食事会の始まりなのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
「一応わらわの席も設えてはおるのじゃが、本日は港湾協会から届いた海の食材を多く使っておって厨房を任せきりには出来ぬのじゃ。呼んでおいてなんなのじゃが、己等で歓談しておいてくりゃれ」
まずはこれを伝えておかねばならぬのじゃ。普段の食材中心であらば厨房をモリエに任せっきりも可能なのじゃがの。
とは言え最初の料理は問題なく出せる準備をしておったゆえ話しておる間に運ばれてくるのじゃ。
「なにかあらばミルケさんに頼むのじゃ。ではリーディンに食前の祈祷をお願いいたすのじゃ」
老リーディンからは聞いておらぬぞ、と言う目つきで睨まれたのじゃが神殿での食事会であらばリーディンの祈祷で始まるのが当然なのじゃ。
ありがたいお話とお祈りがあってまずは献杯なのじゃ。神殿の作法では乾杯でのうて献杯となることを参加客には事前に伝えておるのじゃ、ベルゾがの。
「飲み物は三種配っておるのじゃ。料理を味わうには水が一番とも思うたのじゃが、まあちょっとこれもお楽しみなのじゃ」
蒸留酒をベースにしたモヒートっぽいハーブカクテルとそれにベリーシロップを増量した甘口モヒート、ノンアルでレモンっぽい果実を増量したレモンハーブ水、の三種なのじゃ。
「アイラメに処方を記録させたのはこれだね。変わったことをするもんさね」
調合師の婆さまは自分らの知る薬草酒の類とは大きく異なるとぶつぶつ言いながら献杯後はすぐに飲んでしまっておったのじゃ。通常のハーブカクテルがお好みのようなのじゃ。
「わらわは酒の味なぞ判じることは出来ぬゆえ、味見は飲めるものに頼んだのじゃ」
アイラメさんは処方の記録以外にも味見で活躍したということを伝えておくのじゃ。あるいはアイラメさんと狐の人をわらわが便利に使いすぎておるという苦情なのやも知れぬのじゃが、まあそれはスルーなのじゃ。
最初は味を比べるために三種配っておるのじゃが、その後は好きなものを飲めるよう飲み物係を一人交代制で配してあるのじゃ。まず最初の係当番は狐の人なのじゃ。まあ薬ではあらぬのじゃが調合に慣れておるからと言う立候補を容れたのじゃ。
客の好みで配分を変えたり甘みを足したり出来るよう違う酒や蜂蜜なぞも用意してあるゆえあとは係の人にお任せなのじゃ。
「この透明なスープ、姿は見えませんが魚となんでしょう、とにかく海の味がします」
「この白くて丸い奴は正体が分からん。嫌いじゃないが」
「この滑らかな食べものは卵でしょうか。今までに経験のない食感と美味しさです」
献杯からの流れで飲み物の味を見たあと、最初の盆に載っておる吸い物と茶碗蒸しに皆ざわついておるのじゃ。
ちなみに白くて丸いものは以前にも作ったことがある麩なのじゃ。麩作りの副産物となる浮き粉を新しい菓子作りに使う目的があっての再登場なのじゃ。
メニュー的にはタンクトップおじさんへの感謝に溢れるのじゃ。肥料にされておった海藻類を回してもろうた結果、昆布があったのじゃ。<経時>を駆使して乾燥させ、出汁を取っておるのじゃ。
昆布の出汁、干し椎茸の出汁、鰯の焼き干しの出汁、鰯の焼き干しもタンクトップおじさんから入手した新しいものなのじゃ、とにかくこの三種が引けるようになっておるのじゃ。
鰹節はあらぬし醤油もあらぬ、焼き干しであって煮干しではあらぬ、なぞとあらぬ尽くしを数えることも出来ようが手に入ったもののほうを先ずは喜んで使うのじゃ。
吸い物は昆布の出汁と鰯の焼き干しの出汁を使い、麩と三つ葉のようなハーブ、柚子っぽい柑橘類の皮だけのシンプルなお澄ましなのじゃ。修道会本部で出す冒険者用には叩いた魚の身の丸を追加しておるのじゃ。
茶碗蒸しは干し椎茸の戻し汁の出汁で基本の味付けにしておるのじゃ。戻した椎茸と薬草店や薬種問屋で入手した百合根と銀杏、蒲鉾代わりの魚の擂り身、そして小さめのエビと具はしっかり入れたのじゃ。無論三つ葉も使っておるのじゃ。
これは蒸すという調理法に疎いこのあたりの人には未体験ゾーン間違いなしなのじゃ。
「あー、ジーダルやらよう食うものには腹に余裕があれば後で修道会のほうで出しておるうどん入りの茶碗蒸しを出してやるのじゃ」
冒険者は大食らい揃いゆえ修道会本部のほうは茶碗蒸しを苧環蒸しにしておるのじゃ。そしてこちらのほうは年寄りが多いゆえ最後まで食事を楽しんでもらうために一品ずつは少な目にしておるのじゃ。
