密偵さんやらとの面談なのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
「ふむ、しかし礼ならばゲノール隊長に言うておけば良いのじゃ。わらわはゲノール隊長の願いに応えただけゆえの」
そう言えば魔漿石もゲノール隊長の私物であったはずなのじゃ、と補填されてないようなことを言っておった気がしたゆえ言い添えておくのじゃ。
「ああ、『現状では無かったこと』なんでな。だからマーティエにも公的な立場では礼ができん。真に申し訳ない」
それに対してハンケル氏から謝罪を受けたのじゃ。密偵さんの任務ゆえ扱いが極秘なのじゃな。
「結果が出たら改めてお礼申し上げます。無論ゲノール隊長への恩義も忘れてはおりません。正直あそこで死んでいるところだったのですから」
密偵さんは騎士にしては上品な顔をしておるのじゃ。しかし、上品な顔立ち、以上の印象があらぬのはおそらく職業柄なのじゃ。わらわは次に会うてもすぐには思い出せぬ自信があるのじゃ。
「して、その時の調査対象やら其方を不逞な破落戸として棒で殴りつけた輩やらについての調べは進んでおるのかや?」
「当然です。そして今回有益な情報交換も出来てありがたいことです。ただ」
と言葉を切ったのじゃ。
「ただ、問題は今のところ身柄や証拠を押さえてる連中から黒幕までに仲介者が二人三人と挟まっていますね。黒幕を仕留めるには今少し、です」
言う密偵さんだけではのうてハンケル氏なぞも苦い顔をしておるのじゃ。面倒なことなのじゃ。
本当に面倒になってしもうたらわらわが黒幕を消してしまうゆえそうならぬよう頑張って欲しいものなのじゃ。
「マーティエが気になさっていた胡乱な術を使う人物が鍵になるかも知れません。かつてそう言う妖術紛いの術を使う魔術師の噂がありました」
とある貴族がそう言う術者を囲っておる、と言う噂が昔あったそうなのじゃ。それは相当な昔の話だと言うことなのじゃが黒幕と目されておる貴族の家の先々代の話だとなればそのまま弟子なりが仕えておると考えて不自然ではあらぬのじゃ。
「どういう術かしかとは分からぬゆえ注意には注意を重ねることなのじゃ。折角拾うた命であるのじゃからの」
「はい、肝に命じております。捕らえようとして術に掛けられるくらいならば勿体なくても始末をつけるよう他の者にも伝えておきます」
総督府で動いておるのは当然この密偵さんだけではあらぬのじゃな。なんにせよ術の効果や条件が見えておらん以上相当に気をつけた方がよいのじゃ。使いたいと思えるような魔法にはあらぬのじゃが術理に関しては多少の興味があるのじゃ。
「ああ、そうだ。ここに来た名目上の仕事だが了承した。ゲノールの隊を祭の間神殿前の広場担当にする。大袈裟な、と思っていたが今日の食事で納得した。屋台もマーティエが差配するんだろう」
「感謝するのじゃ。屋台は、うむ確かに人気は出ると思うのじゃ。遊戯大会のほうは正直読めんでおるのじゃがの」
ゲノール隊長には祭だというのに済まぬの、と言うたのじゃが警邏隊にとっては元から忙しい時期だと返されたのじゃ。確かに城内警備の人としてはそうであろうことなのじゃ。
「そう言えば、以前にゲノール隊長にも警邏隊の隊員の来歴なぞを聞いたことがあったとは思うのじゃが人員はだいたい足りておるのかや?」
わらわにそう尋ねられたハンケル氏は一瞬意図を計るような顔をし、しかしすぐに納得して応えたのじゃ。
「見習いを入れる余地はありますね。城市の規模は拡大しているんで警邏隊も人員拡張はしているんですが正直追いついていません。そしてその、隊長や副官のうち数名とそいつらの子飼いが減る予定なんでそれも補充が必要になります」
少し言いにくそうにしておるのじゃが、つまりは捜査の結果処断する必要があるものがそれだけおると言うことなのじゃ。
マインキョルトはマインキョルトとジックキョルトと言う二つの城市が合併して出来た城市で北面支隊は旧マインキョルト地区を受け持つのじゃそうな。つまり実質的には大規模な城市を一つ担当しておるのと同じなのじゃ。ゆえに人員は常に不足気味である、と言うことなのじゃ。
「その子ども達ですね」
「そう言うことなのじゃ」
子ども等に教育を施すとは言うても誰もが充分に習得できるわけでもあらぬであろうし本人等のやる気や適性もあろうことなのじゃ。まあ最低限の読み書き計算は嫌がっても叩き込むのじゃがの。
「冒険者という道もあるゆえ元気のある連中はそちらに流れるやも知れんが、警邏隊でも見習いに引き受けてくれるならば助かるのじゃ」
「正直、単純な頭数もだが読み書きや計算が最低限出来るようにしておいてもらえると凄く助かる」
これは実際に見習いを訓練したりその後部隊を運営したりするゲノール隊長の言なのじゃ。
「隊員の多くは三男坊四男坊で家であまり重くは扱われていなくてな。読み書きができん奴も多いんだ。それで最低限の仕事が出来る士族の子弟なんぞが副官職に就いて幅を利かせようとするのさ。あの阿呆みたいにな」
