ジャガ芋を供するのじゃ
こんにちは。間が開きましたがよろしくお願いします。
感想ご意見等ありがとうございます。
前回につきましては三千字を越えてるのに短いと言われる内容の薄さが問題ですね。反省点です。
今回は六千字を越えていて正直個人的には長過ぎで反省です(三千程度が読みやすい一話分かと考えています)。
改善点など多々あるのですが職場を替わることになりそうで投稿の不定期具合に拍車がかかりそうです。申し訳ない。
軽く話を、と思うたのじゃが参加者の半分近くを占める商業組合の理事等はつまりは商人なのじゃ。それがどういうことかと言えば、なのじゃ。
そう、圧が強いのじゃ。それももの凄く、なのじゃ。
一斉に「酪農関係について」「それより調合師に作らせているというカレー粉ですか。その原料がですね」「輸入に関して船荷の扱いですが是非わたくしどもの」とわらわに殺到する勢いなのじゃ。
「少し落ち着くのじゃ。わらわが訊きたいのは料理の感想と言うておるであろう。興味を引くものはあったかや」
流石のわらわも少し引き気味に老熊に水を向けたのじゃ。本来ならば老熊率いる調理師匠合は食材の流通にも強い影響力を持つ商業的な組織ではあるのじゃが、今席についておる老熊と補佐のおじさん熊はこの場では料理人の頭としての立場をとっておるようなのじゃ。
匠合長という立場とその責任としてはどうかと思うのじゃがこの場では逃げ場としてありがたいのじゃ。
「興味深いものばかりだな。皆が興奮しておるのも当然よ。それでいて感想が旨いと初めて食ったしかないのも仕方ないわい」
老熊からフォローを入れられた理事等が少し苦笑して前のめりになっておった姿勢を正したのじゃ。老熊はそのままちゃんとわらわの問いに答えようと考えてか一拍おいて続けたのじゃ。
「ここまでのところで特に興味深かったのは挽き肉とチーズのカツだな。カツって調理法は応用が利くようだ。何品もあったがどれもベアルのとこで食ってみたものと違う」
「そうですね。料理の完成度としては仔牛のカツレツが最上でしたがイアイアウスターのソースと合わせた豚のカツとオランダカツと言われた挽き肉とチーズのカツが印象深いですね」
老熊に補足するようにおじさん熊も言うたのじゃ。ふむふむ、と言ったところなのじゃ。
他のものも確かに、と頷いておるのじゃ。
おじさん熊の褒めた仔牛のカツレツは以前にも作った半面をバターで焼いたもので今回はパン粉にチーズを混ぜることが完成度も上がっておるのじゃ。わらわとしても美味しくて当然と言ったところなのじゃ。
酸味の強いスモモのジャムを使ったソースも好評で一安心であったのじゃ。濃厚に煮詰めたウスターソースも準備しておったがこちらはおじさん熊の言うた通りトンカツに合わせておるものじゃしの。
どうでも良いのじゃが前世の故国では原則的には肉類を使うたものをカツあるいはカツレツ、それ以外つまり魚介や野菜類を使うたものをフライと呼び習わしておったのじゃが神殿での食事会後モリエやメイドさんが混乱しておったことが判明したゆえ全部カツでよいと言うことにしておいたのじゃ。老熊がカツの多様性に言及したのはこれも理由であるのじゃ。なんにせよフライさんごめんなさいなのじゃ。
因みにフリッターや天ぷら風の揚げ物はモリエや双子等に『テンプラフー』と言う呼称で定着しておったゆえもうそれでいいのじゃ。カツのほうもそのように勝手に名前は変わっていくはずなのじゃ。
ついでに疑問を呈してきたおじさん熊に仔牛のカツレツだけカツではのうてカツレツであるのは最初にそう言うただけゆえ気にせぬように、と言うておいたのじゃ。まあどうでも良いのじゃ。
老熊とおじさん熊が言及したオランダカツ、挽き肉とチーズのカツは父さまがオランダカツと呼んでおった名前なのじゃ。あるいは別の正しい名があるやも知れぬのじゃがもはやわらわに知りようもあらぬのじゃ。
