空を駆けるのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします♪
評価や感想、励みになっております。深く感謝を。
わらわは瞬時に<早足>と<跳躍>を発動し飛び上がったのじゃ。
ちょっとばかり驚いた顔のベルゾに頭上から木剣を振り下ろすのじゃ。無論ベルゾは難なく受け、わらわは体ごと弾き返されたのじゃ。うむ、この感覚なのじゃ。そう、この試みは弾き返されることで空中で力が掛かる感覚を得たいと言う意図なのじゃ。
にゃあ! なのじゃ。いや、猫のごとき軽やかな動きなのじゃ。体重が軽く体が小さいことを活かし弾き返したベルゾの力を利用して空中で体をひねるや足裏に発動した<念動>の力点を蹴るのじゃ! そして再び空中から打ち掛かるのじゃ。
これぞミチカ流空中交殺法なのじゃ。言うほど大した技ではあらぬのじゃが、頭で考えてしまうとおそらく出来ぬのじゃ。力の働きとしてみると納得は出来ぬのじゃが、勢いで出来てしもうた以上出来得ることとなるなのじゃ。
この空中機動からの攻撃に対して落ち着いて打ち返せるベルゾは正直凄いのじゃ。テーブルの上から軽業を交えて打ち掛かるクンフーアクション映画からテーブルを取り除いたくらいの面白さになっておるのじゃ。
今度は疑似的な足場を<念動>で作り出すのではのうて、<念動>の力点を身体にぶつけて姿勢を変えるのじゃ。うむ、簡単にはいかぬのじゃ。
背中のほうに重心が行きすぎた姿勢に背後から<念動>をぶつけ姿勢を起こそうとしたのじゃが、自分の身体を押すのはやはり難しいのじゃ。
「うむ、もう少々付き合ってもらうのじゃ」
転がり落ちた後、わらわは土を払いながら立ち上がってそう言うたのじゃ。
「了解しました。と言うかなんですか、これは」
一応流石のベルゾも驚いてはおるのじゃな。一安心なのじゃ。
わらわのやりたいことは二つあるのじゃ。先ずは<念動>の力点を足場に蹴って移動する虚空跳躍、これは概ね出来ておるのじゃ。次が<念動>を身体に当てることで空中での姿勢を制御する機動制御なのじゃが、こちらは上手くいかぬのじゃ。やはり<念動>でもって「身体を動かす」のを「襟首を持って自分を持ち上げる」ことの同種に無意識が判断しておるのじゃの。
しかし、熱を込めてやっておるうちに己を騙すことが出来るやも知れぬのじゃ。イメージが理性に勝る瞬間を逃さぬことが肝要なのじゃ。
虚空を蹴って打ち掛かり、弾き返されては更に空を蹴り今度は空中で軌道を変えて飛び込んでいく、そうわらわは足が地に着いておらぬ女なのじゃ。
出来る、と言うイメージに確信が加わることで失敗も減っていくのじゃ。これならばベルゾに打ち返してもらわぬでも跳ね回れる気がしてきたのじゃ。
「良し、慣れぬ剣を振り回す必要はもうあらぬのじゃ!」
そう言うて<念動>の足場をスキップで跳ねて移動するのじゃ。うむ、わらわであらば更にこの先へと進めるのじゃ。そう思いわらわは立ち止まったのじゃ。
うむ、立てる! 立てるのじゃ!
<念動>の力点を足場に蹴り飛ばすのではのうて、その上に乗り立ったのじゃ。一メートル程度の高さではあるのじゃが宙に滞まっておるのじゃ。変わらぬと言われれば変わらぬのじゃが、先ほどまで跳ね回っておったのとこの滞空とではわらわの心の有り様としては全くの別なのじゃ。
「ここまでは出来たのじゃ!」
「すばらしいです!」
「とは言うてもここから動かすのはわらわの心の持ちようとしてはまた別のようなのじゃ」
動かそうとしたのじゃが、逆に力点が崩れて着地したのじゃ。今日のところはこの当たりで満足としておくのじゃ。
「感覚としては媒介物を挟めばいける気がするのじゃ。己自身を動かすのはやはり得心できておらぬのじゃが、足場なぞに使う分には己を騙せる様なのじゃ」
機動制御は身体のほうを力点にぶつけて姿勢を変える、と言うイメージでまとまってしもうたのじゃ。<念動>のほうをぶつけて軌道を変えたかったのじゃが及ばざることであったのじゃ。目に見える結果としては同じでも、主体が<念動>ではのうて身体のほうなのじゃ。
と、評価しつつ大魔術師に目をやるとわなわなと身を震わせ、泣いておるのじゃ。滂沱の涙なのじゃが、如何したのじゃろうかの。
「ああ、すまん。ワシ以外のものが空を飛ぶ光景を見ることが能うとは望外の喜びだ。ありがとう、ありがとう」
「いやまだ跳ね回っておる程度で飛べてはおらんのじゃ」
「充分だ。ワシはもう満足だ」
他に飛べるものがおらぬと言うのみでどれだけの鬱屈を抱えさせられておったのじゃろうかの。
「そのうちちゃんと飛んで見せてやるのじゃ。なのじゃが一つ訊いても良いかや」
「うむ、なんでも訊くが良いぞ」
ではお言葉に甘えるのじゃ。
「わらわの<念動>はのろいのじゃ。思うたほどの速度で動かせぬのじゃが、其方は浮くのではのうて飛ぶ速さで動けるように見えたのじゃが」
「それは単純に速度調節を行う魔法陣の構成要素が足りておらんのだろう。見やすいようにしてやろう。<飛行>!」
