寒天でデザートなのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
「ほう、デデスト窯の様式じゃな」
「流石に写しなのじゃ」
運び込まれてきた大鉢に老リーディンが思わず、と言った風に反応したのじゃ。陶器なぞの器の類にも造詣が深いのじゃな。
モノはイセンキョーで収納した何とか言う上級貴族の屋敷にあった華やかな絵付けの施された磁器風の大鉢なのじゃ。デデスト窯は二、三百年前に栄えた名陶の窯でデデスト窯自体は後継者争いで正統が途絶えておるのじゃが、その後の中央の陶芸に大きな影響を残しておるのじゃ。デデスト窯では磁器が作られておったのじゃがその製法がきちんと伝承されておらずこの大鉢も磁器風、であって磁器ではあらぬのじゃ。
この蘊蓄は無論孤児院でマーリィから一般教養として教わったのじゃ。
繊細な陶器は元より高価な品なのじゃがこの世界の稚拙な運輸環境では輸出入に関してリスクの高い商品となるゆえこの地では最高級の品となるのじゃ。まあ虚仮威しという奴なのじゃ。
肝心なのは中身なのじゃ。
「ほう、美しいですな」
「こ、これは食べれるものなのですか」
大鉢を覗き込んだもの等からそのような声が挙がっておるのじゃが、大鉢に入っておるのは色とりどりな寒天を角に切ってぶち込んだフルーツポンチ風のデザートなのじゃ。
ハトコさんがガラスの器に銀製のレードルで取り分けミントの葉を乗せて配して行くと感嘆のため息が漏れ聞こえてくるのじゃ。
まずは見たことのあらぬ品であろうからの。
寒天を使うた品を、と思ってはおったのじゃが本来はミルク寒天やらで済ますつもりであったのじゃ。しかし、思いがけぬことに色々と集めてくれておった料理の材料の中に青い酒があったのが派手な寒天ポンチを作ることにした理由なのじゃ。
前世で言えばブルーハワイのかき氷シロップ並の鮮やかな青色に本当に吃驚したのじゃが、これもまたファンタジーなのじゃ。北方でしか採れぬベリーの一種が原料で、青白い色合いから氷雪の神の恵みと呼ばれておるそうなのじゃが、味わいが薄く、寒冷地でも育つし腹には満ちるが美味しさもあらぬ、と言うのがまさに氷雪の神らしいと言う話なのじゃ。
その味の薄さで人気のあらぬそれを相当に煮詰めて味を濃くし醸造すると言う過程で青色も鮮やかに濃くなって青い酒が出来るという案配であるそうなのじゃ。
兎も角その青い酒で色づけした青い寒天、赤いベリーの赤い寒天、葡萄を使うた紫の寒天、ミルクの白い寒天に透明な寒天と色とりどりな寒天を砂糖と蒸留酒を混ぜたシロップに泳がせておるのじゃ。
うむ、楽しいのじゃ。自画自賛しても許される出来なのじゃ。
「寒天はの、天草が多すぎては固うなるゆえ他の海藻との配合にあたって相当に試行錯誤したのじゃ。その配合を含めた製法は原料を準備してくれた港湾協会に預けてあるのじゃ」
そう言いつつタンクトップおじさんのほうを見ると深く礼を取ったのじゃ。そのタンクトップおじさんから視線を商業組合の組合長に移し言を継ぐのじゃ。
「このあたりでも膠が手に入るゆえゼラチンも採れると思うのじゃが、それは畜産関係が発展してからなのじゃ。先ずはチーズが第一であろうし、なんと言うても生き物が相手のことゆえ大儀とは思うのじゃ。されどゆえにこそ其方の働きには期待しておるのじゃ」
「はい。ご期待に添えるよう努力いたします」
ご拝命確かに承りました、なぞと畏まった反応を返しておるのじゃが大仰なのじゃ。ゼラチンと寒天ではやはり使いどころが違ってくるゆえ両方欲しいと言うだけのことなのじゃがの。
なにやら老リーディンが呆れたように頭を左右に振っておるのじゃがそこはスルーしておくのじゃ。
うむ、美味なのじゃ。
