豪華客船で世界一周の旅に出たいのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします!
それぞれとの面談を一気に済ませ積み重なっておる仕事の整頓を行いたい、わらわを介さずとも情報の伝達共有がなされるよう関係者同士を引き合わせわらわの負担を減らしたい、その二つを同時に解決しようと皆を集めた食事会を開いたわけなのじゃ。一網打尽、と言うやつなのじゃ。
しかし、ちょっとばかり人数が多すぎたかの。面談を始める前から億劫になっておるのじゃ。ま、避ける能わざることなのじゃ、やるとしようぞ。
最初は言うたように港湾協会なのじゃ。本来はまず老リーディンなのじゃが、老リーディンとは今話す必要も話題もあらぬのじゃ。
「其方等のおかげで海の幸を使うた料理を出せたのじゃ。改めて礼を言うのじゃ」
タンクトップおじさんと二人の理事からの挨拶を受け、わらわはまず食材の礼を言うたのじゃ。タンクトップおじさんからの海産物の提供があるゆえ開いてみた食事会なのじゃが、規模が大きゅうなりすぎて負担をかけたのではあらぬかと少し気になっておったのじゃ。
「とんでもございません。こちらこそ大変素晴らしい席に招いていただき感謝に堪えません」
「先日のくらむちゃうだーで既に驚いておりましたが今日はそれを遙かに越える驚きでした。本当にお招きいただきありがとうございました」
タンクトップの筋肉、海賊っぽい親爺、女教師っぽいおばさまと港湾協会の理事等は見た目がなにやら飛道具感が強いのじゃが、わらわに対しての言葉遣いなぞは丁寧でギャップを感じるのじゃ。
「クラムチャウダーのルセットの扱いに関しては後でミルケさんに話を聞いておいてくりゃれ」
「はい、かしこまりました」
ミルケさんはわらわの左後ろに控えてくれておるのじゃ。右後ろにはベルゾがおって備えは完璧なのじゃ。
「まず、あの受付嬢ですが」
少し言いにくそうにタンクトップおじさんが話し出したのじゃ。あの暴言を吐いたり魔物の餌でやらかそうとしたりしたものなのじゃ。
「その背後にいた口入れ屋について慌てて身柄を押さえるよりは泳がせて更に背後を探りたい、と手のものが監視しておりましたが、ここで警邏の支隊長殿と話が出来ましたのであちらに任せる流れになるかと」
ただ、口入れ屋と共に受付嬢と話をした謎の人物、おったはずであるのに其奴のことに関して記憶が曖昧になると言う胡乱なものじゃな、これは謎のままなのじゃそうな。
「しかし、相手の記憶を乱すような魔法は本当にあるのじゃろうかの。思考を誘導したりするのは魔法ではのうて話術であった可能性も残るとしてなのじゃ」
「分類的には<鼓舞>や<鎮静>も人の心に干渉する祈祷じゃな。ただ、嫌がる相手に干渉するのは相当な魔力を必要とするであろうと思うぞい」
これには老リーディンが答えてくれたのじゃ。確かに言われれば士気を揚げたり興奮や混乱を抑えたりするのも精神干渉系なのじゃ。
しかしまああり得ぬ訳ではあらぬとは言え普通ではあらぬのじゃ。
「付け入られる隙が彼女にあったのでしょう。父親は長年港湾協会で働いてくれていたものなのですが、娘ともども旅に出ていただきました」
ため息を吐きながら女教師風の理事がそう言うたのじゃ。うむ、ちょっと怖いのじゃ。流石流通マフィアの元締め的組織なのじゃ。
「あ! 変なことの比喩ではないです! 本当に旅です。港湾協会は各国の協会同士の横の繋がりもありまして、連絡文書の運搬の仕事に就いてもらったのです」
「違法な奴隷密売がまだ計画段階で実行されていませんでしたからね。父親は娘が実際に大罪を犯す前に捕縛されたことをマーティエに感謝していましたよ。軍船へ何かしようとしたことは仮の話なので死罪はありません」
わらわの勘違いであったのじゃ。ほっと一息なのじゃ。
海賊おじさんがゆっくりと思い出しながらという風で話し出したのじゃ。
「西方域のジャラール・ウドから西のロメク・エフィにある海獣の宮へ、そこからまた西方域のケド・ラジャル。この範囲への連絡文書は今回の奴隷密売の計画に関する第一報となりますな。そしてそこからは通常の連絡文書と共に中央南部の港を巡った後、南大陸をぐるっと南回りで東方まで行ってもらい、東のウェンズドール諸島経由で出るときとは逆の東側から北方諸国群へと帰ってくることとなります」
