胸が締め付けられ息が出来なくなる。夢なのじゃ。夢の身体が痛むことも息が出来ぬようになることもないのじゃ。己にそう言い聞かせることで苦痛を押さえこもうと企図したが、父さまの悲嘆がわらわの意志を貫く。わらわはその苦痛に打ちのめされて白い床に崩れ落ちた。
痛いのじゃ。息の出来ない苦しさをなんとか調息しつつなだめ、寝ころんだまま宙を舞う記憶の小片を見上げる。
この記憶の小片は最初に見た記憶なのじゃ。ネガティブな感情に反応して寄ってきたのであろうか。
この記憶だけは自己の体験として思い出せぬし前後の記憶が写る小片も見あたらぬ。不連続な記憶というやつなのじゃ。
わらわが死んだときの記憶なのであろうか。先立つ不孝に申し訳ない気持ちがわき上がるがその気持ちのもって行き場もないのじゃ。
ぐるぐると巡る気持ちの重みで胸が、そして夢の中の身体が重くなる。夢の中ゆえ精神状態がもたらす影響が強いようじゃな。このまま床に沈み込むのではなかろうか。そうなったら戻れぬ、と言う直感めいた危機感に追われつつ必死に己の思考を別方向へと誘導する。
詳細を思い出せぬのは神さま気取りのアレの仕業ではなかろうかの。殴るのは一発では済まさぬのじゃ! ぼっこぼこなのじゃ! やってやるのじゃ! 己の中から身を熱くするほどの怒りを呼びだす。うむ、我ながら言いがかりめいておるのじゃ。しかし気にはせぬのじゃ。
思考が上向いたら夢の中の身体も軽くなったのじゃ。その場で跳ね起きて細かくステップを踏むとシャドーなのじゃ。ワンツーとジャブを打ちストレート、そしてスウェーで仮想のパンチを避けて一気に身体を戻してダックそして踏み込みショートアッパーを、とやったあたりで我に返ったのじゃ。夢の身体ゆえ思う通りに動いてご満悦じゃが、同時に夢の身体ゆえ無意味なのじゃ。夢から醒めたところで今のアーネの身体ではリーチがなさ過ぎてこんな技術役には立たぬのじゃ。
とは言え、アレをボコる時には役に立つやも知れぬゆえ研鑽は欠かさぬようにしておくのじゃ。
ちょっと長くなるので前後編に分けました。
ここまでお読みくださりありがとうございます。