カリカリと彫刻するのじゃ
こんにちは。
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まずは外縁を削ってみるのじゃ。うむ、行けるのじゃ。
魔漿石は概ね蛋白石のような複雑な光の反射を見せる石で属性の偏りがあらねば白っぽい色なのじゃ。そして魔力が宿っておる間は非常に硬いのじゃが、逆に魔力が尽きておると脆いのじゃ。色彩の美しさもある程度までは宿っておる魔力の量に依存するゆえ扱いは面倒であることなのじゃ。
削った細片は灰色の力ない石の破片となりそのまま粉のように細かな砂と化すのじゃが、少々削られた本体の石は問題あらぬよう見えるのじゃ。
「行けそうなのじゃが、等級外魔漿石は多少削りすぎただけで力を失いそうで少し怖いのじゃ」
「興味深いですね。しかし焦点具に使うために魔法陣を刻み込むのはまた別の技術だと思いますが、これは純粋に飾りとなりますかね」
「まあそうなのじゃ。とは言うてもカットによって魔力の流れかたが少々変わるゆえ用途に合わせたカットなぞも一応はあるはずなのじゃ。効果が感じられるほどの違いが出るとは思えぬのじゃがの」
そして今やろうとしておるのはただの彫刻であるのじゃ。
「ガントよ、其方の杖をもう一度見せるのじゃ。今持つわけにはいかぬゆえ、わらわの目の前に持ってきて持ったままで頼むのじゃ」
ふむふむ、なるほどなのじゃ。
カリカリカリ、と魔力筆に魔力を込めて等級外魔漿石を削っていくのじゃ。
「集中してやっておると魔力の手応えに違うところがあるのじゃ。魔力が高く硬そうな場所を割るとおそらく石が死ぬのじゃ」
わらわの魔力操作の技前もなかなかのものになってきておると思うのじゃ。魔力使用量の手加減が不得意という些細な問題が解消される日も近いのじゃ。
カリカリカリ、なのじゃ。
等級外とはいえ魔漿石を殺して仕舞わぬようちょっとばかりの緊張感を持って彫り上げたのじゃ。
「ああ、椿の花。だからガンの杖を見て確認してたんだ」
「うむ、なかなかよく彫れておると思うのじゃ」
モリエに自画自賛で返しておくのじゃ。しかし、彫刻自体は自画自賛したものの魔漿石自体のキラキラ具合で彫刻がさして目立たぬのじゃ。カメオのイメージじゃったのじゃが、少々見誤ったのじゃ。
まあリカバリーはおそらく可能なのじゃ。卓の上に置いて、っと。うむやるのじゃ。
「我は花の上に祈りを捧ぐ
色づく蕾を恋し
咲く花を愛で
散る花を惜しむ
花の守護者にして芽吹きの神よ
巡り咲く花々に恩寵を
咲き誇れ 色鮮やかに
<咲花百色>」
本来は<咲花>の祈祷なのじゃが、非正規の効果を願ったゆえ少し変わったのじゃ。そしてきちんとわらわが狙ったとおりの効果となったようなのじゃ。うむ、感謝なのじゃ。
周囲の者共にはいきなりの祈祷で緊張が走っておった様子なのじゃがまあ良しとするのじゃ。
「えっ、すごい。椿の花が赤くなってるよ!」
「葉っぱの部分は緑だよ。すごいね」
一番最初に気づいたのは双子等だったのじゃ。
「この魔漿石では色鮮やか、と言うほどの発色にはならぬようなのじゃ。しかしまあ充分かの」
白いキラキラに施した彫刻ではあまり目立たなかったのじゃが、色が付くと立体感も伝わり良い感じになったのじゃ。花びらの紅、花芯の黄、葉の緑の色が付いておって、それが更に魔漿石ゆえキラキラしておるのは少々視覚的にうるさいかの。いやさ、ちょっとラメが入った感じではあるもののバランスとしては大丈夫なのじゃ。
「ええっと、今の祈祷は?」
「芽吹きと開花の神への祈祷なのじゃ。草木の神や春の神の眷属に数えられる女神で祈祷の効果としては花が色鮮やかに咲くことなのじゃ。しかしそう言う効果を求めるのではのうて、新年の春を言祝ぐ祭りで春への感謝として祈りを捧げられる神の一柱なのじゃ」
「花が色鮮やかに咲く、と言う効果が魔漿石に彫った花を色づけするように作用した、と言うことですか。興味深いですね」
「少しは学んだ程度ではやはり今の祈祷の祭文は三分の一程度しか分からなかったですよ。分かった部分は祭文でよく使われる言い回しの部分ですし」