「海や大気の神々の特別な加護があれば五年程度、普通であれば十年掛からずに戻ってきたら幸運と称されるでしょうね」
既知世界一周の大旅行なのじゃ。正直ちょっとわらわも行ってみたいのじゃ。
既知世界、とは言うたのじゃが東のウェンズドール諸島の更に東にも陸があるとは伝えられてはおるのじゃ。まあ伝承上の存在ゆえ既知には含まれぬのじゃが、興味は尽きぬのじゃ。
西の大陸、ロメク・エフィも獣人の土地と知られてはおるのじゃが実際の風土はよく知られておらぬゆえ既知と言うにはグレーゾーンなのじゃ。
「世界の風土を実際にその目、その肌で見、感じることが出来るとは寧ろ羨ましい処罰なのじゃ。あの娘にはそれで見識を広げるだけの度量が備わっておると良いのじゃが」
「そうであると良いですね。そしてマーティエはどうか突然旅に出たりはなさいませぬよう」
「うむ、分かっておるのじゃ」
とりあえず今暫くは、なのじゃ。
「子ども達に関しては子どもに出来る仕事をしてもらう働き口の提供、見習いとして雇用数を確保した上での教室への資金供出と人材の派遣。港湾協会では問題なく支援の体制がとれます」
「其方等の尽力に感謝するのじゃ」
理事の力が強い組織で助かるのじゃ。無論それが悪う働く場合もあろうがの。
懸案事項に関する話には問題があらぬのじゃ。報告書らしきものをベルゾが受け取っておるのを横目に海産物の話を少ししておくのじゃ。
「なるほど、クラーケンを非常食にする代わりに普通の蛸や烏賊をその眷属として普段には食べぬのかや」
今日の差し入れに触手ものがおらんかった理由が分かったのじゃ。クラーケンは美味いのかのう。
「弾力のある歯ごたえであまり味はしないですね」
烏賊っぽい感想なのじゃ。大味である可能性は大きいものの烏賊であるならば期待できるのじゃ。
「クラーケン倉庫には年に一度か二度祈祷に行くの。<冷却>は何故か祈祷書が書庫にないゆえ儂の代わりに祈祷へ行ってくると良いぞい」
なんと冷蔵倉庫なのじゃ。<加熱>の構成要素の拡張子部分をいじることである程度まで逆に温度を下げることは出来ておったのじゃが<冷却>があればその方がありがたいのじゃ。祈祷書があらぬのはおそらく北方諸国群で人気の高い冬の大神に由来しておるゆえ失伝するなぞと誰も想像だにせんかったのじゃろう。
「調合師錬金術師匠合の草木の神の神像なんぞは祈祷が絶えておったのじゃが流石に理事が信徒であらば港湾協会では残っておったのじゃな」
他にもそう言う祈祷が絶えた便利機構が城市内に眠っておるやも知れんの。修道会の人員が増えてきたらその辺りの祈祷も業務に出来そうであるのじゃ。
とりあえず烏賊や蛸を食さぬのは非常食への感謝、と言うわけではのうて非常食のクラーケンが不味いゆえ眷属も不味かろうというイメージの問題であるらしいのじゃ。今度陸揚げされて捨てるくらいならば持ってくるよう約束したのじゃ。クラーケン自体も保存したまま悪うなって廃棄、と言うことのほうが多いらしいゆえ、わらわが美味しゅうできぬか実験するために供してもらうことになったのじゃ。
中央の南部、面倒くさい言いかたなのじゃ、海に面した地域では烏賊や蛸を食すと言うことを老リーディンが言うてくれたゆえわらわの奇行とは見なされなんだのはありがたいのじゃ。
前世でもヨーロッパの地中海に面したほうでは食すのに北側の連中は食べなんだからの。地域差のあるものなのじゃ。
この辺りのものに受け入れられぬ可能性はあるのじゃが、廃棄されておることも多いというクラーケンの食材利用は孤児等への食事提供に転用できるということなのじゃ。もし人気を博せば売り上げでオーツでもあがなえば良いだけの話なのじゃ。
こうして港湾協会の理事等とは有益なお話が出来たのじゃ。タンクトップおじさんとの話が終わったゆえ老リーディンは遊戯の対戦相手が出来てホクホクであるしの。
次は重要度的に商業組合の組合長が来るのかや。うむ港湾協会の理事等と入れ替わりに此方にやってきておるのじゃ。
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