人の名前を覚えるのは面倒なのじゃ
こんにちは。お久しぶりです。
職場を移る準備もしなきゃ行けないのに体調を崩して先週の連休は寝込んでました。
よろしくお願いします。
さて盛況なまま試食会は終わったのじゃ。
後かたづけはわらわの手出し不要と先に言われておったゆえ後で老リーディンやら商業組合の組合長等と確認したりするだけなのじゃ。それも今日ではのうて後日なのじゃ。
「で、モリエには調理師匠合に出向いてもろうて熊さんと共にルセットを伝授したり調理法を指導してもらうと言うことで頼むのじゃ」
控えの間に一旦戻ってそう予定を確認するのじゃ。わらわのエクストリームなマジカルクッキングではのうてモリエが指導したほうが良いと言う判断はわらわとしても妥当なものと認めざるを得んかったのじゃ。
「んー、あのお爺さんがよく分からない魔法にかかってたりで今日も危ないんじゃない?」
「ああ、一応だがそのために俺がやって来た訳だ」
困ったように軽く小首を傾げてそう言うたモリエの言葉に被せて訪いも告げずにジーダルが控え室に入ってきたのじゃ。無礼な輩なのじゃ。
そのジーダルの背後には冒険者らしいものが三名ほど着いて来ておるのじゃが、なんとのう見覚えがあるのじゃ。
「おう、邪魔するぜ」
わらわの冷たい視線に気付いたのか入室の挨拶なのじゃ。
「まあ連絡を受けてな、神殿のほうはベルゾとガントがいるからいいとして修道会の他の冒険者たちはリーディンの随従としてこっちにいるから動ける奴がいなかったんだよ」
なるほどなのじゃ。確かに老リーディンの体裁を整えるために修道会メンバーを借りたと言われておったのじゃ。貴人であらばその地位に相応しい道行きを整える必要があるのじゃ。わらわも修道会総長としてならば気をつけねばならぬであろうの。今日のわらわは冒険者兼謎の料理人ゆえ気にせずとも良いという己ルールなのじゃが。
「で、家と工房のほうに双子ちゃんしかいねえのが気になったんでセイジェに行ってもらった。モリエもオルンの馬車で移動して一人にならんようにな。これは下でオルンにも言っておいた」
「えっ、はい。分かりました」
なかなかに細かな気遣いなのじゃ。モリエも重要人物なのじゃからの。野外での活動ならば一端の狩人であるとは言え街中で弓も持っておらぬのじゃ。モリエもそれを己で解しておって素直に諾うておるのじゃな、自己評価がしっかりしておるのじゃ。
「で、ジーダルがわらわの護衛なのかや? 何とも贅沢な護衛なのじゃ」
「実力的には護衛なんか要らねえと言いたいんだろうがミチカは思いがけない失敗をしそうだからな。ついでにこいつ等が一度ちゃんと許しを請いたいと言ってたんで連れてきた」
ううむ。なんとのう見覚えのある三人組を見やるのじゃ。おっさんどもなのじゃが一人は犬耳の獣人なのじゃ。そして額の生え際が後退した前面禿と髭面……。おおぅ、思い出したのじゃ。
「ああ、冒険者協会で遊んだ三人組じゃの。うむ、覚えておったのじゃ」
絡んで来おったのを撃退したはいいもののやりすぎて殺ってしまうところじゃった三人組なのじゃ。確かバッジ一味なのじゃ。
「しかしあの後すぐに謝罪は受けた気がするのじゃが」
「まあだから、ちゃんと、だな。ミチカにボコボコにされて目が覚めたって言って俺たちの仕事を手伝ってもらってんだぜ」
バッジ一味はジーダルの紹介に鯱張って礼の姿勢をとっておるのじゃ。一人は犬耳と言えどもむさいおっさんどもに可愛げのある態度をとられても持て余すのじゃ。
「楽にすると良いのじゃ。ジーダルを手伝うてくれておるのかや。それにはわらわのほうが感謝の礼を取るべきであろうことなのじゃ」
「もったいねえお言葉です。姐さん!」
「誰が姐さんなのじゃ!」
笑い声があがり、ちょっと打ち解けた雰囲気が生まれたのじゃ。
ただ、モリエは少しだけ気遣わしげな表情でわらわの袖を引いたのじゃ。
「ジーダルさんもだけど簡単に信用しすぎじゃない?」