「私はリーディンに聖祝期の祭事に使う祈祷を訊いておいたので聞き覚えがあったよ。儀式の手順を含めてちゃんと訊いておいた方がいいな」
魔術師二人組はそんな感じで祈祷に興味津々なのじゃがわらわはジーダルとセイジェさんから説教なのじゃ。
「いきなり魔術、じゃなくて祈祷か。どっちにしろ突然訳が分からないものが使われたら襲撃かと思うだろ。ちゃんと説明してからやれ」
「いくらジーダルとは言ってもね、他人の家や部屋で魔法を勝手に使ってはいけないわね」
おとなしく座って説教を聴いておるのじゃ。双子等も癖でわらわの横の椅子に並んで座った後自分等は違うと気づいて逃げたのじゃ。一緒に叱られても構わぬのにの。
「悪かったのじゃ。よう分かったゆえコメカミの拳をどけるのじゃ。痛いのじゃ!」
体罰反対なのじゃ。ジーダルにコメカミあたりを拳でグリグリされたのじゃ。全くか弱い美少女相手にひどいのじゃ。
確かに途中から飽きて聞き流しておったことは謝るのじゃ。
「ふぅ、全くひどい目にあったのじゃ」
「いや自業自得」
「むう、なのじゃ」
モリエの冷たいツッコミに涙しながら作業を再開するのじゃ。
「この椿の意匠を後四つ作るのじゃ。まあ勘所は押さえたゆえ先程のように派手に祈祷を光らせたりはせぬのじゃ」
カリカリっと彫り進めるのじゃ。
「四つ?」
モリエの疑問にうむ、と簡単に答えつつオルンを呼ぶのじゃ。
「オルン。台座やピンは其方等の方でつけるが良いのじゃ」
「ああ、雪の椿の徴なのね。素敵な考えだわ」
彫刻の済んだ魔漿石を手にとって見ておったセイジェさんがそう褒めてくれたのじゃが、オルンのほうは狼狽しておるのじゃ。
「ええっ、こんなものもらっていいのかって言うかよくないだろ」
「狼狽えるようなものではあらぬのじゃ。ちょっとばかり華やかになってはおるのじゃが所詮材料は等級外の魔漿石とわらわの魔力程度なのじゃ」
一度作ったものゆえ収納空間を使えば瞬時に複製できるのじゃが、まあそれを求めるほどの手間はなく彫り上げたのじゃ。
「技術と魔力は本来安くないですけどね」
「技術に関してはこれは練習なのじゃ。練習に使うたものを人に押しつけておるのじゃ」
今回は使うに当たっての勘所をしっかり押さえてあるゆえ魔法陣のみの無詠唱でひとまとめに彩色を行って完成なのじゃ。
「と言うことでこれはオルンが預かるのじゃ」
有無を言わさずオルンに押しつけたのじゃ。
「うん、かっこいいと思うよ」
「外套を止めるのに使ったりするんだよね。いいと思うよ」
「素敵。でも二人は落としそうで怖い。気をつけてね」
三人娘の反応は上々なのじゃ。
「これ、道具屋に持ち込んだらギョッとされると思うんですが、持ち込むのに適当な店を教えてもらえませんか」
そしてオルンはセイジェさんに相談しておるのじゃ。まあこういう小物である以上ジーダルよりセイジェさんで正解なのじゃ。
ガントも細工を調べた後わらわに訊いてきたのじゃ。
「で、練習とは? 二個目以降の彫り進める速度が速すぎる上彫り自体も精確で私の常識の外なんですが」
実は収納空間の空間範囲指定の機能を利用しておるのじゃ。それが彫刻の精度と速度の秘密なのじゃ。
範囲指定の図形を被せてそのワイヤーフレームをガイドにして彫ったのじゃ。はみ出しておる部分を削っていくだけの簡単なお仕事、と言うやつなのじゃ。まあ魔漿石を殺さぬように魔力の反応は確かめながらなのじゃがの。
拡大縮小で石の大きさにジャストフィットさせることは出来るのじゃが彫刻の意匠はコピペゆえ全く一緒になるのが弱点なのじゃ。
「外周を卵形に整えられそうな石をここに分けておいたのじゃ。これに修道会の紋章を彫り込むのが本番なのじゃ。その練習と言うことじゃの」
「なるほど」
「其方等の手持ちに形の良い等級外魔漿石があらばわらわの彫刻に向いておらぬものと交換するのじゃ。手持ちを確かめてくりゃれ」
ベルゾとガントにはそう言うておくのじゃ。
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