神殿でもポーションの話を聞くのじゃ
こんにちは。
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おじいちゃんモードに入った大魔術師に名残惜しまれつつ辞去して向かうは神殿なのじゃ。正確には修道会本部ではあるのじゃが、老リーディンに挨拶せぬと言う選択肢はあらぬ以上まずは神殿なのじゃ。
大した用はあらぬゆえ挨拶のみ、と思うておったのじゃが、ふと思い出したゆえ昨日学んだ錬金術の治癒ポーションに関して質問しておくことにしたのじゃ。
祈祷に関することゆえ人払いをして老リーディンと二人で話すのじゃ。まだベルゾも『癒しと慰めの祈念詞』の伝授を受けておらぬのじゃ。
「あちらの秘伝であるゆえ詳細は伏せるのじゃが」
そう前置きしつつポーション作りを学んだことを話し、細部が少し違う<治癒>の魔法陣があって使うと殺すと思われておることなぞを伝えたのじゃ。
「ふむ、確かに錬金術師やそれ以外でも治癒のポーションを作るものは<治癒>かそれに類する魔法陣を知っておるであろうの。魔術で使おうとすると祈祷で行うより魔力的な難易度が上がるはずじゃからやってしまう事故は逆にないはずじゃぞ。殺すという脅し文句はおそらく伝承じゃ」
「なるほどなのじゃ」
「マーティエは短縮発動も行うが、<軽癒>であっても普通は祈祷して執り行うほどのもんじゃぞ。まあそれは兎も角の」
老リーディンはそこで少し言葉を切ったのじゃ。しかし、今日は老人とようしゃべる日なのじゃ。わらわがそんなことを思いつつ見ておると老リーディンは続けたのじゃ。
「儂も一応治癒ポーションを作れるぞい。他に<浄毒>や<平癒>もの。ただ、今聞きかじったのとは多少違う作り方のようじゃな」
「ほう、そうなのかや」
「少し待っておれ。見せてやるぞい」
そう言うて老リーディンは立ち上がると雑多な物を置いておる棚を見回して長持をごそごそし出したのじゃ。
「長いこと作っておらんかったからの」
まあ祈祷で使えるのじゃから大して必要性はあらぬのじゃな。
「信徒がおらんで貧乏じゃったが、別段出て行く金もなかったからの。普通の貧乏神殿だとポーション売りをするべきだったじゃろう。神殿で売る分には余程派手に売らん限り錬金術師の匠合からも見逃されるんじゃ、いやこの国でどうなっておるか知らんの」
「なるほど、いざというときの金策なのじゃな」
神殿の衰退したこの国での扱いは謎ではあるのじゃが。
「何でまあ学寮や学派で教えてくれるんじゃ」
老リーディンはそう言いながら布を一巻出してきたのじゃ。
「それはわらわに見せて構わぬのかや?」
「構わん、構わん。その魔術の教師が言うたように本当に気になるならば錬金術師に学べばよいだけの話じゃわい」
学派かなにやの秘伝やも知れぬのにそう軽く言うて老リーディンは布を広げたのじゃ。
ほう、これは面白いのじゃ。わらわは驚きとともに覗き込んだのじゃ。
「どうもその魔術師のものとはやり方が少々違うようじゃの。本物の錬金術師がどうやっておるのか少し儂も興味が出てきたわい」
「うむ、面白いの。ここまで違うものが出てくるとは予想外なのじゃ」
広げられた布には錬成の陣が刺繍されておるのじゃが、その陣の陣立てがおばあちゃん先生の所のものと大きく違っておるのじゃ。
まず大きな違いは中心の円陣に魔法陣があらぬことなのじゃ。
他の要素と魔力的に繋ぐラインらしき文様が装飾的に刺繍されておるのじゃが、中央は空白地なのじゃ。そして周囲の円陣は三つではのうて四つなのじゃ。これは見た目は完全に別物なのじゃ。構成要素は大体同じなのじゃがレイアウトが違うのじゃな。
「これは向こうでは完成品が中央に出来ておったのじゃが、こちらは魔力を注ぐ陣の反対側の陣でできあがるのじゃな」
「ほう。むしろ何で真ん中で出来るんじゃ。訳が分からんな」
老リーディンは乾燥させた薬草の束や根っこ、干し棗なぞ素材を陣に置きながらそう言うのじゃ。実演して見せてくれるつもりのようなのじゃ。
魔漿石も置き、最後に向かい側に陶器の碗を置いて<創水>の祈祷で水を満たすのじゃが、ぴったりの量なのじゃ。
そう感嘆したわらわに老リーディンはジト目を向けたのじゃ。
「杯一杯の水が飲みたいときに甕一杯の水を出すものは魔力はあっても扱いは下手じゃわい」
「うっ、精進するのじゃ」
わらわの返答にカカと笑いながら老リーディンは魔力で作った<治癒>の魔法陣を錬成の陣の中央の円陣に展開するのじゃ。基本の魔法陣がセルフサービスであるゆえ一つの錬成陣で事足りるわけなのじゃ。
