大魔術師との出会い、なのじゃ
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おばあちゃん先生の所は歴史と風格はありつつも近所の子どもやちょっとした習い事として通ってくる生徒を教えておって開かれた感じがあったのじゃが、このベルゾの師匠の館はどことなく閉じた、人を拒絶するような印象なのじゃ。高級そうな街区のなか一際高い塀が巡らされておるゆえそう感じたのじゃが実際は魔術の訓練中の流れ弾が外に漏れぬように、と言うだけやも知れぬのじゃ。悪い印象をふるい落として紹介してもらうとしようかの。
「なんだ、その小娘は! ベルゾ」
そう思うたのに不機嫌そうな胴間声なのじゃ。玄関ホールは左右に階段があって吹き抜けの二階に繋がっておるのじゃが、二階の階段のちょうど真ん中、玄関を見下ろす位置に元は高級そうなのじゃが古びて擦り切れた長衣を纏った老人が立っておるのじゃ。最近マッチョばかりと出会うことが多いゆえ痩せて見えるが実際は普通の体格なのじゃ。狷介そうな顔つきに猜疑の色が強い鋭い目がギラついておる、なかなかの強い面構えなのじゃ。
「おはようございます、ご師匠さま。紹介したいと申し上げていたミチカさんを連れて参りました」
「ふんっ、そんな小娘をか」
そう言うと老人はぱっと手すりを越えたのじゃ。
「なっ」
驚きの声を上げるわらわの視線の先で老人の体は宙に滞まり、すいと動いてわらわとベルゾの目前に降りてきたのじゃ。
最初の声とはまた別の驚きでわらわは口を開いたのじゃ。
「と、飛んだのじゃ!」
すごい! すごいのじゃ! 確かに性格に難があろうとも紹介してもらわねばならん魔術師なのじゃ。
目を見開いて興奮してしもうたわらわを見て老魔術師はちょっと毒気が抜かれたような顔をしたのじゃ。
「ベルゾ、この小娘はワシを知らんのか」
「見ての通りこの土地のものではありませんよ。冬のはじめにこの城市にやってきたのです」
鼻を鳴らして、「ふんっ、そうか」と言うたのじゃがなにゆえか表情は幾分か柔らこうなったのじゃ。
「ベルゾ、茶を準備せい」
そう言うやくるっと回り滑るように奥へ向こうたのじゃ。足音もせぬ、と言うより効果時間が残っておるため飛んだままなのじゃ、おそらく。
「わらわを驚かせるためにいろいろと黙って連れてきたのじゃな」
「ええ、驚いたでしょう」
ベルゾはニヤリと笑うたのじゃ。むう、してやられたのじゃ。
「確かに驚いたのじゃ」
これは素直に負けを認めておくのじゃ。
そうベルゾとやりとりをしつつ歩いておったら一人で先に進んだ老魔術師から声が飛んでくるのじゃ。
「なにをやっとる。遅いぞ!」
「こちらは其方と違うて飛んでおらんのじゃ!」
反射的に言い返してしもうたのじゃ。まだ挨拶すらまともに交わしておらぬのにの。
「わはは。違いない」
うむ、笑うておるゆえ問題あらぬのじゃ。
「師が笑うところを久し振りに見ました」
偏屈な爺さんの弟子も大変なのじゃ。
食堂に入り老魔術師とわらわが席に着くとベルゾが手早く茶を淹れてくれたのじゃ。暖炉に小さめの火が入っており、それでポットに湯があったのじゃな。今生では手早く茶を淹れる、というのは案外ハードルが高いのじゃ。
「ワシはベイルンゴスタだ」
「わらわはミチカ、ミチカ=アーネヴァルトなのじゃ」
挨拶を交わすのじゃ。挨拶は大事、と何故かカタカナっぽく父さまが言うておったことがあるのじゃ。
名前の長さからして良い家の出か、あるいは偉うなって虚仮威しに名を長くしたかなのじゃ。無論平民でも長い名を付けることはあるのじゃが、ベイルンゴスタならばベイルやゴスタと呼ばれるし名乗るのじゃ。
「師は元宮廷魔術師で、大魔術師と呼ばれておられたのです」
「ふん、空が飛べるワシを国内を治めるために散々使った挙げ句だ! 無能どもが誰も修得できんかったことをワシが出し惜しみしておるように言って追い出したんだぞ、あの連中は。あの連中に大魔術師と呼ばれても耳が腐るだけだ!」
