無一物中無尽蔵なのじゃ
こんにちは。
本日二話目です(2/2)。
収納空間内に収納しておった三つの建物なのじゃが、館造りの材料に使ったりでスカスカになっておるゆえざっくり解体するのじゃ。石材や木材、内部にあった家具調度類、他にも道具類など様々なものが出てくるのじゃが兎に角バラしてしまうのじゃ。
えーと、まあ人間の類はサクッとクズ魔漿石へ変換なのじゃ。
あ、うむ。油断したのじゃ。吐き気なのじゃ。
くっ、<洗浄>なのじゃ。けほけほ。
チンピラどもを初めて収納した折り確かめたゆえ大丈夫だと思っておったのじゃが、案外わらわの心も繊細なのじゃ。チンピラどもや暗殺者や、そしてその飼い主どもに心が揺らぐことはなくとも使用人にすぎぬものの結構な人数がスタックされておったのが刺さったのじゃ。
「心に棚を作ること。これは大事で棚を作れなければ生きていくことに苦労することになるんだ。でもね、なんでも棚に上げていると融通無碍な無責任な人間ができあがるんだ」
「ふむ、心の棚は必要じゃが棚上げする選別の程度で人としてのあり方も変わろうということなのじゃな」
「そうだね。三千香ちゃんは大丈夫だと思うけど」
「当然なのじゃ」
「そして共感性にはきちんとスイッチをつけること。これも大事なんだ」
「いまいちわからぬのじゃ」
「例えば、牧場に行って羊をかわいいと思った後ジンギスカンを食べて羊のお肉が美味しいと思うこと。これをするとき、人はほとんど無意識に共感性のONとOFFとを上手に切り替えているんだ」
「常にONでも常にOFFでもいかぬと言うことじゃな」
「そういうこと。常にスイッチが固定されている人はどっち側にしても極端だね。ただ自分の感情をコントロールするのは難しいことではあるけど」
ああ、父さま。難しいのじゃ。されど父さまから心の持ちように関してもう一つ習ったことがあるのじゃ。
立ち上がって、てってってっと三歩歩く。
「厭なことも辛いことも三歩で忘れるのじゃ」
これが父さまから教わった最も重要な秘訣なのじゃ。
ぎゅっと気持ちを前向きに持ち直して収納空間を確認する。
人間由来のもの以外の魔漿石も結構あるのじゃな。流石商会や貴族の屋敷なのじゃ。魔法具と魔漿石はとっておいて、えーっと、うむ収納空間内に分別収納のための箱、まあフォルダみたいなのを作れるのじゃ。流石便利機能付き収納空間なのじゃ。
フォルダに入れておくと展開するのにワンアクション増えるし、解体や合成の素材に使うにはフォルダから出しておく必要があるのじゃが、すぐには使わぬものはフォルダに入れておくべきじゃろう。と言うかこれまで収納していた建物は建物でフォルダを成しておったわけなのじゃな。
まずは建材フォルダ、内装品フォルダ、道具フォルダを作り対象物を放り込む。衣類、小物、料理、食材、素材、書籍、武具も各フォルダを作り分別なのじゃ。
分別しておったら宝飾類も結構あったのじゃがとりあえず全部小物なのじゃ。食材は内部にサブフォルダを作って肉、油、ハーブ、乾物などと更に分別できるようにしたのじゃ。少しだけ出納の手間は増えるのじゃが思考タップ一回の差が生死を分かつような緊迫した状況で調理なぞするわけもないゆえ問題はないのじゃ。
書籍には白紙の本を含めて本類と、マーリィに貰った生活魔法の資料、ついでにペンとインクを道具ではなくここへ入れたのじゃ。武具は門衛の槍や鎧、チンピラの短剣、暗殺者の短刀や投擲短剣なぞで大したものはないのじゃがとりあえず作ったのじゃ。
最後に雑多フォルダを作って商会や監督官の屋敷にあった書類や手紙を一応取っておくため放り込む。他、暗殺者の毒やら薬やらも道具フォルダではなく雑多フォルダに入れる。まあ廃棄しても良いがとりあえず取っておこうという分類なのじゃ。
今フォルダに入っておらぬのは貨幣、魔漿石、検分しておらぬ魔法具類、殴るとき握り込むための小石、すぐに着たり持ったりするつもりの外套と肩掛け鞄と背負い袋、そしてこの森の中を移動中は出納しまくることになる北方檜となっておるのじゃ。大分スッキリしたのじゃ。
しかし箱詰めしただけゆえ断空剣だか仏舎利だかではないことは明言しておくのじゃ。コレクター気質の父さまはあれがお嫌いじゃったのじゃ。
スッキリしたところで昼餉なのじゃが、流石に簡単に済ますのじゃ。
