うろ覚えと言う奴なのじゃ
こんにちは。
なんとか今日も更新です。よろしくお願いします。
「こんにちは! 手伝いに来ましたよ」
「朝から引っ越しをしておると知っておいて昼時に来るとは流石はアイラメさんなのじゃ」
昼食の準備を始めようとする良いタイミングでアイラメさんと狐の人がが来たのじゃ。
わらわの冷たい視線をどこ吹く風と言う顔で流し口笛を鳴らしておるのじゃ。口笛は下手なのじゃが強い女なのじゃ。
「あのっ、引っ越し当日は忙しくてお邪魔かと思ったんですが母の実家のほうからこれが届いたので」
狐の人はそう言いながら袋をわらわに差し出してきたのじゃ。なんなのじゃろうかの。
と、これはあれなのじゃ。ジャガ芋を潰したものなのじゃ。前世で言わばアンデスのほうで凍ったジャガ芋を踏みつぶして水分を抜き保存食にする、チューニョと言うのであったかの。アイヌも似たような保存食があったと社会科の時間に聞いた気がするのじゃ。
兎に角そう言うジャガ芋の保存食なのじゃ。
「興味があるようだったので。正直美味しくはないんですが」
「うむ、興味はあったのじゃ。マキネさんありがとうなのじゃ!」
聞くと塩味のスープ、と言うより塩とこのジャガ芋を入れて煮ただけの汁で食すらしゅうて確かにそれは美味と言い難そうなのじゃ。
「その、実家のほうにマインキョルトの商業組合から人が来てその芋を買い付けて行ったそうです。なんでもマインキョルトのほうで芋の畑を作る場合来てくれる人はいるかとかの話しもしてたそうで驚いたそうですよ」
ミルケさんがさも当然と頷いておるのじゃ。商業組合からの連絡や報告もあるのじゃな。
仕事が速いのじゃ。しかしありがたいことなのじゃ。安心してジャガ芋が使えるのであらば可能性が広がるゆえの。コロッケも良いの、ウスターソースの出番になるのじゃ。簡単にジャガバターも美味しいのじゃ。
いや、唐辛子やチーズの普及を考えるとチリビーンズとチーズを乗せた石窯焼きのジャガ芋なのじゃ。
と、まあ先のことを夢見るより今日の昼餉なのじゃ。
子ども等もおる故母屋ではのうて工房の厨房スペースなのじゃ。
「今日はこれを使うて麺を打つのじゃ」
「それって海藻を焼きながら変な笑いを浮かべていた奴だよね」
「変な笑いは余計なのじゃがそうなのじゃ」
要は中華麺に使うかん水の代用品なのじゃ。そして作るメニューは焼そばなのじゃ。烏賊と言うかクラーケンを使うたものになるのじゃ。
正直、海藻か海近くの塩水で育つ木を使う、と言う話が本当であったかどうかも分からぬまま作ったのじゃが大丈夫なのじゃ。おそらくナトリウムとカリウムの成分比の違いなのじゃ。
炭酸ナトリウムと炭酸カリウム、じゃな。
どっちにしろ灰を溶いた水の上澄みを使うだけなのじゃ。
父さまはなぜか焼そばを作るとき中華麺ではのうてチャンポン麺を使いたいと言い張っておったのじゃが、チャンポン麺のかん水に相当する唐あくは普通のかん水より炭酸ナトリウムが多いのじゃったかの。
そう考えると海藻を使え、と言うのは父さまの罠であったかも知れぬのじゃ。まあどちらでも良いのじゃが、海藻や海辺の樹木はナトリウムが多い気がするのじゃ。
重炭酸ナトリウムとも呼ばれる炭酸水素ナトリウム、すなわち重曹も木灰から作られたのが始まりであったはずなのじゃがいまいち細かな記憶があらぬのじゃ。わらわが使うておったものはもっと工業的手法で作られておるものであったはずであるしの。
己が使うものの製法は知っておるべき、と言うのも無茶な話なのじゃがもっと興味を持って学んでおくべきであったのじゃ。
いかぬの。卵を混ぜた贅沢な麺を捏ねておるうちに色々と思考が彼方を彷徨っておったのじゃ。気を取り直してしっかりと捏ねたり延ばしたりして製麺するのじゃ。
麺棒もわらわの今の体型に合わせたものを納品して貰っておったゆえ気持ちよく作れるのじゃ。のじゃが、やはり手を広げたときの幅がいまいち狭いのじゃ。