鬱屈したものがあるようなのじゃ。しかし散々活用したというように有能すぎる能力なのじゃ、飛べるというのはの。国内がまとまっておらんかった頃に活躍したのであらばその功臣を逃した宮廷は愚かなのじゃ。
「ミチカなら為し得るのでは、と思い連れて参りました。成し得なくとも、お話しするだけで少しは気鬱も晴れるかと」
さっきまで紹介前の為ミチカさん、とさん付けだったのじゃが、先の挨拶で紹介は済んだものと判断したようなのじゃ。それは兎も角、これは飛行魔術を教えてくれるという話であろうかの。
「ふむ、先入観がないほうがうまく行くかも知れんな。判るか小娘、いやミチカか」
「何をなのじゃ」
「魔法の限界は二つだ。魔力の限界、そして想像力の限界だ。愚か者は己の狭い世界に縮こまって枠を壊すことができん」
「なるほどなのじゃ」
先ほどまで空を飛ぶ魔法なぞ想像もしておらんかったゆえ素直に頷いておくのじゃ。この老魔術師は想像力でわらわの先を行くものなのじゃ。
「ワシは誰に対しても空を飛ぶための術を教えたのだ。しかし、誰も飛べんかった。それが何故ワシの!」
「師よ、落ち着いてください」
興奮してまた恨み言をまき散らしそうになった老魔術師をベルゾが留めるのじゃ。
「そうだな。では教えるとしよう。<念動>の類は使えるか?」
「うむ、使えるのじゃ」
「では簡単だ。<念動>で己を浮かすのは手を首の後ろに回して襟首を掴み、そのまま持ち上げるような試みだ。持ち上げることが出来る、そう確信できる阿呆だけが飛べる。それだけのことだ!」
「なっ、なんという発想なのじゃ。まさに其方は天才なのじゃ!」
単純にしてあり得ぬ発想なのじゃ。天才の所業と言うより他はあらぬのじゃ。
「余人は知らず、わらわが其方を大魔術師と認め、呼ぶのじゃ」
「他の連中は皆この説明に怒りを覚えて文句を付けてきたぞ。お主は変わり者だ」
「発想の枠を越えるどころか、越えることが出来るものがおることも理解できぬ其方の言う通りの愚か者の言なのじゃ」
わらわの興奮具合にちょっと引き気味になりおった老魔術師、いやさ大魔術師にそう言い放ち、魔法陣のみで<念動>を発動したのじゃ。
「くっ、わらわもなかなかに頭が固いようなのじゃ。ううむ」
難しいのじゃ。頭で考えると正直「出来ぬ」のじゃ。それを打ち破って感覚として出来ると思いこまねばならぬのじゃが。
「えっ、今<念動>を使ったのですか?」
「魔法陣は内側に隠しておったが魔力が流れたのは見えたぞ。修行が足りんな、ベルゾ。しかし確かにその歳であり得ぬほどの使い手な様だな」
ごちゃごちゃ言うておるのじゃが、あまり他に気を配る余地はあらぬのじゃ。直接出来ぬのであらば一旦媒介物を挟むべきかの。いや、更にそれ以前に一手なのじゃ。
「訓練場のような所はあるのかや? ベルゾよ、少し協力してたも、なのじゃ」
「はい、ありますよ。魔法を撃ったり魔法と剣術を組み合わせて練習したりするための場所が」
勿体ぶることなくベルゾは立ち上がったのじゃ。話が早いのじゃ。
わらわはベルゾの後に着いて行くのじゃが、大魔術師も見物に着いて来るのじゃ。着いた場所は広めの中庭で建物の前にしっかりとした石壁が建てられておって魔術の訓練場らしさがあるのじゃ。
「為すための、前段階の前段階、と言ったアタリなのじゃ。感覚的に掴むためちょっとした打ち合いに付き合って欲しいのじゃ」
棚に並んでおった木剣を二振り取り片方をベルゾに渡しながらそう言うたのじゃ。
「間違えても本気を出してはならぬのじゃ。わらわは剣なぞ扱うたことはあらぬ、素人のチャンバラなのじゃ」
「ええっと、ミチカ。よく判りません」
確かに伝わりにくいのじゃ。
「出来れば避けるのではのうて剣で受け止めて欲しいのじゃ。やり始めれば判ると思うのじゃ」
「やってみましょう」
「うむ、では参るのじゃ」
ミチカ流空間交殺法、参るのじゃ!
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