筋肉こそがカリスマなのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
ではよき連休を!
「マーティエ、先ほどのスープは大変美味しくいただきました。あまりの美味に言葉をなくすほどでしたよ。他の者も同様でした。その理事たちも皆マーティエに挨拶したがってはおりましたが余りぞろぞろと押し掛けても迷惑と思い二人だけ連れて参りました」
タンクトップおじさんの言葉にあわせて海賊おじさんと女教師風おばさんが前に出て、中央風の頭を下げる挨拶をするのじゃ。
「剣の日の新しき光に知遇を得たるに感謝し諸神の加護を祈ります。ワシはドワグラ=アッカと申します。ワシらはアントバほど熱心ではありませんが信徒であるので是非マーティエに挨拶を、と参りました」
「剣の神の加護ある日の出会いに感謝を。お目文字あとうたことうれしく存じます、マーティエ。私はルウネ=マーギ、父が病に伏し息子がまだ責を負うには若いため理事代理として理事会の末席を汚しております」
わらわの返礼が一度で済むようにとの心遣いからか二人が一気に挨拶してきたのじゃ。
タンクトップおじさんが古い家系の伝統を守って神殿の信徒であると言うのであらば同様の家系の他の理事にも信徒が残っておって当然なのじゃな。
今日は剣の日ゆえそれにまつわる挨拶をしておるのじゃ。この二人は信徒ゆえ当然なのじゃが、信仰が失われておるこの国でも神話に基づいた曜日の名前はそのままなのは面白いのじゃ。
「人類の時代を斬り拓きし剣の日の新しき出会いに感謝の祈りを。そして其方等に諸神の祝福を。今は神殿の聖務でおるわけでもあらぬゆえ、もっと気楽に接してもろうて構わぬのじゃ」
「恐れ入ります」
まあ、タンクトップおじさんからして老リーディンと気安く話しておる癖にわらわには過剰に丁寧であるからの。難しいことなのじゃ。
「あの蛤のスープは衝撃的に美味しかったのですが、そのことではなく現段階で分かったことと決まったことをお伝えします」
女教師風おばさんのほうがそう言って語り出したのじゃ。
「彼女は素直に供述しているようです。その、仮の話ですがなにをしでかそうとしていたかを自覚していなかったようですね。彼女の父親は港湾協会の役員でしたが現在拘禁して取り調べ中です」
多少潔癖性で街の子どもなぞを元から好きではなかったが積極的に排除しようとするほどのことではあらぬ、逆に子ども等を綺麗にする努力もせぬが、と言う程度であったそうなのじゃ。それが協会に出入りする口入れ屋と親しくなり協会の外でも会って話をするようになるにつれ極端な方向へ転がっていったそうなのじゃ。
「マーティエが危惧された通り、記憶に曖昧な部分が多いようです。特にその口入れ屋に同行者がいたことは覚えているのに詳細が全く出てきません」
「胡乱な話なのじゃ」
「供述からその口入れ屋自体の特定は進めていますが、同様な事例が余所にあるなら情報をつきあわせたいところですね」
タンクトップおじさんを手招きして小声で訊ねるのじゃ。
「つまり海の日の会食に呼んだほうが良いという意味かや?」
「申し訳ありません、皆が蛤のスープに驚いたのを見てつい会食のことを自慢いたしました」
海賊おじさんも頷いておるのじゃ。
「其方には神殿の屋台を信徒として手伝うよう言うておるのじゃ。二人も信徒というのであらば会食に席を作るのじゃが同時にその屋台の仕事も割り振るのじゃ」
「おお、お任せください。アントバより役に立ちますぞ」
「港湾協会のほうの屋台とか出店なんてアントバさんに任せておけばいいので、私はマーティエのお手伝いをがんばりますわね」
「おい、お前ら!」
タンクトップおじさんがいじられておるのじゃ。力関係は未だ見えぬのじゃが、理事の家同士が古いつきあいで親しいのは確かなことのようなのじゃ。
「ああいう格好のおじさん、冒険者協会にもいるよね」
「筋肉があれば寒くないって言ってた」
「見ていてるだけで寒々しいからせめて着て欲しいわよね」
双子等の噂話に自然に混じったのはモリエではのうて女教師風おばさんなのじゃ。気づいてビクッとした双子等を捕まえて遊んでおるのじゃ。