そのオランダカツとは挽き肉でゴーダチーズをくるんで揚げた円筒状のメンチカツのことなのじゃ。無論チーズは商業組合や港湾協会が入手してくれたものの中ならそれっぽいものを選んだだけなのじゃがなかなか良いお味に出来上がったと自画自賛なのじゃ。
見た目も斜めに切ってソースをかけた姿が映えておってカツ数種の盛り合わせの中の一品として良い感じなのじゃ。
「今回オランダカツを選んだのはの、挽き肉を手軽に作れる魔法具の存在も調理人等に教えておくためなのじゃ」
チーズの普及やウスターソースベースのカツソースの宣伝も兼ねておるゆえ非常に効率的なのじゃ。ミンサーのことを考えねば薄切り肉でくるんで揚げてもかまわんかったのじゃがどうせならばミンサーも使っておきたかったわけなのじゃ。
「挽き肉、ですか。以前いただいた挽き肉を使った修道会風チーズ焼きも大変美味しゅうございましたが今日は出てきておりませんな」
組合長が挽き肉と聞いてそう訊ねてきたのじゃ。あるいは他の出席者のうち、神殿の食事会に呼ばれておらんかったものへのマウントであろうかの。
「あれは今の時点で手に入る材料で最善を尽くしたと言える一皿ではあったのじゃがやはり手には入っておらぬ材料もあってわらわとしては不満足なのじゃ。悪うはあらぬのじゃが、商品候補としてこの会に自信を持って出すにはひと味足りぬの」
そう、やはりトマトが手には入っておらぬのではボロネーゼと呼ぶには不足があるのじゃ。
「あれでひと味足りぬとは」
ちょっと組合長が驚嘆して言葉が途切れたのじゃ。気に入ったのであらばそのうち商品ではのうて試作品として差し入れてやるのじゃ。
「挽き肉を作る魔法具か。便利そうだが見習いに端肉を叩かせりゃ済む話でもあるな」
「まあ皿洗いも挽き肉も魔法具なぞ使わぬ、と言う姿勢もひとつの見識ではあろうの。しかし選択肢があるのは良きことなのじゃ」
昔気質な老熊は首を捻ったのじゃが茶を配していたハトコさんが口を差し挟んできたのじゃ。
「少なくとも『鳥籠と熊』亭が今お客さまも捌けているのは<洗浄>に依るところが多いですね。挽き肉のほうはまだ判りませんが挽き肉を使った皿を出すなら間違いなく導入します」
「若え衆の考えはそんなもんか」
グラタンの話が広がって忙しすぎると言う熊さんの店の実状に沿った意見なのじゃが老熊はまだその太い首を捻っておるのじゃ。
「百聞は一見に如かずと言うのじゃ。厨房で見てみれば良かろう」
と年寄りには軽く言うて話を先に進めておくのじゃ。
「現在いろいろと魔法具を製造していますが神殿との協力で作っております生活魔法関係の魔法具の注文分だけで相当な量になっておりまして遅延が生じております」
エインさんが少し疲れた風に言い、請け負う工房を新規に求める相談を受けておることを組合長が伝えると商機を逃すことなぞあり得ぬ理事等はまた騒がしゅうなったのじゃ。
「調合師錬金術師匠合でも魔法具の薬研を発注しておるしのう。カレー粉作りには必要じゃわ。<洗浄>も含めてなあ」
婆様もそう言い、要は納品を急かしておるのじゃ。あるとないとでは大違いじゃからの。一度使うたが最後、もうのうてはならぬものになっておるはずなのじゃ。老熊に言うた百聞は一見に如かずという奴なのじゃ。
わいわい騒いでおるのじゃが、当事者同士でどうにかして欲しいものなのじゃ。当事者とはエインさんと組合長なのじゃ。うむ、お茶が美味しいのじゃ。
「所でその生活魔法ですが」
その一声で場が静まったのじゃ。おお、凄いの。
発言の主は総督府の役人なのじゃ。その立場による威光という奴なのじゃろう。
この場ではお飾りに近いはずなのじゃがお偉いのは事実なのじゃ。この国の普通であらばこの役人氏が正客であったはずなのじゃ。
本来代官府と行政府であらば同格なのじゃが今は代官ではのうて王弟殿下が総督として赴任しておられるゆえ総督府のほうが格上なのじゃ。行政府の少々胡乱な小役人は一声で場を鎮めた総督府の役人を妬みや嫉みの隠った目で見ておるのじゃ。
「警邏隊の一隊が神殿の治療を受けたりと世話になっているようですね。そして生活魔法の伝授も受けてかなり重宝しているとかで他の隊も興味を示していると報告が上がってきておりますよ」
