お菓子の話の後編なのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
「次はこの豆菓子なのじゃ。まあ豆を菓子代わりに食べるのはようあることであろ、一つぐらいは新奇ではあらぬ安心できるものも入れておこうと言うわけなのじゃ」
わらわが涼しい顔でそう言うと、なるほどと言った顔をしたものもちらほらとおるのじゃ。御新規さんなのじゃ。大切にしたいの。
それ以外はなにやら疑い深そうな顔をしておるのじゃ。
「おい」
ジーダルの指すほうを見るとモリエが手で顔を押さえて笑うのをこらえておったのじゃ。
「まあ、最初から騙されたりはしねえがな」
疑い深そうな顔をしておる側におったジーダルはそう言いながら一粒口に放り込んだのじゃ。
「って、甘っ」
ジーダルの声に反応して他のものも手に取りだしたのじゃ。
そう、これは甘納豆なのじゃ。
「これはまた砂糖を大分使っているようですがそれだけの価値がありますね」
これはジーダルの横で摘まんだベルゾなのじゃ。他にも調合師の婆さまは「さっきの砂糖菓子よりこっちの方が好みだね」と言いながら豆の同定作業をしておったりと好んでおるものも多いのじゃ。
上品に仕上げたつもりであったのじゃが落雁の純粋な甘みはちと早かったのやも知れぬの。
甘納豆は砂糖と少しばかりの塩さえあれば砂糖で甘く煮詰めて乾燥させるだけの簡単な豆料理なのじゃ。この辺りの一般的な鍋は最初から鉄の鍋ゆえ黒豆を使うとき艶を出すために鉄の釘を投げ込む必要すらあらぬのじゃ。
沸騰させないよう気をつけて長時間砂糖で煮る必要があるのじゃが、わらわには<経時>があるゆえ問題あらぬのじゃ。黒豆、ひよこ豆、白いいんげん豆を砂糖で煮詰めて、そのままのものと更に粉糖をまぶしたもので乾燥させたのじゃが、うむ食べ過ぎ注意なのじゃ。
ちなみに煮汁は豆の味のついた甘い飲み物として厨房組のおやつになったのじゃ。これは厨房で働いたものだけの特権なのじゃ。
似たような手法で生姜の砂糖漬けや柑橘類の皮の砂糖漬けも出来るゆえスタンダードな商品としてだけでのうて商品展開にも向いておるのじゃ。
ん、そう言えばスミレの花なぞを使うた花の砂糖漬けも前世で楽しんだことがあるのじゃ。食べれる花、と言うものを確かめねばならぬのじゃが甘納豆区画に一つだけ花の砂糖漬けを入れておくのは視覚的に良さそうなのじゃ。心の中のメモ帳にメモメモなのじゃ。
「そして内蓋に乗っておる最後の白い丸いものが気になっておると思うのじゃ。見た目に凝っておるのじゃが実はこれまでに出したクッキーなぞの焼き菓子の仲間なのじゃ」
クッキータイプの菓子が存在せぬはずはあらぬと思うたのじゃが、そのわらわの主張はモリエがちょっとばかりの蜂蜜を小麦粉に混ぜて焼いた出来の悪いパンケーキのようなお菓子を屋台からあがのうて来ることで取り下げざるを得んかったのじゃ。あれはわらわが保存用に焼いた蜂蜜入りの固焼きパンのほうがまだお菓子なのじゃ。
ただ、他にあがのうて来た麦芽糖を使うた飴やクルミなぞのナッツ類を蜂蜜と炒めたハニーローストナッツなぞ素朴で美味しいものもあったのじゃ。こういうお菓子やイセンキョーで見たことのあるトフィーアップルっぽいものの様に特別感のあるもの、そう言ったものを見たいという希望が春を言祝ぐ祭りの屋台にはあるのじゃ。
貴族士族と言った階級ではまた別だとは思うのじゃがの。高級志向の商品展開も行うならばこれも確認しておくべきなのじゃ。
「サクサクしてて美味しいです」
「確かにクッキーだけど違いますよね。あれ、意味が通らないこと言っちゃいました」
「いえ、確かに珍しい味わいがします」
白い丸形のクッキーはつまりはブールドネージュ、スノーボールクッキーとも呼ばれるのじゃがそもそもブールドネージュが雪の玉という意味なのじゃ。
「アーモンドとは驕ったものさね」
「相変わらず婆さまの舌は確かなのじゃ。これはブールドネージュと言うて粉にしたアーモンドが入っておるのが特徴なのじゃ」
アーモンドは食材店ではのうて薬種問屋であがのうたのであったのじゃ。そう言えばローストナッツにも入ってはおらなんだの。
