仮の話なのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
「ええと、マーティエ?」
タンクトップおじさんは分かっておらぬようなのじゃ。モリエとサーデが分かっておらぬのは当然の範疇であるのじゃ。
「そんなことは企図されておらぬ、全く架空のたとえ話なのじゃ。そう思って聞くのじゃ」
「え?」
「はい」
「むぐう」
皆の視線がわらわに集まるのじゃ。恐ろしく簡単な話なのじゃがの。
「仮に、あくまで仮に、なのじゃ。子ども等が働いておる船底整備の場になにやら仕掛けたものがおるとするのじゃ。そして遠目に見たのじゃが、あのロングシップは王国海軍の軍船なのじゃ」
タンクトップおじさんは分かったらしく顔色を亡くしておるのじゃ。それに頷き返して続けるのじゃ。
「この国の法制度は分からぬのじゃが、王の所有物扱いにしろ王国の軍事的な財産であるにしろ、処されるのが親兄弟までで済めば緩い刑罰であるのじゃ。わらわに馴染みのある中央の法であらば大抵は九族まで誅されるのじゃ」
一族郎党皆殺し、怖い怖いなのじゃ。なのじゃが王制や国の防衛に対する明確な反逆行為なのじゃ。
「あくまで仮の、架空の話なのじゃが、そこで働いておる子ども等のみが標的で軍船に手を出す気はなかったなぞと言う言い訳が通じることがあらぬのは理解できよう」
驚愕に目を見開いて固まっておる女を見下ろし、己の首の辺りを撫でながらタンクトップおじさんは言うたのじゃ。
「魔物寄せの餌です。仮の話ですが軍船に被害が出ないことはなかったでしょう。わたくしどもの首も危うかったですな」
「仮ではのうて本当にそう言うことが企図されておったのであらば届け出る義務もあろうが架空の話ゆえ内済するなり警邏隊に引き渡すなりの対応をとればよいのじゃ。しかし、魔物寄せの餌とは剣呑なものがあるのじゃな」
「はい、すぐに対応を協議してしかるべき断を下します。そして魔物寄せは魔物除けにもなりますので大きい船は準備していたりするものです。まあカタパルトで敵船にぶつけるという攻撃にも使えますが、進路上から一時的に魔物を除けるのに使うのが普通ですな」
扱いに注意が必要なのは間違いないのですが、と説明し警備のものなどを呼ぶためにタンクトップおじさんは駆けていったのじゃ。
「狩人も陸の魔物用の餌の作り方は知ってる。船で運ぶのと違って運ぶ途中が危険すぎるから使うことは無いけど」
なるほどなのじゃ。ゆえに気づいたのじゃな。
「しかし使わぬのに学びはするのじゃな」
「一応使うときはある。使うときは死ぬ覚悟が要るけど、大氾濫の魔物の群の進路を街から逸らすのに使える」
「確かに使うことがあっては困るのじゃ」
ちなみにモリエは女を抑えつけたまましゃべっておるのじゃ。女のほうは口に突っ込んでおった靴は流石にもう外されておるのじゃが、口を利く気力もなくぐったりとしておるのじゃ。
「その餌、もう等級外の魔漿石が突っ込んであって効果が発揮されてるから始末するのも面倒だね」
魔物寄せとなれば魔漿石も必要なのじゃな。いろんな意味でお高い嫌がらせになったのじゃ。
そしてモリエからとんでもないことを言われたのじゃ。
「さっきの調味料も魔物寄せの材料かと思ったし、少し迷った」
「いやいや、腐ったものと発酵したものは違うのじゃ!」
「本当にぃ?」
こっちはサーデなのじゃ。
「正直難しいところなのじゃ。葡萄が腐ったものと葡萄酒の違い、これは実は人が飲むか飲まぬかの違いしかないとも言うのじゃ。しかしその違いは大きいのじゃ」
考えると難しいことなのじゃ。
思い悩んでおるとタンクトップおじさんが人を連れて戻ってきたのじゃ。悄然としたまま連れて行かれる女と証拠品の魔物寄せの籠を持って行く職員を見やりながら話すのじゃ。
「食材を買いに行ってもらっておるゆえ届くのじゃ。こんなことになるとは思いもせんかったからの」
「理事たちに緊急の招集をかけてますので私はそちらに行かねばなりませんが、厨房はお好きにお使いいただいて大丈夫ですよ」
疲れた顔をしておるのじゃが、本当に疲れるのはこれからなのじゃろう。ご苦労なことなのじゃ。
「ふむ、申し訳あらぬがその言葉に甘えるとするのじゃ」
蛤の殻をとって細工工房に送るのが第一義なのじゃがついでのクラムチャウダーを緊急会議に差し入れてやるのじゃ。
理事が揃うのに多少の時間があるというタンクトップおじさんに厨房まで案内してもらうと丁度マーセも戻ってきて厨房まで案内されてきたところであったのじゃ。それまでに蛤を茹でておくくらいはしておくつもりであったのじゃが、無駄な時間を食うたものなのじゃ。
「では後ほど」
「会議が収まっておらぬのに挨拶にくる必要はあらぬのじゃ。海の日の食事会に関しては連絡するのじゃ、話すべきことは増えたゆえの」
「そうですね。まあ彼女は完全な使い捨ての駒のようでしたが」
「なのじゃが、うむ、そうなのじゃ。他のものでも感じたのじゃが、都合良く使われておるのに疑問を持っておらなすぎるのじゃ。話をしたものに関しては同行者についてもよく訊いておくことなのじゃ」
「なるほど、了解しました。では厨房は人も自由に使って構いませんので」
そう言うと職員に指示を出して足早にタンクトップおじさんは立ち去ったのじゃ。
「なんか雰囲気が変わってるんだけど何かあったの?」
状況に置いて行かれておるマーセにサーデがモリエのニンジャアクションを盛って伝えておるのじゃ。まあ確かにあれは驚きであったのじゃ。
「あたしがいない間にそんなおもしろいことが!」
「いや面白くはないから。でもサーデが一緒にいて良かったよ」
サーデがおらなんだらわらわの傍を離れるかどうか悩んだということなのじゃな。
「今度はあたしとマーセの連携技をみせるね!」
「今度はあらぬほうが良いのじゃが、一応楽しみにしておくのじゃ」
モリエのニンジャアクションから考えるに相当な水準に達しておるとみたほうが良いのじゃ。ちょっぴりだけ見るのが怖い気もするのじゃ。
「それは兎も角、余計な時間もかかっておるゆえ早速調理開始なのじゃ!」
「おー!」
お読み頂きありがとうございました。
うらばなし!
魚醤ペーストが魔物の餌と似た匂いであることが獣人が魔物の仲間という偏見に繋がった。そしてそれが獣人が自分たちの文化をあまり外に出さない理由でもある。
と言うことを年寄りの狩人に聞けば教えてくれるかも知れない。
しかしとりあえずモリエは知らない。