恰幅の良い総督府の役人、ううむ確かベッテンバウ=ギュナとか名乗りを受けたのじゃ、とりあえずギュナ氏と呼んでおくのじゃ。ギュナ氏は穏やかに言うておるが協力せよと言う遠回しな要請かや。
「修道会が立ち上がったお陰で少しはましになったもののこの国の神殿では正直手が回っておりませんでな。今も生活魔法の伝授は予約制で、治療も冒険修道会に協力してくれている冒険者協会からの要請もあってのう」
老リーディンが正直無理と返しておるゆえやはり権を笠に着た要請であったのかの。
ギュナ氏が治療を受けておる一隊のことや冒険者協会に治療の手を広げるという点から出来ないのかと言うて来るのに対して老リーディンは冒険者協会が協力関係、つまりは金銭の関係があることと既に生活魔法を伝授されたゲノール隊長の隊は元から喜捨をして治療を受けていたと言う実績を提示することで遠回しに金を出せと言うておるのじゃ。
この老人、商売でもやって行けそうなのじゃ。
そんな話の中、行政府の小役人のほうは怒りを堪え切れぬと言う表情で睨みつけておるのじゃ。余のものも皆無視しておるのじゃが、これほど感情が露わで官僚としてやっていけておるのじゃろうか。余程の下っ端なのかや。そんな無駄な心配をしてしまうほどなのじゃ。
市役所的な城市の行政府と城市を中心とした地域全体を統括する県やら州やらの政府に近い総督府の二重行政は警邏隊のような下部組織にとって面倒この上あらぬのじゃが、通常は地元密着の行政府寄りの立場なのじゃ。それが行政府ではのうて総督府に報告やら相談を上げておるというのは行政府としては許し難いのやも知れぬの。
老リーディンがわらわが口を開く前に受け答えをかって出たのはわらわの修道会総長としての立場はこの場では秘しておけと言う意味であろうと思うたゆえニコニコとやりとりを眺めておくのじゃ。
分かり易すぎる小役人の他にも胡乱なものがおるやも知れぬ以上観察がお仕事なのじゃ。
わらわが聞き流しておる間に二人は春が来て年が改まったのちには神殿への公的補助を入れる方向で動く為の前段階の話し合いを持つと言ったあたりを約しておるのじゃ。
役所は予算運用がお役所仕事で当然ゆえ先々の話なのじゃ。修道会にも関係して来るであろうが、ベルゾに任せるのじゃ。うむ。
「さて、そろそろ再開するのじゃ。ここまでの料理にも多少使うておりはするのじゃが後半はジャガ芋を使うた料理を多く出すのじゃ」
話が取り敢えずまとまったところで試食会の再開を宣言するのじゃ。この地では毒芋の異名を持つゆえきちんと事前に警告しておくのじゃ。
「高級な食卓に供せるものもあるのじゃが、ジャガ芋はどちらかと言えば庶民相手の日常食として普及させたいのじゃ」
連作障害なぞがあるゆえ経験のある農業者に指導してもらいたいところなのじゃが生産性自体は良いからの。
理事等は農場の計画に興味を惹かれておるようなのじゃが、農場だけに畑違いで他の案件よりは大人しいのじゃ。
「人口の流入は止めようがありませんからな。食料の価格の上昇傾向はどうにかしたいものと考えております」
ギュナ氏が真面目な顔でそう言うたのには頷くのじゃ。
「わらわの料理は油を多く使うゆえ安いとは行かぬのじゃが、マインキョルトでは油は食料品の価格との比較で言えばそこまで高いわけでもあらぬのじゃ。食糧供給の安定化の一助になれば幸いなのじゃ、とは言うても来年以降のことなのじゃ」
「左様ですな」
先のことは先のこととしてハトコさんの指示でまた皿が運び込まれてくるのじゃ。
既に出したことのあるクラムチャウダー、フライドポテト、ポテトチップスに加えてヴィシソワーズとコロッケ、蒸かし芋、ジャガ芋を入れたスタンダードなグラタンなぞも投入なのじゃ。
ちなみにコロッケも名称の混乱を避けるためにジャガ芋のカツ扱いでわらわのほうが混乱しそうなのじゃ。そのコロッケにはカレー粉を使うたものも入れておいたのじゃ。