そこからの魔力の流しかたも異なるのじゃ。素材の陣の上に手をやり魔力を注ぐと魔力のラインが中央と繋がるのじゃ。おばあちゃん先生の所では一括で魔力を注いでおったし、素材との対応で細かなラインが引いてあったのじゃがこちらは素材対応の限定が入っておらぬゆえシンプルなのじゃ。
魔漿石のほうは大した違いはあらぬのじゃが、やはり個別に魔力を注ぐのじゃ。それだけでのうて完成品の陣にも注いでラインを繋ぎ、そして最後に手元の陣から魔力を流して完成なのじゃ。
こちらのほうが面倒なのじゃ。
「しかし、こちらのほうが味がよいのじゃ。飲める味をしておるの」
「地域によって使う素材が変わってくるからのう。味も当然違うんじゃわい」
「むう、あちらの陣は定められた素材と量でしか錬成できぬと聞いたのじゃ」
こちらは中心に展開する魔法陣と置く素材とは自由であり、失敗することもあるのじゃが試行錯誤も出来るようなのじゃ。
失敗はあらぬが工夫する余地もあらぬ限定的な生産用の陣と応用を利かせる余地を持つが失敗もあれば使い方も面倒な本来の形の陣、と言ったことのようなのじゃ。
「こちらはいろいろ工夫できるが、等級外魔漿石を相当用意せねば満足行くほど研究するのは難しかろうの。結果、錬金術の研究はダンジョンのある土地で盛んじゃな」
「納得なのじゃ」
「しかし、魔法陣と素材を限定して陣立てを行うというのはよく使うものを生産する分には便利そうじゃのう」
「とは言うても己で祈祷できる以上さしてポーションを必要とはせぬのじゃ」
「ははは。そりゃマーティエじゃからだわい。まあ正直に言えば儂やガントもそう有り難みを感じぬであろうがの、ベルゾや他のものであれば魔力を先払いしておけるのは充分有用な保険になるぞい」
己を基準に考えてしまうのは悪癖なのじゃ。言われれば確かにそうやも知れぬのじゃ。が、ガントの魔力はそれだけ大きいのじゃな。それも余り意識しておらなんだのじゃ。低いとは思っておらんかったのじゃが。
「うーむ、そうじゃな。あれだけの魔力があれば実践的な術使いの道のほうを選ぶのも納得であるゆえリーダにならんかと言うのも少しだけ悩んだぞい。マーティエは魔力を細かく扱ったり感じたりすることに関して出来ておるところと出来ておらぬところの差が激しいんじゃ」
「むう。それも精進するのじゃ」
「こっちの陣や素材の組み合わせを対価にあちらの陣を使わせてもらえるよう交渉してみてもよいな。その場合は神殿と修道会にそれぞれ錬成陣を設えるのはマーティエに任せるぞい」
先ずはガントやベルゾに<治癒>をはじめとした『癒しと慰めの祈念詞』の伝授を行ってからの話じゃが、と言っておるのじゃがなにやらしれっと仕事を押しつけられておるのじゃ。
「陣を作るためにも儂の知っておるポーションの処方を教えておくかの」
「そう言う面白そうな報酬があると断れぬのじゃ」
老リーディンが笑いながらそこそこ厚みのある冊子と羊皮紙や木札の束を錬成陣の布が入っておった長持から取り出してきたのじゃ。
「書き写したら返すようにの。冊子にまとめておらん分をまとめたらその形で儂にも一部渡すように頼むぞい」
「結構あるのじゃな。あちらには三種しか伝わっておらぬと言うのに」
「リーディンは各地に派遣されるからの。その土地で手に入る素材で研究した成果が集められておるのじゃ」
つまりここでは手に入らぬ南方の薬草を使った処方なぞもこの中に記されておるのじゃ。役に立つがどうかは兎も角目を通す楽しみはありそうなのじゃ。
「まあそれはほんの一部でな。残りはあれじゃ、学生が試してみた錬成なんぞ、大概は役に立たんが一応錬成できたものは書き残されておるだけじゃわい」
「ふむ?」
老リーディンは疑問を感じたわらわに木札を一つ選んで渡してきたのじゃ。
「この<光明>ポーションは飲むと腹の中で光るぞい。口を開くと光が口から漏れてくるようになる、まあ莫迦のようなポーションじゃな」
<光明>のように魔法具があるものをポーション化する価値が元からあらぬのじゃが、せめて飲まずに光れば投げつけて追跡する目印にするなぞの使いようもあるのじゃがの。
「と言うか生活魔法なぞは単純に使ったほうがマシだぞい」
等級外魔漿石一個でポーション十服分程度にはなるそうなのじゃが再利用が多少は出来ることを考えると魔力的に赤字なのじゃ。
「うむ、面白そうなのじゃがやることとしての優先順位は低いのじゃ」
使い物にならぬ様なものの中に思わぬ発見があるやも知れぬのじゃが、わらわは案外忙しいのじゃ。
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