「ああ、ジーダルは強者を気取っておるゆえ鷹揚なのじゃ。気取り屋なのじゃ。しかしわらわはジーダルが連れてきたものを信用する程度にはジーダルを信じておるのじゃ」
小声で訊いてきたモリエに軽く応えたのじゃ。
胸襟を開いたその内側の懐で刃物を抜かれようといか程の脅威にもならぬ、と言う己の実力を高く信じる傲岸の岸に他者を疑うことなく迎える寛容の園はあるのじゃ。うむ、強者の傲慢なのじゃがわらわに慎重さが足りぬのもこれなのじゃ。
「う、そりゃ私もジーダルさんは信頼してるよ」
「あと思考操作の魔術は思考的な視野狭窄を招くと見えるのじゃ。演技なぞは出来ぬの。その点での心配も要らぬのじゃ」
感情の歪みを増大させる関係でその感情を隠すことが出来のうなるのじゃ。今日の例で言えば老熊はわらわに敵対するとしても表面的には怒りを隠して根回ししたり罠を張ったりするべきなのじゃが増大された怒りに支配されておってはそのような策謀を弄せるはずもあらぬのじゃ。
港湾協会の魔物寄せの餌なぞという危険物を持ち出した受付嬢も憎しみや嫌悪を受付嬢という業務に就いておりながら隠すことが全くあらんかったのじゃ。
感情の歪みを大きくすると言う術の特性上まともな情動が失われそれに伴のうて腹芸も出来ぬようになると見て間違いはあらぬのじゃ。
「そう言うわけでわらわのほうは心配無用、いや心配自体はありがたいことなのじゃがの。モリエには調理師匠合のほうをよろしく頼むのじゃ」
「ん、わかった。でも店を出す場合私が責任者だとか言う話は帰ったらしっかり聞くからね!」
多少納得行っておらぬ感じも残しつつモリエは調理師匠合へルセットの伝授と調理の指導に向かったのじゃ。ミルケさんも追加で契約が必要となるものがある可能性を考えてモリエに同行なのじゃ。
ミルケさんからも危険に近寄らぬよう釘を刺されたのじゃ。ありがたくも聞き流しておくのじゃ。
「さて、動きがあると見ておるのじゃの」
二人が出て行ったところで控え室付きのメイドさんに外套を着せてもらいながらジーダルに確認するのじゃ。
「ああ、そうだ。餌も撒いておいた」
「俺らがジーダルさんが一人で迎えに行くようだとクグルに伝わるように話をしておいたんで」
前面禿のバッジがそう撒いた餌の内容を説明してくれるのじゃ。クグルというのはおそらく胡散臭い冒険者連中でそこそこの位置におる者のことであろうの。
「ミチカはホントに興味ない奴の名前を覚えねえな。クグルは古株の冒険者だが元から行儀の悪い類だな」
何度か話し合いの場で名前が出ていると言われたのじゃ。まあ確かにいちいち覚えてはおらぬのじゃ。
そこらの話を聞きながら商業組合の建物をお暇することにしたのじゃ。組合長はわらわの代わりに参加者等に捕まって様々なお話し合いに忙しゅうしておるゆえさらりと徒歩で外に出ることが出来たのじゃ。
わらわとジーダルという餌に食いついてくるお客さんのために徒歩で移動なのじゃ。
で、歩きながらジーダルの元ライバル、冒険者協会を追放されたバジェットがおそらく黒幕と繋がっておって、リーシンとラーゼンと言う兄弟冒険者とそのクグルとやらがその手先となっておるらしいと改めて説明されたのじゃ。その名前もすぐ忘れそうなのじゃが一応聞いておくのじゃ。
「そう褒められてもなにも出ぬのじゃ。もう少し早う来ておれば食事くらい出したのじゃがの」
「褒め? いやどこが褒めたことになるんだ。それと食い物はよ」
「姐さんが随従の連中にと予備の料理を回すよう言ってらしたんでしょう」
「オルンたちがそれを食ってたんですが俺たちもそれに相伴を預かりやした」
「マジで旨かったです。俺、感動しました!」
ジーダルに割り込むように三人組がわらわの料理を食べたことを言って来おったのじゃ。犬耳のものの尻尾がめっちゃ振りで相当に美味しかったことが伝わってくるのじゃ。おっさんとは言え犬耳はいいものなのじゃ。
「それはなによりなのじゃ。そしてどうでも良いもの等の名を覚えぬのは記憶力の割り振りが上手に出来ておるというわらわの美徳なのじゃ」