塩抜きしておいた塩漬け肉をがっつり焼くのじゃ。分厚い塊で焼いて、うむ当に肉って感じのいい匂いなのじゃ、焼き上がったら切ってっと。
焼き立ての平焼きパンを取り出して葉物の野菜を置いてその上に焼いた肉のスライス、最後にハーブを散らして完成なのじゃ。
そうイセンキョーの屋台で買った塩漬け肉の固パン載せをリスペクトしてみたのじゃ。
うむ、圧倒的に美味なのじゃ。塩漬け肉の強すぎる塩気を抜いて焼いておるのじゃから美味しくて当たり前なのじゃが。パンも柔らかくて一緒に食せるしの。あの屋台もその場で火を使えぬでも焼いた肉を持ってきて切り分けて使えばもう少し美味しくなると思うのじゃが、まあ二度と会うこともないゆえ詮無きことじゃな。
塩気を更に抜いて、その分ソースの類をかけても良さそうなのじゃ。いやそれなら最初から塩漬け肉を使う必要がないのじゃ。
などと考えつつ、平焼きパンを巻いて食べれば携行食としても悪くないゆえ収納空間を使いながら幾つか増産しておく。いや携帯性に優れてなくとも問題はないのじゃがな。
さて、食後のデザートなのじゃ。クレーム・シャンティイ、所謂ホイップクリームを電動のハンドミキサー無しで泡立てるのは大変だったのじゃ。しかし、一回収納空間に登録してしまえばハンドミキサーを使うより早く合成できるゆえまあよいのじゃ。
アプフェルシュトゥルーデル、いやさオージシュトゥルーデルと言うべきかの。うーむ、オージのパイ包みクリーム添え、で良いとするのじゃ。
わらわはアップルパイと聞くと丸いアメリカ風のものよりこのオーストリア風のアプフェルシュトゥルーデルがまず思い浮かぶのじゃ。
添えたクレーム・シャンティイの上にミントぽいハーブを一葉乗せてアクセントにしてなかなか見栄えも良いのじゃ。アイスクリームを添えても良いのじゃがアイスにもバニラが欲しいところじゃな。
さて、お味はっと。
うむ、やはり熱を加えるとオージがより美味しくなったのじゃ。そのしっとりとしたオージにサクサクとした良い食感の層構造のシュトゥルーデル生地がよく合うのじゃ。添えたクリームと合わせるとこれはまた絶品なのじゃ。
幸せなのじゃ。季節の生の果物以外の甘いものなぞこの人生で初めて食べたのじゃ、と言う部分を除いても間違いなく上出来なのじゃ。
暫し幸福に浸っておったのじゃが、いつまでもそうしておるわけにもいかぬゆえそろそろ出立なのじゃ。切り分けたパイ包みは後五つあるゆえ先々でも楽しめるのじゃ。ふふふんと鼻歌交じりで後片づけを行い、館の外に出る。出なくてもいける気がするのじゃがイメージしやすい方を選ぶのじゃ。
と、そう言えばこの館に名を付けておらなんだのじゃ。うむ。
「名付けて、無尽庵とするのじゃ!」
庵というサイズではないのじゃが、まあ良いのじゃ。無一物中無尽蔵、『東坡禅喜集』にある言葉から頂いたのじゃ。
無一物中無尽蔵。収納空間を禅味溢れる表現にするとこうなるのではないかのう。頂いたのはそんな理由からなのじゃ。
さて、と名付け終われば収納なのじゃ。
石塀とその周りに密に植えた北方檜の目隠しも含めて収納空間へ格納されて、玄関前に立っておったわらわは森の中にぽつんと開けた広場の中に一人立つこととなったのじゃ。
確認するときちんと「無尽庵」と言う名称で収納されておるのじゃ。塀に囲まれた敷地内におっても問題なく収納できたのも収穫なのじゃ。塀に門を付ける必要がないことが確認できたわけじゃからの。
拓けておるので空の南を東西に走る光帯で方角が分かるのじゃ。それを確認し、広場になっておる無尽庵跡地に収納空間に残っておった分の北方檜を展開して植樹する。少し疎になっておるが大丈夫じゃろう。
収納空間から取り出した背負い袋と肩掛け鞄を身につけ外套を上から羽織ると旅装の完成なのじゃ。背負い袋には枕を入れて膨らませるのじゃ。森の中を行くゆえ人と出会う気はないのじゃが、不測の事態で出会ったときには荷物を持っておるように見せたいと言うだけのことなのじゃ。
そして<賦活>と<早足>を祈祷すれば全て万全なのじゃ。
思いがけずこの場に長居したのじゃが、改めて出立なのじゃ!
お読みいただきありがとう御座いました。
少しでも楽しんで読んで頂けたら幸いです。
次回からは少し巻いて行きたいのですが。