「帝国が栄えていた時代には貴族は食が進む大食いの魔術を使っていたなんて話を聞いたことがありますが今日初めてその帝国貴族の気持ちが分かりましたよ」
「西方のことじゃから詳しくは知らんが鶏だか家鴨の肝をよく太らせて食べるためにその魔術を使っていると聞いたことがあるわい」
フォ、フォアグラ魔法なのじゃ。己に使うと体型がやばいことになりそうなのじゃ。
「しかし本当に大きな胃袋が欲しくなりますな」
「先の皿があることがわかっていても我慢が出来ません」
参加者等はそう言いながらがっつり食べておるのじゃ。熊一統は流石にプロであるゆえ一口二口で済ませておるが時折お気に入りか味の探求のためか一気に匙を進めておる皿もあるのじゃがの。
思うたより毒芋との悪評を気にせず食べておることなのじゃ。栽培しておる獣人等はまた別の名で呼んでおるらしいのじゃがそれも悪評に繋がる可能性を鑑みてわらわが言うジャガ芋で通すことになっておるのじゃがそう気にする必要もあらんかったのかも知れぬの。
「次に新しい保存食となるベーコンとヴルストをそれぞれ合わせたスープなのじゃが、ヴルストは人によっては受け付けぬこともあろう。食べてみるか否かは己で判じるが良いのじゃ」
そう言うて皿を出す前に一応腸詰めについて説明するのじゃ。
「なんでそんな加工法をとるのか聞いても分かんねえな! 食ってみなきゃ始まらねえ。リリエレ持って来い」
老熊がそう剛毅に言い放ちベーコンとジャガ芋のスープとヴルストとジャガ芋のスープの深皿が運ばれてくるのじゃ。
ベーコンのほうはまだ良いのじゃが、ヴルストとジャガ芋の取り合わせはこの地域における感覚で言うと毒芋と内臓と言う普通の人は食わぬものの合算なのじゃ。
しかし発展を続ける港町の商業組合理事というのは先取の精神に富んでおるのじゃな。感心するのじゃ。
皆躊躇なく匙をつけて食べ始めたのじゃ。
躊躇いがあったのは役人二人なのじゃがギュナ氏は感心したように理事等を見た後己で匙をつけたのじゃ。行政府の小役人はおどおどと見回し己以外の全員が食べておるのを見ておそるおそる食べる振りをしたのじゃ。厭なら食べずとも構わぬと言うておるのにのう。
「なるほど食感、脂の旨み、詰めることで凝縮される味の濃さ、どれにも納得が行くわい。ベーコンとか言う薫製肉も従来の煙臭い肉とは雲泥の違いだ」
老熊の評価にほかの参加者等も同意しておるのじゃ。
「ベーコンと新しい薫製肉は試作をした段階で要望が多くての、既に商品として作り出しておるのじゃ」
「はい、既に工房が稼働しておりますが春には更に増やすべきかと思案している段階ですね」
組合長の補足に皆食いついておるのじゃ。購入を希望する割合を見るに確かに工房は増やすべきなのじゃ。そして近隣での酪農の誘致は必須事項なのじゃ。
そう言うたあたりの認識は共有できておるゆえわらわは大して気に掛ける必要はあらぬのじゃがの。
「カレー粉を使うた皿はあまり出せんかったのじゃが、カレー粉は調合師錬金術師匠合の専売であるゆえそちらに任せるのじゃ。無論、機会があらばわらわやモリエが腕を振るうてやるがの」
流石にカレー系までしっかりとは抑え切れぬのじゃ。それでも一部カレー粉を使うたもので興味は引けておるゆえ義理は果たしておるのじゃ。
「仕方ないねえ。と言うかさね、カレー粉のほかハーブを調合した酒やハーブ茶、イアイアウスター、マヨネーズにタルタルソースと確かにありがたいけど持て余すほど処方箋を押しつけられているんだよ。忙しくなるのにも限度があらあね」
婆様が呆れたように言うたのじゃ。確かに列挙されるとアイラメさんがよう頑張った感があるのじゃ。
「では私どもがいくつか引き受けて差し上げましょうか?」
「冗談はおよし!」
婆様と少しばかり親しげに話しておった理事の一人がそう言うと婆様はピシャリと断ったのじゃ。互いに笑んでおるゆえ軽い冗句なのじゃろう。
和やかな雰囲気でお腹一杯という風な参加者等を見渡しつつ、あとはデザートとしてスイーツ類なのじゃ。
お読み頂きありがとうございました。