食べやすいのも大切なことなのじゃ。他の参加者も何とかこれなら腹に収まるという顔をしておるのじゃ。
他にもスイーツ類は準備しておるのじゃが、流石にもう食えぬであろうの。それも予測の範疇ゆえテイクアウトの準備もしてあるのじゃ。神殿での食事会の時と同じく箱入りのお菓子もあるゆえ少々大荷物となるのじゃが此奴等は側仕えなぞがついておる身分ゆえ問題はあらぬのじゃ。
「他に菓子の類を少々出すのじゃがこれは持ち帰れるようにしておくのじゃ。菓子に関してはズークを中心として既に事業が動いておるゆえなんぞあればそちらに話を通すが良いのじゃ」
ドライフルーツと蒸留酒を使うたパウンドケーキとチーズの可能性を広げておくためのベイクドチーズケーキぽいものの説明をしつつ商談はズークさんに丸投げなのじゃ。
「これらと帰るとき持たせる箱の菓子は作り置きして店で売る類のものなのじゃ。ただの、食事をする店ではのうてそう言う菓子と茶を供するような店を出すのも良かろうと思うておるのじゃ」
「中央で言うところのカフェじゃな」
老リーディンの言うカフェは実際にはカフィーヤみたいな発音なのじゃが翻訳機能がちょうどよう働いたのじゃ。おそらくカフェ屋とか言うておった者がおったのであろうの。どちらにせよコーヒーは未発見ゆえ名前負けなのじゃ。
「店では茶を淹れるための湯を準備するだけで調理はしない、と言うのであれば調理師匠合に登録する必要があるのかどうか、ですね。中央にはそのカフェというものがあるそうですので登録がどうなっているのか問い合わせて見ましょう」
組合長が面倒を先送りにしたのじゃ。うむ、納得なのじゃがその答えはいつ得られるのであろうかの。
対しておじさん熊のほうがどの程度の規模の事業になるのかを踏まえた予測を立てた上で話をしましょうと言うてそれに組合長とズークさんが賛意を示したゆえ先延ばし気味ではあるのじゃがきっと問題はあらぬのじゃ。
神殿での食事会もそうであったのじゃが、手を広げすぎた諸々はひとまとめにして片づ、実務はやれる者へと押しつけてしまうのが良いのじゃ。そう、試食会とは言うておるのじゃが、わらわは商業組合やその周辺で様々な事柄に関係しすぎておるのじゃ。それをこの場で一網打尽にするのがわらわとしてのこの試食会における目的でそれは概ね達成できた気がしておるのじゃ。
すっきりなのじゃ。
「そうそう。やるかどうかはまだ思案の段階なのじゃが料理屋の類を展開する場合はこちらのモリエが取り仕切ることとなるのじゃ。皆もよろしゅう頼むのじゃ」
「はい。モリエさまもよろしくお願いします」
代表して組合長がそう応えたのじゃが、それまでわらわの斜め後ろに涼しい顔で控えておったモリエが思わず声を出したのじゃ。
「えっ えっ!?」
「手伝うてもらうじゃとか、任せるじゃとか、よう言うておったはずなのじゃ」
「ええ、私も何度か聞いておりますね」
「それはそう、それはそうだけど。ええーっ!?」
調理を手伝うとか厨房のことを任せるだとかその程度に思うておったのであろうが世の中は甘うあらぬのじゃ。諦めが肝要なのじゃ。
モリエの悲鳴はスルーして、調理師匠合でのルセットや技術の伝授なぞはあるもののこれで試食会はお開きなのじゃ。
皆わらわに挨拶をして退出していくのじゃが何とか誼を通じておこうと一言二言を足していくゆえ結構面倒なのじゃ。
まあこの面倒を乗り切ればそこそこ身軽になるゆえ気楽に受けるのじゃが安請け合いはせぬよう組合長ががっちりガードしておるのじゃ。
わらわの苦労は準備を終えた時点で終わっておるのじゃが、周りのもの等はご苦労さまなことなのじゃ。
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