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えぐり込むように打つべし! なのじゃ

本日2話目です。

展開は遅いですがよろしければお付き合いください。


「……記憶は十二歳から十五歳にかけてゆっくり蘇ることになってるよ。庶民なら十二歳で見習いとして働き始めて十五歳で一応成人扱いになるって時期だね。富裕層や貴族なら学校に行ったりしててまた別だけど」

「……」

「うん、未発達な段階で一気に記憶や転生能力を解放すると脳神経への負荷が大きいからある程度成長するのを待って段階的に解放することにしてるんだ」

「ああ勿論キミが赤ちゃんから始めたい。授乳プレイやおむつ…… 痛い! 痛いから! いや謝る」

「……の謝罪を受けるモータルとかきっと初めてだよ! いや、グーはツッコミじゃなくて暴力だからね! あー、どこまで話したっけ」

「……」

「…………」

「……を構成する転生情報体は大脳皮質の外縁、新しい部分と初めからリンクされていて胎内で生まれ変わる新しいキミが発生した時点で基幹部分のデータは展開されて……」

「……だから記憶が封印されていてもキミという人格の部分は不変だから安心していいよ」

「……前世のつまり今の記憶が封印されていてもキミはキミ。当たり前だよね。十二歳まで過ごした別人の魂を駆逐してキミの魂が入るなんてことはないよ。機能制限されていただけで最初からキミはキミだから」

「……」

「あ、最後に。十二歳になる前でも生命の危機が近づいていると判断された場合には記憶や能力が緊急解放で展開されるようになってるからその時は自分でどうにか頑張ってね。緊急解放の副作用的なものがあっても緊急時特例なので免責ってことでよろぴくね」


 うむ、もしアレと再び会うことがあったら殴っておくのじゃ。無論グーで、なのじゃ。

 なんとか思い出せた記憶じゃが相当な穴あきだらけで判然とせぬ。しかも頭痛は記憶を取り戻す副作用らしく戻ってきた頭痛で思考がまとまらぬのじゃ。

 全体的にぼんやりしておるのにアレのうだうだと長い説明台詞ははっきり思い出せおるのも彼奴の作意が感じられて最悪なのじゃ。特に最後の免責事項。ちょっとイラッと来るのじゃ。


 それにわらわはアレの見解と意見を別にするのじゃ。記憶が人を作る、とまでは言わぬが人格を形作る上で重要な部分ではあろう。であるならばわらわは既に三千香であって三千香でなく、アーネであってアーネではないのじゃ。

 考えることに辟易として寝ころんだわらわは拳をグーにしてワンツーとパンチの練習を始める。

 えぐり込むように打つべしなのじゃ。


「あら、気がついたとは聞きおりましたがすっかり元気な様子であるですね」

 寝ころんだままシャドーをしていると気づかぬうちにベールをかぶった修道女っぽい女性が食事の乗ったお盆を手に部屋の入り口に来ておった。マーリィなのじゃ。

「う、うむ。もうすっかり大丈夫なの、なのよ。うん」

 ワンツーの動きで額から落ちていた雑巾もといタオルをぱっと取りマーリィに返事をする。マーリィ、気配がなさ過ぎなのじゃ!

「元気になったのはよろしいですね。しかし丸一日意識がなかったですので食事を摂った後は大人しく寝ておくですね」

「はい、マーリィ。では頂戴いたします」

 わらわは体を起こしマーリィから食事の載った木の盆を受け取り、そして食事に感謝の祈りを捧げる。このお祈りは神殿の管理する孤児院ゆえに行う行儀なのかあるいは一般的であるのか、今まで気にしていなかったことも気になるのじゃ。

 無論うっかり「いただきます」などとは言わないのじゃ。わらわは出来る子じゃからな。


 木地のままの粗末な盆には薄い穀物粥の椀とそれをすくう木の匙しかない。穀物粥の上に孤児院の裏庭で育てているネギのような野菜を刻んだものがほんのちょっぴり乗っているのが唯一の色味なのじゃ。これが病人食と言うわけではなく現在の普通の食事であるのが悲しい現実なのじゃ。

 溜め息を飲み込んでかわりに匙ですくった穀物粥を口に運んだのじゃがやはり美味しくはないのじゃ。積極的に不味いのではなく味が足りないのじゃ。塩さえもなくなってきておるのじゃろう。


 今までは美味しいものの記憶など碌になかったゆえ味のない食事もなんと言うことはなかったのじゃが、前世の記憶の所為でつらい、つらいのじゃ。日本はなんとも美味しすぎる国だったのじゃのう。

 そんな感情を押し殺してもぐもぐと食べるわらわをマーリィが興味深そうに見ておる。三千香としてアーネの記憶を俯瞰的に見渡すことができるようになった今にして思う、このマーリィ胡散臭いのじゃ。


