アイアンクローなのじゃ
こんにちは。
連休も終わりが見えて来ましたね。皆さまは如何お過ごしでしたでしょうか。
何はともあれ今日もよろしくお願いします。
「すいませんでした!」
いきなり弟子等の謝罪なのじゃ。
客室に戻ったら弟子等三人がおって、いきなりおばあちゃん先生に謝ったのじゃ。
「なにごとです。お客さまもいるというのに」
そう質したおばあちゃん先生に弟子等が答えるのじゃが、何というかこのあたりの社会制度では一応いい大人なのじゃがのう。
わらわの持ってきておった差し入れの菓子を余りの美味しさに全部食べてしまったという告白だったのじゃ。素直に謝りにくるあたりは可愛らしいところがあるのじゃ、わらわがそう思うた瞬間おばあちゃん先生が一番年嵩の弟子の顔を掴んだのじゃ。アイアンクローなのじゃ!
「お客さまもいるところで正直に謝れば許してもらえるだろうと言う小賢しさが! 見逃せません!」
「いたたた! すいません、ごめんなさいってば! 痛い、痛いです」
なるほどなのじゃ。確かにそう言われると小賢しいのじゃが、とガントを見ると肩を竦めて同意を示しておるのじゃ。この何とか言う先輩弟子はそう言う策を巡らせてはおばあちゃん先生に怒られておるのじゃな。
「懲りない先輩です」
「ふむ、今魔術を使うたのが見えたのじゃ。あれは筋力増強的なものとみたのじゃ」
アイアンクローをしておる手に重なるように魔術の陣が出ておったのじゃ。恐るべきお仕置きなのじゃ。
「わざわざ見やすいように陣を出して発動してくれてます。それに対応して陣を乱せば重ねては発動しようとなさらないので叱るついでの実地試験なのです」
どんなときも弟子の修行を忘れぬ師匠の鑑なのじゃ。あと弟子に見せるために素直な形で陣を出しておったゆえ習得してしもうたのじゃが一応事後承諾を得たほうがいいのじゃろうかの。
「今から更に痛うなるのは魔法陣が見えた瞬間にちゃんと対応できなかった自業自得と言うことなのじゃな。では仕置きが終わった後茶を喫せるよう新しく淹れておいてくりゃれなのじゃ」
「はい、そうですね」
まあどうでもいいのじゃとナントカ先輩の悲鳴を聞き流しながらガントに新しいお茶を所望するのじゃ。
他の弟子二人は主犯の様を見つつ己でのうて良かったと胸をなで下ろしておるのじゃ。いやきっと後でしっかり叱られることになると思うのじゃがの。
ガントが茶を淹れ直して持ってきたあたりでおばあちゃん先生はアイアンクローから解放し、後でお説教です、との宣言と共に弟子等を客間から追い出したのじゃ。
「見苦しいところを見せたわね。ごめんなさいね、ミチカちゃん。あ、ガント、お茶ありがと」
おばあちゃん先生はそう言いながらガントの淹れたお茶を喫したのじゃ。
「内弟子を取るというのも大変なものなのじゃな」
「そうね。まあガントは手がかからな過ぎて逆に心配だったんだけどね」
ガントを真剣な表情で見つめつつ、言葉を続けたのじゃ。
「そのガントがあたしに話すことがあるのよね。ミチカちゃんを紹介するためだけに来たのじゃなくて」
「はい、お話しします」
ガントも姿勢を正して真剣に答えたのじゃ。
うむ、わらわは茶を喫すのみなのじゃ。とは言えガントがリーダに、あるいは祈祷師なりになると言うのはわらわに無関係ではあらぬゆえ建物を見せて貰おうなぞとは行かぬのじゃ。
ちょこんと座って師弟二人の話を聞いておるのじゃが、わらわが簡単に把握したこととしては魔術の流派のようなものがありおばあちゃん先生は先代から道統を引き継いだ宗匠でガントはちゃんと免許か印可かのようなものを受けた正統な弟子であると言うことなのじゃ。
新たに祈祷を修めて神殿や修道会に属すのが流派を離れることになるのか同時に属すことが出来ると判断されるのか、と言う話なのじゃ。
