ヴルスト作りなのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
食事会が終わって数日、忙しいことに代わりはあらねど引っ越しの準備を整えたり燻製の試作をはじめとした各種調理の研究を進めたりとやりたかったことをこなせる程度の体制にはなっておるのじゃ。
食事会の名目で関係各所の連絡網を構築するという目的は達され、わらわが動かずとも物事は前進する体制になっておるのじゃ。人間とは楽をするために努力をする生き物なのじゃ。ふふん。
食事会の時に積み上げられた貢ぎ物は調度類や美術品と言った新築の屋敷で使えるものが多く、それ以外は布地や食料なぞの消耗品が主であったのじゃ。心遣いに感謝なのじゃ。
布地は手伝ってくれたもの等への礼として衣裳を誂えてもらうよう発注しておいたのじゃ。モリエや双子等はクローゼットをもう少し埋めれるようにならんといかんのじゃ。
そのついでに訊いてみたところ、狐の人のような尻尾のある獣人はやはり衣裳で余計な手間がかかるのじゃそうな。尻尾を通すように穴を開けるのも手間なのじゃが、着なくなったものを古着に出すときはその穴を己で繕っておかねば売れぬそうなのじゃ。獣人同士でやりとりするときはその手間は省けるように見えて、太い狐の尻尾と細い猫尻尾ではまた違うゆえ面倒なのじゃそうな。
モフモフの尻尾も大変そうなのじゃ。
予想外の早さで内装が進んでおるゆえ引っ越しも間近なのじゃ。余りの早さに港湾協会から圧力が掛かっておらぬか心配になり材木問屋のご隠居のところに菓子の箱を持って挨拶に行ったほどなのじゃ。
ついでに菓子の箱の材質なぞについて相談し、バルサ材っぽいものとコルク材っぽいものを得れたのは望外の収穫であったのじゃ。
内装が出来ておらずとも工房、倉庫ではのうて工房と呼ぶことにしたのじゃ、その工房のほうで燻製や調理はある程度出来るのじゃ。石窯や竈、そして燻製小屋のような簡易建築はわらわの土木魔法の結実によって成されておるからの。
「今日作るものはちとこの土地のものに受け入れがたいものである可能性が高いのじゃ。其方等も無理につきあう必要もあらぬのじゃ」
つまりはわらわの自己満足、と言うやつなのじゃ。
工房の厨房スペースにおるのは当然モリエ、完全に専属秘書状態のミルケさん、そしてメイドさんとなぜか最近入り浸っておるアイラメさんと狐の人なのじゃ。
メイドさんは引っ越しの受け入れ準備でパタパタと働き回っておるゆえ厨房常駐ではのうてわらわがなにをしておるのかたまに覗きに来るのみなのじゃ。
双子等はたまには冒険者協会に顔を出さねばと言って不在なのじゃ。
「あのイガラッポいとしか思ってなかった燻製が本当に美味しくなってたし、そう言う風に言われると逆にちょっと楽しみですね」
ミルケさんがそう言うと他のものも概ね賛同の意を表しておるのじゃ。わらわに毒されておるのじゃ。
「燻製は兄さん喜んでたよ」
オルンは現在帰郷中なのじゃ。エインさんの護衛兼案内なのじゃがの。
エインさんは椿油の仕入れのルート開発目的でオルン等の故郷の集落へ向かっておるのじゃ。エインさんは最近の仕事の中でもっとも本業っぽいと喜んでおったのじゃ。
その二人には道中の食料として新作の燻製肉とベーコンを持たせてやったのじゃ。
この辺りでは単純に塩蔵した塩漬け肉が保存食の主流で、船乗りが持っておることがある舶来の燻製肉も本当に煙で燻しただけの煙臭く不味い燻製なのじゃ。
最も簡単な保存食の一つは干したものになるのじゃが、干す過程で腐らせた歴史的背景でもあるのか魚の焼き干しと干し果実くらいしか干した食材を見ぬのじゃ。
これに関しては工夫が足りておらぬのが非常に疑問なのじゃ。
塩漬けにハーブ、スパイスを加え、それを燻煙で燻すという、二つの技法の合流がわらわの知る前世の燻製となるわけなのじゃ。
まあオルンが大喜びしたベーコンはハーブなぞ入れずに塩だけなのじゃがの。塩漬けにしてそして塩を抜き、燻す、それだけで美味しいベーコンが出来るのじゃ、無論<経時>のお世話にはなっておるのじゃ。
材木問屋の隠居に無理を言うた燻製用のチップも良い仕事をしてくれておるのじゃ。
