ガントの杖を拝見するのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
と言うことで差し入れ作りに時間をとられたゆえ急いでジーダル等の宿に向かうのじゃ。とは言うても馬車に乗るゆえ急ぐのはわらわではあらぬのじゃ。
商業組合への寄り道も組合長に挨拶しておると余計な時間がかかるゆえ宝石類の袋、経緯を記したミルケさんの報告書、書類、そして差し入れのカレーパンとカツサンドの入った籠をひとまとめにしてミルケさんが持って行き押しつけて脱兎のごとく逃げてくる作戦なのじゃ。
差し入れがあるゆえ許してくれるに相違ないのじゃ。
ちなみに仕立屋のお針子さん等への差し入れはエッツェさんに差配してくれるよう頼んできたのじゃ。
と、まあジーダル等の宿へと辿り着いたのじゃが、メンバーは一部替わったのじゃ。エッツェさんに代わって旦那さんのオズンさんが付いてきたのじゃ。
若手の商会主や跡継ぎ等の会合でのバックギャモンはなかなかに好評だったそうなのじゃが、そう言う普及活動の為に実際にプレイできる場に付いてきて学ぼうということなのじゃ。熱心で結構なことなのじゃ。
双子等は「商人だ!」とミルケさんの時と同じく遊戯の強敵認定をしておったのじゃ。
で、ジーダル等の暮らす高級な宿では出て来た案内の従業員にジーダルの私室ではのうて貸し切りの小食堂へ通されたのじゃ。疑問に感じてセイジェさんを見上げるのじゃがセイジェさんも首を傾げたのじゃ。
「おう、ミチカ。来たか。近所の宿を定宿にしてる知り合いが数人来たんで広い部屋を借りたんだ」
「事後承諾になって悪いのですがこのあたりの宿に泊まれる冒険者でジーダルと仲がいい、と言うことで影響力のある方々になります。単に遊ぶ、ではなく広めたいとのことでしたので」
通された食堂に入るとジーダルとベルゾが話しかけてきたのじゃ。オルンとガントももう着いておるのじゃが、それ以外にも五人ほどの人間がおるのじゃ。
ベルゾの説明を受けてその五人が高位の冒険者であることとおる理由がわかったのじゃが、大会の人手を冒険者から拾う予定であるゆえ広めて行くに当たって良い作戦なのじゃ。流石ベルゾなのじゃ。
「こちらは交易商のエインさんの息子さんのオズンさん、遊戯の道具を作ったり販売したりするのはエインさんのところに任せておるゆえ、いわば責任者なのじゃ。ミルケさんはこの前面識を得ておったの」
こちらも予定外の同行者が二人おるのじゃ。それを紹介したり、そのジーダルの知り合いの冒険者と挨拶を交わしたりしたのじゃ。冒険者のうち二名はマインキョルトまでの隊商の護衛におったゆえ初対面ではあらぬのじゃ。久しぶりのような気もするのじゃが実際は十日も経っておらぬ再会なのじゃ。
旅の途上で幾度かわらわの料理を食べたことのある二人はカツサンドの差し入れに小躍りして喜んでおるのじゃ。喜ばれついでに菓子も出しておくのじゃ。
「な、なあ。俺たち場違いじゃねえ?」
「他はおっさんばかりゆえ、むしろオルンが若手に広めるに当たっての最有力なのじゃ。自信を持つが良いのじゃ」
憧れの高位冒険者に囲まれて緊張しておるオルンにそう言うてやると周りのおっさんどもが大笑いしたのじゃ。
そう言いながらオルン等は遊戯道具の入った箱を運んだり開けて設営したりと言った手伝いをしてくれておるのじゃ。正しい若手らしい姿勢なのじゃ。
わらわが最若手な気はするのじゃが、小そうて邪魔になるしの。と言うわけで流石にカツサンドや菓子に飛びついてはおらぬジーダル等と話をしつつ皆の働きを見るのじゃ。
「少しばかり其方等の部屋には興味があったのじゃが、人が多いのは確かに助かるのじゃ。礼を言うのじゃ」
「いや俺はそう大したことは考えてなかったんだがよ。と言うか、部屋に興味ってのは何でい?」
そこに引っかかるのかや。オルン等雪の椿を住み込みの護衛として雇う話なぞを簡単に説明したのじゃ。
「での、双子等どころかモリエがローズウッドもマホガニーも判らぬと言うのじゃ。そこで、なのじゃ。これだけの宿である以上其方等の部屋の家具や調度を見せてもろうたらそれだけで素材や細工の勉強になると思うのじゃ」
「住み込みの護衛はいいな。珍しくいい考えだ。だが、木材の別なんぞ俺にも判らねえぞ」
自慢げに言うでないのじゃ!