まあ、外部の人間であるわらわにとってはどうでも良いことにも見えるのじゃが言ってみれば前世におけるヤクザものが杯を返すか否かという水準の判断であると考えれば当事者等にとっては大問題なのは間違いあらぬじゃ。わらわにとってはどうでも良いことであることに変わりはあらぬのじゃがの。
「ミチカちゃんはどう思うのかな。意見を聞きたいわ」
どうでも良いのじゃ! とは言えぬのじゃ。
「わらわの読んだことのある祈祷書の著者は魔術も使いこなすもので祈祷を組み合わせて魔術の陣に仕立て直したりその逆をやっておったりという試行錯誤が見れたのじゃ。どちらもやれるのは悪いことではあらぬ、としか言いようがあらぬのじゃ」
わらわは祈祷が中心なのじゃが、魔術を習ったり使ったりすることに抵抗はあらぬゆえの。そう言うた後、ちょっと人の悪い笑みを浮かべるのじゃ。
「ただの、ガントが其方等の道統を継ぐものよりも実力で勝る使い手になる可能性があるのじゃ。祈祷と魔術の双方を高い水準で使いこなせるならば、なのじゃが」
「え、ええーっ。何を言ってるんですか、ミチカ」
慌てたガントをスルーしておばあちゃん先生は笑うたのじゃ。
「そうなればそれでもいいんだよ。一流を立てるのも一つの道だからね。ただ流派を背負うと面倒くさいよ」
面倒くさいという言いにはなんとも実感が籠もっておるのじゃ。大体が後継者が道統を引き継ぐときにも兄弟弟子や叔父筋に当たる先代の師兄弟から流派を割って出て行くものはおるものなのじゃそうな。
家元制度がしっかり完成しておらぬ限り当然起こり得ることなのじゃ。
「半端な一匹狼になられて出自として流派を名乗られるのは困るんだけど、ちゃんと一流を立てている場合は大本にこちらの流派があるとむしろこっちが宣伝するわよ」
世知辛い話なのじゃが、納得なのじゃ。ちなみにおばあちゃん先生の兄弟弟子等は皆流派に残留しておるとのことなのじゃ。皆流派運営なんて面倒を嫌ってあたしに押しつけてるのよ、とはおばあちゃん先生の言なのじゃ。
「まあ、リーディンとしての位が高まると魔術師としての活動は行えぬようにはなるやも知れぬのじゃが、経歴に魔術師として学んだ流派の名は残ろうと思うのじゃ」
「それならいいわね。流派のうるさがたのおじいちゃんたちも納得するでしょう」
「あの、いえ、リーディンの聖務や祈祷には興味ありますが偉くなるつもりは。ってなんでそんな変な笑顔をしてるんです、ミチカ!」
アルカイックスマイルなのじゃ。考えが甘いのじゃ、ガントよ。
どうやって神殿の信仰が廃れていったのかは知らぬのじゃが、冒険者にとって祈祷の使い手のあるなしは生死に直結するのじゃ。それを目の当たりにする以上国内唯一の冒険修道会は信仰の空白地帯に拡大してゆくと思うて間違いはあらぬのじゃ。
そして後追いで美味しいところだけ頂こうなぞという他の修道会の参入を容易く許すほどベルゾは甘くあらぬのじゃ。
要は最初は一人しかおらぬと言う意味で修道会付きの筆頭リーディンとなるのじゃが、修道会が大きゅうなればそれにつれてその地位の価値も高まっていくことになるのじゃ。
「うむ、なんでもあらぬのじゃ。なんにせよ、其方の心は決まっておるようなのじゃがちゃんとサーデとマーセ、それにオルンとモリエにもよく話すのじゃぞ」
「ええ、判っています」
「いろいろと言ったけど、流派のことも実際には気にする必要ないわよ。あたしは放り出すことは出来ないけどガントは好きにしたらいいの。ああ言う弟子が多いけど、なんだかんだで人数は多くいるのだしね」
ああ言う弟子とはさっきのつまみ食い犯のことなのじゃな。内弟子として残っておるゆえ魔術師としては有能やも知れぬ、いやアイアンクロー強化に対応できておらんかったのじゃ。
そう言えばそれも話さねばならんのじゃ。
お読み頂きありがとうございました。