森には魔物も狼もいるのじゃ
こんにちは。
今日も二話更新予定です。
こちらは一話目となります(1/2)。
二話目は21時更新予定です。
少しでも楽しんで読んで頂けたら幸いです。
「のじゃ!」
視界に突然飛び込んできた暗緑色の生き物にぶつかりそうになったのをなんとか躱し、たたらを踏んで止まったのじゃ。
小鬼! 暗緑色の肌の背の低い人型の魔物なのじゃ。顔は人に似ておるが悪意を持って戯画化したような醜悪な面構えなのじゃ。あと禿げておる。禿げておる代わりに小さな角が一本か二本頭から生えておるのじゃ。
その小鬼が三体おるのじゃ。とは言え向こうも突然の遭遇で虚を突かれたらしく木の棒や木の槍と言った武器をまだ構えてさえおらぬ。
これがわらわの魔物との初遭遇となるのじゃ。とは言え、のう。
「相手になにもさせぬのが戦術の最良なのじゃ!」
小鬼どもに行動を許す必要もないゆえ容赦なく収納収納、そして収納なのじゃ。
これで初遭遇は初勝利で終了なのじゃ。すこし寂しいのじゃ。
視界の悪い大木の乱立する森の中とは言えこんな突然の遭遇戦になった理由は<賦活>と<早足>状態に、更に<跳躍>を加えてみたからなのじゃ。この組み合わせはなかなかすごいのじゃ。
邪魔な木を逆に足場にして跳躍して加速するなぞと言うアクションもののキャラクターばりの動きが出来るのじゃ。<早足>と<跳躍>がいい具合に噛み合っておるのと足や体幹にかかる負荷を<賦活>が軽減してくれておるのじゃろう。効果が切れた後の筋肉痛が怖いのじゃ。
で、まあ調子に乗って疾走した結果小鬼との事故めいた遭遇と相成ったわけなのじゃ。
<賦活>がかかっておるとは言えペースを考えずに調子に乗りすぎじゃったのじゃ。いや、遭遇自体は相手になにもさせなかった以上出会い頭の辻斬り攻撃でよい気もするのう。
小鬼の後続がおらぬか少し様子をみて、おらぬようゆえ移動再開なのじゃ。巣やら集落やらを探すのはわらわの仕事ではあるまい。
城市は大凡周囲で農耕が行えるよう魔物の出現率が低い土地に築かれる上に騎士やら衛兵やらあるいは冒険者やらが哨戒し、見つけ次第討伐するゆえ城市に近い範囲には魔物がほぼおらぬのじゃ。
ほぼ、と言うのは魔物は人に惹かれる習性をもっておることが多くその本能に従った無謀な襲撃を行うこともあるゆえなのじゃ。それとイセンキョーなぞは交易拠点として魔物の出現率を無視して築かれておるし周囲が森であるゆえ他の城市よりは魔物の危険度が高いのじゃ。その分騎士も多いのじゃが。
なんにせよ、人の領域から離れて魔物の跋扈する領域に足を踏み入れておると言うことなのじゃ。気を引き締めていくとするのじゃ。
気を引き締めて、とは言ったのじゃが視界の悪い森の中を高速で走っておれば遭遇はだいたい最初と同様に事故めいたものになるのじゃ。しかし、既にそれを経験しておるわらわは出会い頭に収納して足を止める必要もなく走り去るオーバーランスタイルを確立したのじゃ。己で言ってなんなのじゃが、酷いのじゃ。驚き顔のまま収納されていった小鬼どもに哀悼の意を示すのじゃ。
走り抜ける間に小鬼以外にも豚鬼も引っかけたのじゃ。豚鬼の方が小鬼より相当強いらしいのじゃがわらわにとっては変わりないのじゃ。此奴らは余程数がおらぬ限りなんと言うこともないのじゃ。
そしてなかなか難物なのは魔物ではなく森林狼であったのじゃ。此奴らはまず感覚が鋭くてこっちを先に発見してくる。そして足が速い。さらに群で行動する。うむ、出納口を展開した設置罠でなんとでもなるのじゃが油断は出来ぬ相手なのじゃ。
敵わぬと判断したら退くのもわらわ的にはありがたいのじゃが、狩りをするものには面倒であろうの。
魔物と魔物にあらぬ生き物を隔てるのは簡単、魔漿石が採れるか採れぬかなのじゃ。この点でこの世界の人族は動物ではなく魔物寄りなのじゃ。
魔物ではない動物は魔漿石は採れぬのじゃが肉や皮は採れるゆえ、移動中に目に入った牡鹿一頭と山鳥を数羽収納したのじゃ。
そうこうするうちに、元から暗い森の中にも夕闇が降ってきたのじゃ。
無尽庵を展開した場合の輪郭線を空間指定の範囲として作る。フレームで表された空間図形のような感じじゃな。その観念上の範囲を森の中に置き、交換出納を行う。範囲内にあったものとくるっと入れ替わるように無尽庵が展開されるのじゃ。
うむ、出来たのじゃ。
いちいち北方檜やらを収納して空き地を作るのは面倒ゆえ試したのじゃがこれでかなり手間が減るのじゃ。
「失敗したのじゃ……」
己が玄関前に来るように展開すべきであったのじゃ。<跳躍>の力を借りて目隠しの北方檜の壁を登り越え石塀は一旦収納して入ってから展開し直す。空間範囲指定で通り道を造ると後で補修する必要があるゆえの。
兎に角、帰宅なのじゃ。
ちなみに魔物ではない生き物でも強い魔力に曝されたり魔漿石を取り込んだりすることで後天的に魔物化することもあるのじゃ。妖魔なぞと呼ばれることが多いようなのじゃ。
なにゆえ突然そんなことを思ったのかなのじゃが、うむ。夕餉のために収納空間を確認したら、木妖(5)が入っておったのじゃ。
木妖は樹木が魔物化して生まれる木の妖魔なのじゃ。一切気づかなんだのじゃが、北方檜と一緒に収納したのじゃろう。わらわの魔物との初遭遇は小鬼ではなく木妖であった可能性もあるのじゃ。
まあどうでもよいのじゃ。
お読みいただきありがとう御座いました。