大魔術師は魔法陣に魔力を込めて見やすいように出してくれたのじゃ。
「ああっ!」
「どうしました?」
「いやさ、その構成要素は<早足>にも入っておるのじゃ。考えれば分かることであったのじゃ。ううむ、ご教授感謝するのじゃ」
大魔術師は屈託なく笑うたのじゃ。
「そしてその<飛行>は<念動>に風にまつわる要素を組み込んであるように見えたのじゃが」
「ああ、<風の盾>と言って矢避けに使う魔術だ。冬に飛んでおると寒いんだがこの魔術があれば風避けになる」
言いながら使うてみせてくれたゆえ組み合わせたものではのうて単独の<風の盾>を修得できたのじゃ。
「今ので修得できてしもうたのじゃ。ご伝授感謝するのじゃが、構わぬのかや」
「構わんよ。冒険者の魔術師なら大体知っとると思うぞ。使いにくいんだがな」
使いにくい、と言う言葉に首を傾げるとベルゾが補足してくれたのじゃ。
「動くと解けるんです。なんで立ち止まってホントに矢を避けるだけの魔術ですね」
「歩くと解ける、が正解でな。飛ぶときは解けんのだ」
大魔術師の飛行魔術は<念動>で身体を動かしておるゆえ身体のほうは動いておらぬ扱いなのかの。まあそれもイメージの問題なのじゃ。
<風の盾>のほうは矢弾を撃ってくる魔物や罠対策で充分役に立つ、ただし仲間次第で、と言うことなのじゃ。雪の椿であらばモリエが<風の盾>を使うガントの後におることで射撃戦を優位に進められるのじゃが、ベルゾは使うた所でジーダルとセイジェさんが前に出て突っ込んでいくので無意味、とのことなのじゃ。
話しながら食堂に戻って、椅子に座り直して落ち着いて会話なのじゃ。
「で、ミチカに訊きたいんですが、あんなに<念動>を細かく何度も使うのはどうやってるんです?」
ベルゾが訊いてきたのじゃ。あれだけ連発で使うにあたって必要な魔力量のことはもう気にしませんが、と言う余計な一言もついておるのじゃ。
別段秘密にするほどのことでもあらぬゆえ答えるのじゃが。
「魔法を行使するとその魔法の魔法陣は消えるのじゃが、それは魔力を使うてしもうておるからなのじゃ。余剰の魔力を注いで魔法陣の維持を行えば構築の手間を省いて魔法陣の再利用が出来るのじゃ」
但し、完全な魔法陣のみでの発動が出来ることと魔力の制御が魔法陣に消費されるのを止めるほどの強度と精度をもっておることが条件となるのじゃ。
「高等な魔術の技法だな。普通は魔法陣のみの無詠唱が出来ればそれ以上の速さはいらん」
「なるほど。納得しました」
そのまま暫く魔術のことなぞを中心に談笑したのじゃが、最初の偏屈で不機嫌そうな顔はどこへやら、なのじゃ。
もはや孫を目の前にした甘々なお爺ちゃん状態なのじゃ。まあわらわは可愛いゆえそれも当然なのじゃが、幾つかの有用な魔術の魔法陣や構成要素の使い方を伝授してもろうたのは孫へのお小遣いとしても貰いすぎではあらぬかの。
ベルゾも笑んでおるのでよいのかの、まあもろうたものは返せぬゆえよいとするしかないのじゃ。
「まあまだ飛べておるとは言えぬし、戦闘術として見たときに使い物にはならぬのじゃ。しかし、ベイルンゴスタ師の境遇を思うと出来ればわらわが真似事でも飛び跳ねれることは秘しておいて欲しいのじゃ」
「うむ、そのほうがよかろう。ワシが出来ることならなんでも手伝うから言ってこい」
ありがたいのじゃ、お爺ちゃんよ。
「ミチカが空を飛ぼうが星を降らそうがミチカを知るものは今更誰も驚かないと思いますが、秘匿したほうがいいのは間違いありませんね」
ベルゾのほうの物言いには何か釈然とせぬ所があるのじゃ。
「そして、戦闘術としては使い物になりませんか?」
付き合わされたベルゾが不思議そうな顔をしておるのじゃ。
「宙を飛び跳ねるのに頭を使わず熱中するための形式だったのじゃ。まずわらわが得意とする拳での殴り合いは間合いが遠くなりすぎて使えぬようになるのじゃ」
そのため木剣を使ったわけなのじゃ。それはすぐ得心が行ったのかベルゾも頷くのじゃ。
「完成された個人規模の飛行戦闘術は長槍で上から突くだけであるとか投擲武器を投げおろすとかになろうの。さっきわらわがやっておったのは無駄な動きなのじゃ」
アクション映画っぽさがあって、楽しいのじゃがの。
「其方等が狩ったことのあると言う亜飛竜を考えてみるのじゃ。牙や爪を使おうと降りてくるゆえそこを狩られるのであろ」
ずっと飛んでおれば狩れぬのじゃ。まあ同時に無害なのじゃが。
「なるほど、言われれば飛べるんですから相手の間合いに入らないのが正解ですね。師匠の<飛行>ならいいですが、ミチカの場合は<念動>を連続発動し続けているので間合いの外から魔法攻撃を撃つには難がある、と言うわけですか」
「うむ、つまりは改良の余地があるのじゃ。いや余地ばかりと言うべきかや」
「しかしなにやら目算は立っておるようだな」
わらわはその問いに自信を持って頷くのじゃ。
「然り、なのじゃ。次には準備して参って飛んで見せようほどに楽しみにしておくのじゃ」
「ほう、それは楽しみにしておくぞ」
お読み頂きありがとうございました。