老リーディンのお話なのじゃ
こんにちは。
前話で祈祷をしたリーディンがその後何も言わないのはおかしいと思い少し書き足すとそれ以上に説明する流れになってしまいました。試食会が始まらないのでそれに対応して前話の引きの部分も少し改訂しました。しかし読み返す必要はない程度です。
それは兎も角、今回もよろしくお願いします。
さて、と気合いを入れたところを老リーディンに遮られたのじゃ。なんなのじゃ。
「食べるものが不味うなるような話は食中食後には向いておらんじゃろ。先程のそこの御仁の状態に不安を覚えておられるかたもおろうし少し話をしておこうと思うんじゃわい」
「ふむ、なるほどなのじゃ」
わらわが納得を見せたところでハトコさんが音もなく下がるのじゃ。給仕のタイミングをはかって指示を出すためであろうの。有能なのじゃ。
「そもそもは少し話にも出た街の子どものことに関わるの」
老リーディンはちらりとわらわを見て話し始めたのじゃ。おそらくわらわをマーティエと呼ぶべきか法服ではあらぬゆえミチカと呼ぶべきか判断を保留したのじゃろう。わらわ自身は適当に明け透けに生きておるのじゃが周りではわらわの情報を断片化して統合するのが難しゅうなるよう動いておるようなのじゃ。
用心深さは大切であるのじゃ。わらわ自身は己を恃むところが大きいゆえ気にせぬのじゃがの。
「……。そう言うわけでの、街の子どもなどを狙った企みがあると考えられておるの。異国ならば神殿が孤児院を以て子ども等の保護を担っておるんじゃがここでは出来ておらんのよ。不甲斐ない話であるわい」
わらわとの繋がりのある参加者以外もある程度は事情を知っておるはずなのじゃが情報量の差違はあるのじゃ。それを上手に要点を拾った上に大っぴらに言うべきではあらぬことは省き、と滑らかに語る老リーディンの話術はたいしたものなのじゃ。
「そこで多少なりとも、と神殿も最近発足した修道会とともに警邏隊や冒険者協会に協力しておる。それ以上の協力をしておられる商業組合の組合長や理事の方々には改めてお礼申し上げる」
「勿体ないお言葉です」
そう応えた組合長に鷹揚に頷き老リーディンは言葉を続けるのじゃ。そして理事等も組合長の返答に合わせ老リーディンに敬意を示しす略礼を行のうたのじゃ。
わらわが入室する前の歓談で老リーディンは初対面であったはずの商業組合の理事等からの尊敬を勝ち得ておるようなのじゃが、一体どういうやりとりでそれを為したのであろうかの。やはり侮れぬのじゃ。
「それで警邏隊に頼まれて幾たびか同じ術を解いた経験があるのじゃわい。その経験からの理解であるのじゃが、人の感情の歪みにつけ込んでそれを大きくする、歪みをより強く歪めると言った方がいいかの、そう言う呪いであるようじゃ」
老熊に掛かっておった術の説明に移ったのじゃ。と言うより老リーディンがそうやって働いておるのは知らんかったのじゃ。
「逆に言うと心が平穏に凪いでおれば術のつけ込む取っ掛かりがないと言うことじゃな。そこで先程そこの御仁に為した祈祷は心の平穏を取り戻すためのものなのじゃわい。心に纏わる呪を力ずくで剥がすのは危険であるからの」
「その者本来の心に食い込んだ呪であらば残念ながら簡単には剥がれんのじゃがそこの御仁に掛かっておったのは無理矢理へばりついたようなものであったからの、心が穏やかになれば労なく呪は剥がれ落ちたのよ。おそらく無理矢理怒りを引き出させてそこにつけ込んだんじゃろう」
「はい、思え返すと無理矢理私を怒らせようとしていたように思えます。しかし相手の顔や印象がはっきりしないのですが」
老熊もかなり回復したらしゅうしっかりした受け答えなのじゃ。正直わらわもその術についてそんなに判っておるとは思っておらんかったゆえ興味深く聴いておるのじゃ。
「自身を隠匿しておるようじゃな。それは其奴自身に掛かっている術かそう言う道具を持っているんじゃろ。面倒なことじゃわい」
「感情の歪みにつけ込んでそれを増幅し、それに方向性を与えて思い通りに使う。恐ろしい術ですね。元々どういう術なんでしょうか」
疑問を発したのは総督府の役人なのじゃ。貴族に近い位置で働いておるゆえ魔術や魔法具に馴染みがあるのじゃろう。他のものはどちらかと言えばそこまで頭が回っておらぬ状態なのじゃ。
「術自体には正邪の別はない、と言いたいところではあるんじゃがこれは陣を組んだものも使い手も碌な者ではないの。感情の良い面を増強するのには使えんのじゃろう」
老リーディンは苦虫を噛み潰したように言うのじゃ。この言い回しは今生でも似た感じで通用するのじゃが、苦虫とは元々噛むものであらぬような気がするのじゃ。
「良い、そうじゃの、喩えば騎士の主や国家に対する忠誠忠義の類も感情の歪みと言えば歪みじゃがそれには呪が絡まぬと推測しておる。対して悪い、負の感情として言えば暴力で屈服させた奴隷の恐怖に根ざす従属心などならその呪でより深く絶対なものに出来よう。そう言う魔術じゃな」
確かに術自体に善悪はあらぬのじゃがそれでも邪術と断じとうなる術なのじゃ。確かに食事が不味うなるような話なのじゃ。
「なるほど、そこまでの推測が出来ているのですね。不愉快ながらその術で奴隷商売に元から関わっていたのでしょうね。禁止後廃業してまともな口入れ屋になっている連中から昔の噂話も聴いてみます」
そう組合長が応え、他のものもそれぞれ思案顔になっておるのじゃ。その中で行政府の小役人は左右の顔を見ながら挙動不審気味なのじゃ。
それについても組合長と視線を交わして確認しておくのじゃ。
「くそがッ そんな連中の思い通りに踊らされたとは不覚にもほどがあらあ!」
老熊が怒りを爆発させたのじゃが、これは術の影響にあらぬのじゃ。
「そう大きく感情を乱すとそれがつけ込まれる隙になるんじゃ。心を健全に強く持つことがなによりも確かな防御法じゃわい」
「もう、お爺ちゃん。そんな怒りっぽいからつけ込まれるんでしょ! と失礼しました。そろそろお飲物と料理をお持ちしますね」
老熊は二人につっこまれてしゅんとしておるのじゃ。本来の老熊は熱しやすく冷めやすいようなのじゃ。
しかしハトコさんが話がだいたい終わったと見なして給仕開始を言うてくれたゆえやっと試食会に移行なのじゃ。
「ではやっと本題の試食会なのじゃ。お待たせしたのじゃ」
「うむ、話すことは話したしあとは儂は料理を楽しむだけじゃわい」
「我々のほうは料理をいただいて今後の展開の話し合いや商談するのが本題なのですがね」
わらわの改めての宣言に茶化すように老リーディンが笑うて言い、さらに組合長も笑いながら応えたのじゃ。
それを機に参加者の間にも笑いさざめきが渡り和やかな雰囲気で試食会が始まったのじゃ。
お読み頂きありがとうございました。