「内蓋を外した二段目はクッキー類ゆえ説明は別に要るまい。何度も作った経験から分量や焼き時間を改良しておるゆえ以前より美味しゅうなっておるとは思うのじゃ」
くるっと丸まったシガークッキーが二段目で特に目を惹くと思うのじゃ。と言うよりシガークッキーをちゃんと並べられるよう、と言うのが箱の縦の長さの要件であったのじゃ。
二段目の仕切は一つでシガークッキー区画ともう一つが小さめのクッキーを各種入れた区画になるのじゃ。大判の手のひらサイズのクッキーも良いのじゃが、今回はバラエティ重視なのじゃ。
「味や食感を変えたものを各種適当に入れておるゆえ自分の箱にあらぬものの味見を重点的にするが良いのじゃ」
わらわの説明に悲鳴や交換、交換! なぞの声を上げておる女子もおるのじゃ。まあ嬉しい悲鳴であるならば良いことなのじゃ。
今回は型抜きと絞り出しで作っており、以前やった匙二つでゆるく形を取るのは大量生産に向いておらぬゆえ止めておいたのじゃ。なのじゃが、干しぶどうを入れておったそのクッキーが好きであったとセイジェさんには言われてしもうたのじゃ。今後のラインナップに入れるよう考えておくのじゃ。
「販売の実際はズークさんが中心となっていろいろと考えると良いのじゃ。箱も、今回は仮に修道会の紋章を入れたのじゃが冬には冬の春には春の意匠を入れるようにすると良いと思うておるのじゃ。まあ箱自体も改善の余地があろうがの」
「この紋章はありがたいですし、お許し願えるならこのままでよいかと」
ズークさんがそう言うて来たのじゃが甘いのじゃ。
「定番の箱として紋章付きもあって良いのじゃが、季節の箱は大事なのじゃ」
「そう、なのですか?」
その返答を聞き軽く見回すのじゃがピンと来ておるものがおらぬ様なのじゃ。説明せねばならぬのじゃ。
「まず男で考えるのじゃ。其方等の中に女房持ちもおろうしそうであらぬでも贈り物を持って行く女がおったりしよう」
そこでふと気になったので訊いておくのじゃ。
「のう、組合長よ。其方は妻子がおるのかや?」
わらわがおばあちゃん先生を見ながら言うておるのを把握して商業組合の組合長は顔をしかめたのじゃ。
「私は独り身です。縁がなかったので。そう言えばノーヌート、ギルマスの奴も独身ですよ」
「面白そうゆえ今度いろいろ聞かせるのじゃ」
「いえ大して面白いことはありませんよ」
いや、充分面白そうなのじゃ。しかしここでの追求は止めておいて話を戻すのじゃ。
「で、まあ相手が女房でも恋人でも、あるいは飲み屋のお姉さんでも良いのじゃが冬の意匠の入った菓子の箱を土産や贈り物として買っていったとするのじゃ」
ここで一旦切って、男性陣を見回した後に続けるのじゃ。
「其方等、春の意匠の箱が売り出されたと話が流れたときに買わずに済むなぞと夢見ることがあるのかや?」
「あり得ないですね。納得しました。自分で買われるかたにも季節に一箱は確実に販売していこうということになりますね」
あり得ないと言った一瞬、マードからの視線で一瞬凍ったのじゃがズークさんは完全に納得した様子なのじゃ。
「その他、たとえばこのブールドネージュは冬限定にして冬の箱には入っておるが他の季節には売っておらぬ、と言うような付加価値の付け方もあるのじゃ」
ええっと声を上げておる人はブールドネージュが相当に気に入ったのじゃな。
なんにせよどうせ商売にするならしっかりと、なのじゃ。
「ではこの後は相手を見つけて遊戯でもするのじゃ。遊戯を広めたり、大会で審判が出来るよう理解を深めるのも仕事の内に入っておるものもおるゆえ皆も協力してたも」
遊戯の盤と駒、摘まむ菓子類と新しいお茶、と素早くメイドさん等が運び込むのじゃが遊戯の盤の方はすぐに冒険者等が受け取りに回ったのじゃ。
「そして、わらわは今日話したことの報告や相談を受けるのじゃ。順番にじゃぞ。ああ、最初は港湾協会のもの等で頼むのじゃ。わらわのほうも今日の食材の礼を言わねばならぬし、何よりさっさとリーディンに遊び相手をあてがわねばなのじゃ」
わらわがそう宣じると大笑いしてタンクトップおじさんと他の理事等が歩いてきたのじゃ。
さて、大面談会の始まりなのじゃ。
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