まあそれは兎も角としてなのじゃ、今日の製作物はヴルスト! そうソーセージなのじゃ。
「しかし、この辺りでは内臓を食さぬと聞いておるのじゃ。今回は豚や羊の腸を使うのじゃが主は挽き肉ゆえ平気な気もするのじゃが、やはり心理的抵抗もありそうなのじゃ」
腸詰めの類があらぬことに関しては他の加工食品と違うてそう不思議には感じぬのじゃ。最初に挽き肉を腸に詰めようと考えたものは天才と言うより他はあらぬのじゃ。うむ、冷静に考えて異常に属するのじゃ。
「一番最初に悪くなるのが内臓だから売り物からは外すけど、狩人が自分で食べる分には使うよ。獲った日のうちによく洗って、だけど」
モリエが狩人は食べる、と教えてくれるのじゃ。
「大体は煮て食べるけど、ミチカ式で臭み消しの薬草を入れて煮れば良かったのかなって今なら思うね」
「ふむ、モツ煮も良いの。今度作るのじゃ。部位を選んで串を打って焼くのも良いのじゃ」
しかし、前世でもモツが不得意なものは案外おったのじゃ。それを踏まえると完全なる自己満足枠なのじゃ。
「祖母は食べてたって言ってたです。ロメク・エフィの風習なのか貧しくて食べるものがなかった所為なのかは分からないですけど」
狐の人からも興味深い情報が出てきたのじゃ。
「ほう、興味深いのじゃ。どんな料理をしておったのであろうかの」
「えっと、分かりません。今度母に訊いておいてみますね」
狐の人はもうこの辺りの普通の食事で育っておるらしいのじゃが、情報が失われてしまう前に親やさらにその親の世代に聞き取り調査を行うべきかも知れぬのじゃ。
「なんにせよ、<洗浄>するゆえ衛生面の問題はあらぬのじゃ。ただ、<洗浄>を使うものが内臓をゴミだと認識しておると使うはずの内臓までなくなるゆえ注意が必要なのじゃ」
注意事項はそれだけなのじゃ。と言うことで実作開始なのじゃ。
腸に挽き肉を詰める、と言う行為に最初は皆ちょっと腰が退け気味であったのじゃが、先に<洗浄>しておいたゆえか生理的な忌避感はあまり持っておらぬように見えるのじゃ。
折角というかなにゆえと言うべきかアイラメさんがおるゆえ挽き肉に混ぜるスパイスやハーブの配合の処方を記録しながら数種類のソーセージを製作したのじゃ。そしてカレー粉を使うたカレーヴルストも一応用意して腸詰めが受け入れられたときのラインナップ候補に入れておくのじゃ。
血のソーセージも一本分作ったのじゃが、これは流石に深い疑念の表情で見られたのじゃ。案外美味しいのじゃがの。
ちなみに血も小樽に一杯寄越せと言うた注文時に既に肉屋で相当に深い疑念の表情を向けられておるゆえ、今更どのような目で見られようとわらわは平気なのじゃ。
そんなこんなで腸に詰めたら捻ってあのソーセージらしい形にし、乾かして茹でてそして燻製して出来上がりなのじゃ。<経時>のおかげで時間が短縮できて楽なものなのじゃ。
「ヴルストとビールの組み合わせは至高!」
と父さまが言っておったゆえ試食するもの等へはビールを出すようお願いし、早速焼いてみるのじゃ。わらわはレモンバームを入れた水と、なのじゃがの。
「うん、美味しそう。美味しそうだけどそう思うのはミチカの料理だからって理由からかも」
「けど焼ける匂いは普通に、いや凄く美味しそうだから腸を使ってるって知らなかったら飛びつきますよ」
モリエとアイラメさんがそう評しておるのじゃ。うむ、皆わらわの料理が美味しいという前提でバイアスが掛かっておるゆえ一般に受け入れられるかどうかの判断には役に立たぬのじゃ。
そうやって試食の体制が整ったあたりでガントが妹二人の耳をつまみ上げて引っ張りながらやって来たのじゃ。
「痛い! 痛いって兄ちゃん」
「兄ちゃん、ごめんなさいってば!」
なにか兄から叱責を受けるようなことをやらかしたようなのじゃ。困ったものなのじゃ。
「楽しそうなところ申し訳ありません。直接説教もしたんですが、ミチカやモリエにも言っておかなければと思って来たんですが」
ガントがそう謝りながら報告してきたのじゃ。
まあヴルストでも食べながら聞くとするのじゃ。
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