港湾協会にタンクトップおじさんを訪ねて、なのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
朝の日課も終わらせ、メイドさんとも家の図面を見ながらメイド部屋について話した後今日は出かける準備を済ませたらまずは港湾協会へと赴く予定なのじゃ。
「私は行ったこと無いな。港湾協会」
「あたしたちはあるよ!」
「去年船底の牡蠣殻削った!」
なるほど、双子等は子ども向きの仕事に行っておったのじゃな。狩りが出来るモリエの行くものでないことも分かることなのじゃ。
「で、なんで小麦粉とか乳酪の包みを準備してるの?」
「港湾協会には子ども等の話をしに行くのじゃが、もし注文の蛤が来ておったら調理しようと思っての。足りぬものは届けてもらう必要はあるのじゃが基本的なものは持って行こうと思うての」
「いきなり鞄から出てこないだけ進歩してる」
「うむ、わらわは成長する女なのじゃ」
宿でそんなやりとりを済ませ、今日は昼から神殿ゆえおニューの法服を着てお出かけなのじゃ。
で、着いた港湾協会なのじゃが、受付でわらわが幼く見えるゆえかかなり粗雑な扱いを受けることとなったのじゃ。
「なに? 子どもは働きたいなら作業場の方に勝手に行ってちょうだい、邪魔だわ。働くのも目障りだけど」
気の強そうな若い受付嬢なのじゃが、わらわがタンクトップおじさんを呼んでもらおうと近づいたらこう来たのじゃ。如何すべきかの。
モリエがきっと眉を吊り上げて言い返そうとしておるのをまずは制すのじゃ。双子等も槍を包んだ布包みを背中から外そうとするのではないのじゃ。
「なに、まだいるの。さっさと行きなさいよ」
機嫌の悪そうな受付嬢がまだ何か言うておるのじゃが、気にはせず後方で何事かと立ち上がって窺っておった物見高い男性職員に呼びかけるのじゃ。
「アントバ=メルギを呼ぶが良いのじゃ。マーティエが来たと伝えるがよい」
「えっ」「えっ?」
男性職員と受付嬢がともに間抜けな声を出したのじゃが、男性職員は何事かを感じ取ったのか走って奥へ行ったのじゃ。
受付嬢から疑惑と敵意の籠もった視線が刺さるのじゃ。しかしそれも僅か、すぐにタンクトップおじさんが走ってきたのじゃ。相変わらずタンクトップに上着を羽織ったタンクトップおじさんスタイルなのじゃ。
「ようこそ、マーティエ。歓迎いたします」
「いや、あまり歓迎はされておらぬのじゃ」
挨拶するタンクトップおじさんにそう返すと怪訝な顔をするのじゃが、遅れて追いかけてきておった男性職員がなにやら耳打ちするや顔を青くしたり赤くしたりして謝罪してきたのじゃ。
「大変申し訳ありません。どうか謝罪を容れていただき、マーティエを私の執務室にお招きすることをお許し願いたい」
「うむ、良いのじゃ。では案内を頼むのじゃ」
「はい、こちらです」
タンクトップおじさんの案内で奥へ向かいながら横目に窺うと失敬な受付嬢は顔を青くしておったのじゃ。多少可哀想かとも思うのじゃが、受付と言うものは組織を背負って立つ顔であるゆえそれなりの自覚と身の処しかたが必要とされるものなのじゃ。
と言うか、なのじゃ。領帯なぞの付属品は付けておらぬとは言うてもわらわの法服は正絹の地に金糸を交えた刺繍が刺してある呆れるほど高級な衣裳なのじゃ。普通に考えてそれを着ておるのが子どもであっても侮って良いはずがあらぬのじゃ。
まあそう言うわけでタンクトップおじさんがわらわに謝罪をするのは已むを得ぬことなのじゃが、タンクトップおじさんがやったことでもあらぬのに謝らせるのはアレなのじゃ。程々でやめるが良いのじゃ。
「上司たる責がありますから。本当に申し訳ない」
「いや、馬車に乗って先触れを出すべきところを手抜きしたわらわのほうにも落ち度はあるのじゃ」
と、延々謝られながらタンクトップおじさんの執務室へ到着なのじゃ。
「謝られながらでは茶が不味うなるゆえここまでなのじゃ!」
「はい、畏まりました。お供のかたもどうぞ」
これはおそらく信徒繋がりでズークさんのところから仕入れておる茶葉なのじゃ。淹れかたはいまひとつなのじゃが充分美味しいのじゃ。
モリエと双子を紹介したのじゃが、ガントは神殿によく通っておるらしく、王と鯱の研究にあの翌日も神殿に顔を出しておったタンクトップおじさんと話をする機会があったそうなのじゃ。ゆえにガントの妹、ということで双子等は厚く挨拶されたのじゃ。