そう言えばそう言う副官がおったのじゃ。なるほどなのじゃ。
本当に書類関係の仕事が出来る人材であらば活躍の場はいくらでもあるゆえ警邏隊本部ですらのうて現場部隊に配属されておるのは落ちこぼれなのじゃ。なのじゃが、落ちこぼれでも威張れる環境ゆえ無駄に増長するらしいのじゃ。
これはあの阿呆の副官は拘束された結果、事務仕事を全部自分でやる羽目になっておるゲノール隊長の恨み言のようなものなのじゃ。
ちなみに他の隊にいるズークさんの次男、リーダの次兄じゃの、は当然読み書きや計算が得意で隊長候補としてバリバリ仕事をこなしておるそうなのじゃ。「うちの隊にもああいう隊員が欲しかった」とゲノール隊長が言うておるのじゃが、まあ頑張れ、なのじゃ。
読み書き計算を教える子ども教室はよく考えて運営すべきことのようなのじゃ。おばあちゃん先生の教室も託児所の役割を兼ねつつとは言え謝礼をとって運営されておるはずなのじゃ。それを考えると孤児が優遇されすぎておると言い出すものもおろうし、その不公平を是正する教育制度の新設や改革はちと現状のわらわでは荷が重いのじゃ。
教室が上手く回ることでまた違った芽も出ようがの。
「申し訳ない。一つ話したいことが」
警邏隊の面々がそろそろ下がろうかとしたあたりでベルゾが一歩進み、声を掛けたのじゃ。掛けたのじゃが、途中でつまり、片膝をついたのじゃ。
のぞき込むと額に脂汗を流し、苦悶の表情になっておるのじゃ。
「如何したのじゃ、ベルゾ」
「くっ、ミチカ。精神状態を正常にする祈祷か精神に働きかけるものを外す祈祷はありませんか」
詮議しておる場合ではあらぬ、そう判断して<平穏>と<鎮痛>を祈祷名だけの短縮発動で祈ったのじゃ。
異常を察してジーダル等も来たのじゃが、駆け寄ろうとする仲間二人を手で制してベルゾは立ち上がったのじゃ。
「ありがとうございます。その利用されていた連中に掛かっていたものより難しいものが掛けられていたようです」
祈祷が効果を発揮したのか、顔の汗をハンカチで拭ってベルゾはそう言うたのじゃ。
「レグド殿、この魔漿石を持って行ってください。ファンクロン卿の一族のものの魔力が籠もっていますから魔力の限定を掛けた箱や扉を開けることが出来るかも知れません」
密偵さんが受け取りながら問い返したのじゃ。
「ありがたい、としか言いようがないが、貴殿は構わぬのか?」
「私はフォンクロンの家の分家筋から勘当同然で追い出された身ですからね。別に私まで難が及ぶこともないでしょう」
ベルゾは涼しい顔でそう言うたのじゃ。内心は分からぬのじゃがの。
難しい顔でベルゾを見上げておると、メイドさんが持ってきてくれた水を飲んで一息ついたベルゾが苦笑したのじゃ。
「まあ、ジーダルなんかも知ってることです。貴族の家に生まれたものの貴族の水準では魔力が低い、なんて言う子どもは面倒なんですよ」
家次第ではあるらしいのじゃが、魔力の高低なぞと言った子どもの側に選びようもあらぬ理由で家から出され、出された先の分家からも追い出される、そのようなことが当たり前にあるそうなのじゃ。
一旦分家に出すのは直接だと僅かばかりの関係性が残るからなのじゃ。
何かしでかしても分家を追い出された元分家の人間じゃからの。無論功績を挙げると手のひら返しなのじゃろうが。
「そうです。冒険者としてD級に上がる、と言う話をどこかから聞いたらしく珍しく連絡があったのです。そこでやられたようですね」
内心は分からぬと言っておったのじゃが、今はもう分かるのじゃ。怒っておるのじゃ。赫怒と言う奴なのじゃ。
「ベルゾにしては甘いじゃねえか」
怒りを抱えておることを見抜いてジーダルが軽く煽るのじゃ。まあそれも親愛の表現なのじゃろう。
「信用はしていなかったので会った分家の周りは張ってもらっていましたよ。張り込みを命じたのにその後結果を気にしていない私に疑問を感じていたでしょう」
「理由が分かってホッとしました」
ベルゾの紹介で修道会に来ておったベルゾの師兄弟と言う便利屋冒険者の二人が進み出て報告書を手渡しながらそう言うたのじゃ。
「私もその魔術師のことを思い出せないですね。そしてファンクロン家に不利益になるようなことを言い出そうとした瞬間そんなことをしてはいけないと言う考えが頭を占めてそれに逆らうと先程の有様になるようです」
「ああ、そんな心配そうにみる必要はありませんよ、ミチカ。ええっと、気にしているのは現状なのかそれとも生家や生い立ちについてなのか分かりませんがどっちも問題ありませんからね」
さっと見た報告書を密偵さんに回して、その様子を見上げておったわらわに作り笑いで微笑んだのじゃ。いや、作り笑いなのは見れば分かるのじゃ、下手くそめ、なのじゃ。
「ベル、作り笑いが下手くそって顔で見られてるわよ」
セイジェさんの観察眼も侮れぬのじゃ。
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