 マーリィと言うのは名前ではなく神殿に属する聖職者の役職だか位階だかなのじゃと思う。アーネの記憶を手繰るとマーリィの他にマードと言う女の人たちが何人かいて孤児院の運営をするほか同じ敷地の神殿の礼拝所でお勤めなどをしていたのじゃ。彼女らよりマーリィの方が偉そうにしていたのはよいとしても神殿の方を管理していたリーディンやリーダと呼ばれておった男性聖職者達も概ねマーリィには丁寧な態度だったのじゃ。これがまず胡散臭いのその一なのじゃ。


 そして現在。マーリィ以外には偉そうにしていたリーディン達や神殿の下働き達、そして優しかったマード達も皆いなくなってマーリィ一人だけが孤児らを抱え込んで絶賛地上げ中の孤児院に残っておるのじゃ。

 何となく感動的なのじゃが、疑問を持つと全方向的に胡散臭いのじゃ。聖職者と言うものは神殿の組織に属しておるはずなのじゃからの。これが胡散臭いのその二なのじゃ。


 マーリィは孤児達に読み書きや計算の他地理や歴史、中央の方で使われる言語や聖典に使われてる中央古語に至るまで色々と教えてくれておったのじゃが、その程度と内容は読み書き計算が多少出来れば孤児でも身を立てる役に立つであろう、と言う水準を大きく越えていたように思えるのじゃ。当たり前のように教えられていたゆえ疑問を持つに到っておらなんだがマード達の中に読み書きが出来ないものもおったのじゃからその方が本当の普通であるのじゃろう。

 第一このあたり、北方諸国群の言語は兎も角険しいヤーガトウム山脈を越えた先の中央や西方で使われる言語や歴史なんてどうしろと言うのじゃ。

 そしてなによりそれらは他の子達に教えるのはついでで、わらわを教育するのが主眼であったように今にして思えるのじゃ。

 うむ、ラーリ達が遊んでおるのにわらわだけ居残り補習をさせられた恨みなぞではなく、これが胡散臭いのその三なのじゃ。


「ごちそうさまでした。今日も神々の恵みに感謝を」

 マーリィの胡散臭さを数えることで味のしない穀物粥を意識に乗せることなく食べ終わったわらわは賢いのう。結果としてあまり食べた気がしないのは仕方ないのじゃ。


 食後のお祈りを捧げ孤児院の躾通り食器を片づけようと思ったのじゃが今日は寝ておけとばかりに取り上げられた。高熱を出して丸一日寝ていた人間では病人扱いも仕方ないのじゃ。

「熱で汗もかいているですね。沐浴もさせられぬですので<洗浄>をかけるですよ」

 わらわは慌てて鼻をつまんだのじゃ。遅れると結構ブクブクなのじゃ。

「清廉なる水宮の主 いと深き水淵の女王

我は気高き水の神々の玉座にまします御身に祈りを捧げ

水神の眷属たる水の力精の助力を請うものなり

罪と穢れを流し去り 清浄をもたらす水の力をここに!

<洗浄>」

 マーリィの祈祷とともにわらわの上半身を大きな水の球が包みそのまま足先へと抜けていきそのまま水はどこかへ消えていく。そして水球の通った部分は身体や服、寝藁やその上に敷いた布も含めて寝汗の痕跡などなくきれいになっておるのじゃ。なんとも便利な不思議現象なのじゃ。水球に包まれたときは水に濡れる感覚があるのに通り過ぎた後は水気がない所も有能なのじゃ。


「けほけほ」

 しかし鼻をつまんだものの口がアホみたいに、違うのじゃ可愛らしく開いていたゆえ口の中に水が入って歯磨きまでしてもらったのじゃ。うむ、わらわは賢いのじゃ。

 喉の奥まで水が入った感覚だけ残り水自体は跡形もない違和感でけほけほ言うわらわを少しあきれたようにマーリィが見おろす。が、ちょっと微笑んで食器の載った盆を持ち上げる。わらわと言うかアーネは何故か息を止めるタイミングが少しだけ下手だったのじゃ。そのいつもと変わらぬ様子にちょっと安心したのじゃろう。流石わらわ、ナイス偽装なのじゃ。


「では後は大人しく寝ておるといいですよ。夜の神の安寧が降るとよいですの祈りを」

 マーリィは少し変わったしゃべり方をすると思っておったが多分あれは中央の言葉の訛りなのじゃな。さっきの<洗浄>の祈祷文の詠唱は滑らかであったが、祭文とは中央古語なのじゃ。

 考えてみればマーリィ語の文法の構造は中央言語寄りな感じ……

 って、あれ? 眠いのじゃ、もの凄く。一日寝ておったとか言うのに。


 アーネの持っていた疑問を三千香として解消したわらわは現状の把握とこれからの行動を策定せねば、と思った瞬間強い眠気に襲われたのじゃ。

 身体が求めておるものであるのか、マーリィが大人しく寝ておけと言うのを言葉でなく実行で示すべくなにか盛ったのか、と遠ざかる意識の中で考える間に睡魔に負けたわらわの転生第一日目はこれにて終了と相成ったのじゃ。 



読んでいただきありがとうございます。

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