「丁度今日、蛤を朝堀で持ってきてもらうことになっていますよ」
「ほうそれはよいときに来たのじゃ。後で調理場を貸してもらおうかの」
タンクトップおじさんから嬉しい報告なのじゃ。なのじゃが、それより先に用件を済ませておくのじゃ。
「なるほど、街の子どもたちの件ですね」
「その点で、先ほどの受付に不安を覚えたのじゃ」
「本当に申し訳ない」
蒸し返すことになってこちらこそ申し訳ないのじゃ。
受付が協会の規模に対して小さい気がしたのじゃが、港湾協会の業務は多岐にわたるのじゃ。その各業務のそれぞれの部署に直接客が行くゆえ総合受付は閑職なのじゃそうな。暇なはずなのに何でそんな対応を、とタンクトップおじさんは憤っておるのじゃがわらわとしても多少気になるのじゃ。
「子ども等の受け入れをしておる冒険者協会で子ども等への対応を悪化させておる連中がおるのは、他の新しい孤児院などの施設へと誘導するためではあらぬかと疑っておるのじゃ。背後に違法な奴隷商なぞの影が見えるゆえ無論よからぬ目的のためになのじゃ」
「港湾協会では私が子どもたちが働きに来ることを許しているので否を唱えるものは多くはないですが、確かに居はします。あの受付嬢もそう言った者の派閥に属しますね」
わらわの言に真剣な表情で考え出しておるのじゃ。
「立場的に私は警戒されているでしょうから旗色を明らかにしていない理事と裡で話し合って調査してみましょう」
旗色が明らかであらぬのは信頼できるのかと疑問に感じたのじゃが、理事を務める家門の過半はこのマインキョルトが創立された頃からの家族付き合いで残りも似たようなものと言われて納得なのじゃ。
立場を明確に打ち出すもの、対立するもの、日和見するもの、そう見えるだけで役割分担をしておるだけなのじゃな。因襲めいた話なのじゃが様々な利権が交錯する巨大な組織の裏側の話なのじゃ。
「冒険者協会の子どもや街の子どもに仕事をやって飯を食わせる、と言う長年やってることに反対する連中の意図が分かってなかったのです。大した経費でもないですし」
「どこも面倒なことよな。冒険者協会や警邏隊のように深く食い込まれてはおらぬようではあるのじゃが、外国へ子どもを奴隷として売り払うなぞを目論んでおる場合は港湾協会こそが要所なのじゃ。ゆめ、油断無きよう気を配るのじゃ」
「どの理事にも属していない連中で背後を調べる必要が確かにありそうです。今まで大した勢力じゃないので見逃してましたがね」
これは関係あるか微妙な話なのじゃが、わらわの家予定地の倉庫に街の子がおって地回りから荷物を預けられる体制であったことを説明しておくのじゃ。内容的には未遂なのじゃが街の子ども等に関係しておるのとおそらく抜け荷か禁制品としか思えぬゆえ港湾協会に関わることである点からタンクトップおじさんの耳に入れておくべきなのじゃ。
真剣な表情で聞いておったタンクトップおじさんなのじゃが、聞き終わった後は表情を弛めたのじゃ。
「マーティエがお屋敷を構えるのは重畳ですな。祝いに何か準備いたしましょう。必要なもののほうがいいでしょうから要るものをお聞きしておきたいですな」
「屋台のことも助けてもらうゆえあまり気張る必要はあらぬのじゃ」
受付嬢の無礼に対する詫びは要らぬ、と言外に告げるのじゃがそうではのうて純粋に祝いと言うゆえ喜んで受け取ることにするのじゃ。
「では不要というのも無粋じゃの。内装は船の内装を普段やっておる船大工を紹介してもらう予定なのじゃ。そこでわらわの聖務室に入れる机を一つ、内装にあわせて頼むのじゃ」
船の内装をするところであらば港湾協会との関わりもあろうから合わせやすかろうという判断なのじゃ。事実、材木問屋の名を出してすり合わせるとすぐに判ったのじゃ。
「では喜んで準備させていただきます」
「喜ぶのは受け取るわらわのほうなのじゃ」
礼じゃとか祝いじゃとか申す贈り物は喜んで受け取るのも礼儀のうちなのじゃ。その点で必要なものを訊いてくるタンクトップおじさんはなかなかに判った男なのじゃ。
懸案事項の孤児問題とそれにまつわる諸事については話し終わったゆえすこしゆったりした気分で話をしておくのじゃ。
お読み頂きありがとうございました。