「ジーダルの部屋の控えの間はマホガニーで統一されてます。奥の寝室はジーダルがわがままを言って大きな寝台を入れてますがあれはオークですね」
確かに護衛を置くのは正しいと褒めた後、ベルゾがそう教えてくれたのじゃ。
ジーダルは己の部屋のことじゃと言うのに感心しておるのじゃ。そんなジーダルに呆れつつセイジェさんが会話に入ってきたのじゃ。
「私の部屋は大体ローズウッドで、飾り棚だけ黒檀のものがあるわよ。あとで妹ちゃんたちと見に来る?」
「確かにセイジェさんの所を見せてもらうのがモリエ等にとって良さそうなのじゃ」
女性の部屋のほうが参考になるであろうからの。
「まあ俺たちも木材の種類がどうとか言われても困るよな」
「一緒にするなよ、オルン。私は判るぞ」
聞いておった兄チーム、オルンとガントは仲間割れなのじゃ。ガントは食堂の元から据えてあるテーブルと今回宿の人が追加で入れてくれたテーブルの材の違いや、柱や梁が樫で腰壁は胡桃材だ、なぞと言うたことをオルンに説明して格の違いを見せつけたのじゃ。ガントウィン! なのじゃ。
「よう知っておるのじゃが、意外であるのか当然であるのかが判らぬのじゃ」
「当然、ですね。ガントの師匠はちゃんとした人ですので」
ベルゾの説明の意味が分からず首を傾げるとガント本人が教えてくれたのじゃ。
「魔術師の杖は自分で削るように言われるんです。その杖作りの基礎の部分で素材となる木材も勉強させられるんですよ」
「ほう、そう言うものなのじゃな。知らんかったのじゃ」
「それが正統な教えなんですが、実際には自作の杖を作らせる師なんて今では殆どいませんね。けどうちの師匠は木工の練習をしっかりやらせるので杖以外でも棚や木彫の小物とかいろいろ作れますよ」
それは意外な特技なのじゃ。面白いものなのじゃ。
「古風な師匠がやらせること、と思われてますが、削り出す段階から自分の魔力を流しながら作った杖は自分の魔力との馴染みがいいのですよ」
ベルゾが注釈を入れてくれるのじゃ。ちゃんと自作できるものは焦点具としての杖を作る場合も魔法具職人と共同作業で自分専用のものを作るそうなのじゃ。
「ではその今持っておる杖は自作なのかや」
見せてたも、と言うたのじゃがガントは少し躊躇しておるのじゃ。
「皮の手袋をどうぞ。ミチカの人となりを信用していないのではなくて魔力の高さを逆の意味で信用しているのです」
ベルゾがそういって差しだしてきた皮の手袋を受け取ったのじゃ。なんなのじゃ、一体。
「原木を削る段階から魔力を流して自分専用に調整された杖です。普通の魔術師が持つくらいは平気でしょうがミチカがうっかり魔力を流すと一瞬で魔力が混じって最初から作り直したほうが早くなりますね」
「納得なのじゃ。それはわらわもわらわ自身を信用せぬのじゃ」
そこで魔力を通さぬ皮で出来た手袋なのじゃな。誤作動防止のため魔法具を扱うときも手袋があったほうが良いと忠告を貰ったのじゃ。
「よい杖材が手に入ったら新しく削ろうかとは思ってるんですけどね」
手袋を履いたわらわにガントがそう言いながら己の杖を差しだしてきたのじゃ。確かに先端に嵌まっておる魔漿石はギリギリ等級外ではないと言うたあたりの小振りな魔漿石で豚鬼の魔漿石を取っておるならそれを使って新調すべきなのじゃ。
しかし施されておる彫刻はなかなか見事なのじゃ。先端の魔漿石の台座は椿の花の意匠で飾られており、そこから下に目をやるとツツジが咲いており次にはデルフィニウムなのじゃ。おそらく故郷の村の春の景色なのじゃ。そのまま下に行くと夏の花、秋の花と移り変わっていき最後石突でまた椿が咲くのじゃ。花だけで構成されておるのではのうて花の間には小鳥が飛んでおるのじゃ。遠目には頭に魔漿石が嵌まった真っ直ぐな杖、としか思わんかったのじゃが見てみるものなのじゃ。
「見事な彫刻なのじゃ。其方等の故郷の村の光景が目に浮かぶのじゃ」
木材としてはローワンかの。セイヨウナナカマドという奴なのじゃ。
「本当に素晴らしいですね。他人の杖を間近でまじまじと見る機会は余りないので今まで気づきませんでしたが」
わらわの肩越しに見ておったベルゾも感心しておるのじゃ。
「いや、魔術師ですからあんまり杖の細工とかの方向で褒められるのも」
ガントは照れて頭を掻きながらそう言うのじゃ。まあ確かにそれも一理あるのじゃ。
「自作することと目利きの目は多少違おうが、他四人の部屋の調度選びや注文の時には其方が見てやると良いのじゃ。この腕なら自分で作ると言うても構わぬのじゃが、神殿のことも忙しいしの」
ガントの杖を褒めておったら冒険者のうち魔術師っぽい二人が自分の杖を持ってガントの後ろに並びだしたのじゃ。いつの間にか杖の品評会にでもなったのかの。
お読みいただきありがとうございました。