わらわの記憶力は元より優秀なのじゃ。この元より、は前世という意味なのじゃがそれは脳に依存した事柄な気がするのじゃ。転生にあたって三千香の記憶や人格的なデータを新皮質部分に展開するような説明をアレがしておったのじゃが人格モジュール的な部分に含まれた能力であるのかの。所詮人間の有り様は脳に依存しておる、わらわはそう考えるゆえ今現在の自我に疑義もあるのじゃがそれについては深く考えることをやめておくのじゃ。
ただ、アレはいつかきつく殴るのじゃ。
「ああ、バッジ。そしてゴルバにラーリ。其方等の名は今覚えたのじゃ」
髭面がラーリという名でげんなりしたのじゃ。孤児院のラーリのことを思うとほんのりと胸が暖かくなるような、或いは逆にチクリと痛むようなアーネに起因した感覚があるのじゃがその美しい思い出が髭面で台無しなのじゃ。
しかしよくある名ゆえラーリとオルンはそこいら中におるのじゃ。仕方ないの。
「あ、ありがとうございます。姐さん!」
「頑張ってお役に立ちます!」
一味はなにやら感極まった風なのじゃ。ちょろいのじゃ。
「多分リーシン兄弟とクグルはバジェットさん、いやバジェットを介してその裏と繋がってるんですが他は何というかジーダルさんたちまともな冒険者の輪に入れない連中が何となく集まってるだけで組織だった集まりじゃないんです」
「バジェットは途中まではジーダルさんに比する冒険者だったんでもともとはその取り巻きだったんです。俺たちも含めて」
「ジーダルさんたちがいない間に勢いを伸してきてたので俺たちもなんだか調子に乗ってました。すいません」
つまりバッジ一味くらいの立ち位置の連中がほとんどで其奴等は背後関係に関して知っておることもあらぬと言うことなのじゃ。本当に切られるための尻尾と言ったところなのじゃ。
訊くとリーシン兄弟はなかなかの実力者らしいのじゃが、クグルとやらはジーダルの元ライバルの使い走りだったそうなのじゃ。ジーダルに護衛としての緊張感が足りぬのも納得なのじゃ。
「そう言う連中なんでこいつ等がこっち側についたことをクグルは分かっちゃいねえ。むしろミチカを恨んでると思ってんじゃねえかな。それで連中に仲間面して餌を撒いてもらったんだ」
「ただ、クグルが出てくるかどうか。ジーダルさんを襲って返り討ちになったバカが結構いてクグルの動かせる頭数はあんまり残ってないんで」
実力差も分からぬバカ連中はジーダルの釣りに掛かって警邏隊に拘束され、時流を読める者はバッジ一味のようにジーダル派に乗り換えたり痛い目に遭う前にと逃散したりと数がかなり削られておるそうなのじゃ。
ジーダルの元ライバルが冒険者協会を追放になっておらねば其奴が中心となるゆえまた話は違うたのであろうがの。
「つまりなにも知らぬ雑魚は粗方片づいたゆえここからは釣れるのは情報を持っておる本命と言うわけなのじゃな」
「クグルじゃ本命と言うよりは雑魚だが、バジェットがどうしてんのかくらいは知ってるはずだ。運が良きゃバジェットが連んでる奴等についてもな」
ジーダルはニヤリと笑うて、着込んでおった外套を左肩に掛け右腕を自由にしたのじゃ。その右手には警棒程度の長さの木の棒を持っておるのじゃ。
街中での荒事用に刃物ではのうて木の棒を準備したのじゃな。
ジーダルに合わせてバッジ一味も木の棒を取り出したのじゃが犬耳のゴルバは木の棒でのうて拳に革帯を巻いておるのじゃ。なかなか分かっておるのじゃ。
ジーダル等が臨戦態勢をとったのは倉庫街に入ったからなのじゃ。屋敷があるのが倉庫の並びである以上当たり前の道筋なのじゃが冬で人通りもあらぬここが釣りのポイントなのじゃ。次点で屋敷に攻めてくると言う目もあるのじゃがまずこっちが本命なのじゃ。
モリエやミルケさんは馬車で移動しておると思っておるのであろうの。バレない限り黙っておくつもりなのじゃ。
そのようなことを思いながら歩いておると路地から複数の人影が飛び出してきたのじゃ。
さて、お手並み拝見なのじゃ。
お読み頂きありがとうございます。
次回更新はいつになるか未定です。現実逃避で原稿を書く可能性はありますが。