少しお堅いクールな雰囲気があったゆえ女教師風おばさんと心の中で呼んでおったのじゃが呼び方を変えるべきかも知れぬのじゃ。
「かわいいわね。私の息子の嫁に来ない?」
「お前のところの息子はまだ七歳だろうが!」
タンクトップおじさんがツッコミを入れておるのじゃ。しかし、見た目の年齢からすると大分幼い息子さんなのじゃ。
「あー、年下かー」
「年下は無理かなー」
やはり双子等は妹属性ゆえ年上が好みなのじゃな。納得なのじゃ、そう思うておると海賊おじさんのほうが話しかけてきたのじゃ。
わいのわいのと騒がしい連中はおいておいて話の続きのようなのじゃ。
「受付嬢にはマーティエに対して失礼な言動もあったようで申し訳ないですが、修船場襲撃は架空の話ですのでとりあえず身柄を港湾協会で拘束しておくことになっております。ご理解願えればありがたいです」
「仮の話と言うたのはわらわなのじゃ。否やあるわけあらぬ話なのじゃ」
わらわの返答に海賊おじさんは嘆息を漏らしたのじゃ。
「あれの父親は長年まじめに港湾協会に勤めておりましてな、それで娘も雇われておったのですよ。立場的にその父親も拘束する必要があってしんどいことですわ」
確かにしんどそうに己の首の後ろ辺りを叩き、海賊おじさんは苦く笑うたのじゃ。
「さて、子ども等の炊き出しへ差し入れするのでしたな。向かいましょう。修船場の警備と子ども等の処遇に少し変更が入りました」
「良かろう、向かうとするのじゃ」
海賊おじさんの差配で差し入れ用のジャガ芋の代わりに豆を入れたクラムチャウダーの鍋を職員さんが運び、わらわ等は悠々と歩いてついて行くのじゃ。
海賊おじさんに出し抜かれたタンクトップおじさんがしまった、と言う顔をしておるのじゃ。女教師風おばさんは双子等と打ち解けたらしゅうて仲良うしゃべりながら付いてくるのじゃ。ここの理事等は面白いのじゃ。
歩きながらふと気になったゆえ海賊おじさんに訊いておくのじゃ。
「其方も立派な筋肉をしておるようなのじゃが、ちゃんと上着を着ておるの」
「あんな格好をしているのはアントバだけです」
そう言いきった後少し考える素振りを見せたのじゃ。
「だけ、と言いましたが思い返せばアントバの親爺さんも同じような格好をしておりました。メルギの家の家風かも知れません」
「何ともすごい家系なのじゃ」
「家風というか、家訓に近いのですよ。この筋肉は実務的なのです! 荒くれ者も多い港湾労働者の連中も筋肉には敬意を払いますので」
筋肉こそがカリスマであると言う、豚鬼でももう少し複雑な社会で生きておるのではあらぬかと不安にさせる発言なのじゃ。タンクトップおじさんに子ども等に関する施策や手を出してくる連中に対する捜査を任せて大丈夫なのじゃろうか、少し不安にさせられるのじゃ。
「大丈夫ですよ、マーティエ。そう見えてアントバはなかなか悪賢い」
海賊おじさんのそれは本当にフォローなのじゃろうか。
無論、そんなどうでもいいようなことだけではのうてちゃんと子ども等の処遇が変わったということなぞについても訊いておるのじゃ。
「冒険者協会で十二歳未満の子どもを特例とはいえ登録していると言うことですので港湾協会のほうでも直接雇ってお駄賃程度の賃金を出すことに問題はないと判断しました」
「幼い子供に無茶な労働を押しつけたりすることがないよう監視する人員も置くこととなっています」
理事等の説明に納得なのじゃ。なかなか融通の利く組織なのじゃが、多角的な事業内容を誇っておるゆえそうでなくては成り立たぬと言うことかの。
「私ども理事の権力が強い、と言うことでもありますわね。反発もそれだけあるのですが外国船とのやりとりには柔軟な対応力と揺るぎない窓口の両方が必要ですので」
女教師風おばさんの言葉からはそれなりの苦労があることが読みとれるのじゃ。まあわらわは欲しい輸入品が多くある身ゆえ頑張って欲しいものなのじゃ。
そうこうする間に子ども等の働く修船場へ到着なのじゃ。
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