「ああ、アイツ等は麺で腹を膨らませてやったほうが味が分かるようになるだろうさ」
ジーダルが自分のことを棚上げして笑うたのじゃ。
「しかし、これは一体何なのか本当に分からねえんだが。卵だとは分かるんだがよ」
分からぬと言いつつかなり気に入っておるようなのじゃ。卵が高いゆえ高級な一品になるのじゃが、厨房での試食も高評価だったのじゃ。
茶碗蒸しの食感に対する不思議と味に対する絶賛の中、老リーディンがにやりと笑うてわらわを見たのじゃ。
「マーティエの悪戯も、ハジを使うものがおらんでは気づかれにくいようじゃの。儂が骨を折ってやるべきかのう」
「使わぬカトラリーより料理に目が行くのは仕方あらぬのじゃ」
老リーディンにそう応えて肩を竦めると、驚きの声が挙がったのじゃ。
「これは魔漿石ですか!」
「魔漿石に細工がしてあるものなんて初めて見ましたよ」
「こっちのは魔漿石ではなくて大理石ですね」
箸置き、いやハジ置きと呼ぶべきかや。盆の縁に掛けて置くのでも良かったのじゃが、こちらではハジと呼ぶ箸を置く箸置きをちょっとばかり凝ってみたのじゃ。
ただ、箸を使うものが老リーディンしかおらぬゆえ気付かれておらんかったのじゃ。
皆が慌てて手に取り矯めつ眇めつしておる箸置きは老リーディンの第一テーブルでは魔漿石、第二テーブルでは大理石を加工した小さな彫刻なのじゃ。あるいはフィギュアと言うても良いかも知れぬの。
「遊戯大会の入賞者に出す景品に春の神々を彫った魔漿石を使うと言うておった、その試作なのじゃ。魔漿石なのはこちらの卓だけで、そちらの卓と修道会のほうは大理石を彫ったものなのじゃ」
上位入賞者は魔漿石、それ以外は大理石にするのが妥当であろうと思うたのじゃ。春を言祝ぐ祭儀で祀られる神々は基本乙女の形をした女神像で何柱もおるゆえ極めてコレクタブルな景品が仕上がっておるのじゃ。
「ハジを置くために寝かせてあるだけで立つんですね。と言うより」
商業組合の組合長が商品を見る目で見ておるのじゃ。立たせると丁度良い大きさになるのじゃ。何に丁度良いかというとなのじゃ。
「普通の盤上戦で駒代わりに使えそうな大きさじゃな」
老リーディンが答えを続け、この駒を使うて一局打つかとタンクトップおじさんに言うておるのじゃ。
「余裕があらば参加賞に木製のものも準備するのじゃ。石のものは紙箱あたりに入れて外からは何が入っておるか分からぬようにして種類を集めたがるものから参加料を絞ろうと思うのじゃが、どう思うかや」
コンプリートを煽るプライズ商売という奴なのじゃ。神殿の屋台の食べものとの交換にも使えるようにして余剰を吸い込むようにすればトレード市場も厳しいものになるのじゃ。いや、この地の人々がそう言う商売に乗ってくるのかどうか分からぬのじゃがの。
「景品というか、普通に売れると判断できる品物なんですが」
「景品こそ本気の品であるべきなのじゃ。そこで客を見くびってはならぬのじゃ」
そんなことを言うておると次の膳が来たゆえわらわは厨房に下がるのじゃ。
最初がわらわの好みで和食っぽいものにしたゆえ、馴染みはのうても理解はしやすい改良版クラムチャウダーと新作のチーズクラッカー、そして海藻サラダなのじゃ。まあ汁物が続いてしまったのは失敗なのじゃが、あっさりとした麩の吸い物に対して濃厚なクラムチャウダーであるゆえ問題はおそらくあらぬのじゃ。
クラムチャウダーに関しては港湾協会にルセットを譲ると言うておるゆえタンクトップおじさんや他の理事等も真剣な表情なのじゃ。
他のものもクラムチャウダーに集中しておる間に後はミルケさんに任せてわらわは移動なのじゃ。
ミルケさんにおらぬ間のわらわの代理を任せておるのじゃが、最初はベルゾに任そうかとしたのじゃ。しかしそれに対して「いくらなんでも繰り上げで修道会の代表の枠にガントを置くのは可哀想すぎる」との物言いが入ったのじゃ。
まあ、納得せざるを得んかったのじゃ。
結果、ベルゾは修道会の代表の枠で第一テーブルに着いて、ガントは信徒衆と第二テーブルを囲むという妥当な体制となったわけなのじゃ。そしてわらわが厨房におる間の代理はミルケさんに頼むことになったのじゃ。
ミルケさんにはなんぞ礼をすべきなのじゃ。
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