うむ、興味深そうに見ておった双子等に後は託すのじゃ。
「見てるとうねうねと生地が動いてて面白そうだったけど自分でやるの難しいね」
「うどんと違うんだね」
「うむ、うどんとは違うのじゃ。中央の名物のラ・メェネの麺なのじゃ」
いや、そのこの世界風ラーメンを食した経験がないゆえその麺が今わらわが作っておる中華麺っぽいものになっておるかは知らぬのじゃ。しかし種類が多くあるとのことゆえ珍しい麺になってしもうても大丈夫なのじゃ。
「パスタ作りに卵を入れていることに驚いたのですが、養鶏が盛んな中央ならではなのですね」
「いやいや、これは中央でも贅沢な麺とされるのじゃ」
おそらく、なのじゃがの。中央のことを知っておる老リーディンがおると迂闊なことが言えぬのじゃが、ガントも近い将来中央へ行くゆえ要注意なのじゃ。
「学生が屋台のようなところで食すラ・メェネは相当に簡素なものゆえ期待をしてはならぬのじゃ」
「心得ておきます」
「で、それを使うんだ」
鉄板を竈にかけつつクラーケンの身を短冊にして切れ目を入れたり、他の具材を切りそろえたりと製麺を任せて下準備を整えたわらわにモリエがそう言うて来たのじゃ。
「うむ、火を加えれば匂いは飛ぶのじゃ。そう心配するでない」
今わらわの手元にある壷は港湾協会で入手した魚醤ペーストなのじゃ。すっかり存在を忘れておったのじゃ。
覚えておったらウスターソースを作った折りに少々混ぜてみても良かったのじゃがの。まあ今回ウスターと鉄板の上で出会うことになるゆえ相性が良ければ次からまた考えるのじゃ。
「どうしてもダメなものもおろうから、モリエのほうは入れずに作るのじゃ。ウスターソースのみでも充分美味しくでき上がるのじゃ」
壷の蓋を開けた瞬間に漏れ出てくる匂いにわらわも妥協した提案を出して置いたのじゃ。
エビと沖アミとを潰して海水の塩分を加えて発酵させたなんともキツい臭気なのじゃ。ただその臭気の向こう側に発酵食品の旨味の園が感じられるのじゃ。その園に辿り着きたいものなのじゃが、余人に理解されるのは今すぐとは行かぬであろうの。そう思う程度の分別はわらわにもあるのじゃ。
「お、お母さんの匂い」
木ベラで軽く混ぜて粘度を確かめておったら子ども等のうち馬耳の少女がそう言うて泣き始めたのじゃ。名前はアルミアーフェであったかの。
「どうしたのじゃ。ええっと、ソルゴ」
泣いておる少女より馬耳の兄に訊いたほうが早そうなのじゃ。
「俺も今嗅いで思い出しました。母が似たようなものを使って料理してました。正直俺はイヤでしたけど」
なるほど、亡き母を思い出す匂いであったわけなのじゃな。
「ふむ」
そう言うて狐の人を見やると狐の人は手を頬に当てて考えながら教えてくれたのじゃ。
「それは多分海のほうの一族が使うもので、あたしの母の実家は山のほうの一族なんです。山でも川魚や沢ガニで似たようなものを作るらしいですけどあたしもほとんど食べたことないですね」
「今日はもうわらわの料理の準備をしておるから出来ぬのじゃが、どんな料理で食べておったか教えてくれれば作ってみるのじゃ。まあ母の味とはいかぬであろうがの」
「あ、ありがとうございます」
アルミアーフェは泣きやんで少しグズりながらなのじゃがそう礼を言うたのじゃ。
「でも匂いが強くて、その、ただ人は食べないって」
「わらわは何なら焼いただけでも食すのじゃ。しかし、今日は匂いを飛ばして食べやすうするゆえ其方にはもの足りぬかも知れぬの」
わらわがそう笑うとアルミアーフェは微笑んだのじゃが、焼いただけで食べられるという部分で他のものが退いておるのじゃ。いや今日は大丈夫にしてやると言うておるのじゃ。安心するがよいのじゃ。
お読み頂きありがとうございました。
クラーケンを大海魔とかの漢字を当てようと思ってて忘れていたことに気付きました。とりあえずもうカタカナのままで。