カレーパンを食すのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
揚げ物を多く作ってきた経緯もあって、わらわの調理の真似を多く行っておるこのエインさんちの厨房には油を落とすための金属の簀の子があるのじゃ。油を受けるバットの上ゆえ所謂簀の子バット、なのじゃ。
その簀の子バットの上にバンバン揚がったカレーパンを置いていくのじゃ。ちなみに寸前までカツサンド用のトンカツが並んでおったのじゃがそちらはもう既に組み立ててカットする最終段階なのじゃ。
うむ、食べ方を考えておらなんだのじゃ。正直に言うのじゃ。
「食べ方をどうするか決めかねたまま忘れておったのじゃ。外も中の熱々なのじゃが手づかみに食べても良いのじゃ。普通のパンはそうしても構わぬ以上の。そして皿に置いてカトラリーで食しても問題あらぬのじゃ。わらわとしてはカレーパンに対して気取りすぎと思うのじゃがの」
さてどうするかの。
「うむ、紙で巻いて持つかの」
熱々のうちに食したいゆえさっさと決めてしまうのじゃ。
「え、紙ですか?」
「羊皮紙ではのうて普通の紙なのじゃ。少し厚めの方がよいのじゃが」
「厚い薄いの区別してあるものはないだの。紙自体はあるわい、ほれ」
エインさんが紙の束を差し出してくれたのじゃ。
紙コップの折り紙の要領で紙の容器を折るのじゃ。手持ちの部分からカレーパンの頭半分が上に飛び出す程度の大きさで作ると視覚効果的にも優れたものとなるのじゃ。
ではまずは家主のエインさんへ、なのじゃ。
「熱々ゆえ気をつけて食すが良いのじゃ。後そこそこ辛いのじゃ。ええい、次は其方等にやるゆえ大人しく待つのじゃ」
モリエが双子等を押し返しておるのじゃ。それを横目にほいほいと袋に入れて回していくのじゃ。わらわも早く食べたいのじゃ!
最初に受け取ったエインさんはまずよく見たり嗅いだりしておってまだ口をつけておらぬのじゃ。
「よし、では今日の糧を神に感謝しいただくのじゃ!」
はむはむ、なのじゃ。うむ、美味。美味なのじゃ。
揚げたパン生地はちゃんとふんわりと出来上がっておって外側のカリっとした部分との好対比なのじゃ。そして挽き肉と細かく切った野菜のカレーは食べやすくしかししっかりとした味とボリュームで、無論スパイシーなのじゃ。
油で揚げたパンの甘みで辛さは相殺されるゆえわらわ的にはもう少し辛いカレーでも良かったのじゃが、まあ普遍的に好まれるカレーパンの比率になっておるのじゃ。
「お、美味しいよ! なにこれ」
「ああ、もう食べちゃったよ!」
双子等は食べてる間以外は騒がしいのじゃ。一口目はまだ香辛料に舌も脳も慣れておらず頭上に疑問符が出ておるような顔をしておったのじゃが段々と味が浸透してきた次の瞬間二口目をかぶりつきそのまま食べ尽くしておったのじゃ。
ふふ、それがカレーの魅力、いやさカレーの魔力なのじゃ。
「昨日のスープも美味しかったですけど、こちらのほうがカレー自体も濃厚ですね」
「揚げ粉にカレー粉を混ぜたりもしてたけど、いろんな使い方があるんだね」
昨日カレー初体験は済ませておるミルケさんとモリエは落ち着いて味わえておるのじゃ。他のものはカレーの魔力で一気に食べ尽くして半ば呆然としておるのじゃ。それに比べて、の。
「以前食べたハトシでも大概驚いたんだの。これはそれにも増して驚いたわい。パン生地を揚げて完成させるとはなあ」
「本当に贅沢に香辛料を使っているみたいね。けどそれに目が行くけどこのパンの中に具を入れて揚げるというのは」
エインさんとリーエさん夫婦は商品として見る目を失っていないのじゃ。特にリーエさんは、なのじゃ。
「うむ、リーエさんの考えた通り、他の具材を入れて揚げても面白いのじゃ。汁気を少な目に味を濃いめに、と言ったところなのじゃ。後はパンの中に大きい肉が入っておっても食しにくいのじゃ」
「そうね。今回みたいに挽き肉がよさそう。あるいは大きい肉を入れたら皿に置いてカトラリーで食べてもらうかね」
挽き肉作りの強い味方、<回転>の魔法具を利用したミンサーを見ながらそう語るのじゃ。
まあそうやって作られるのはピロシキの一種と言うべきかカレードーナツ系の総菜パンというべきかなのじゃが、まあ正直どうでもいいのじゃ。
頭を抱えて卓に突っ伏す料理人とその助手からは目を逸らしてエインさんとミルケさんのどちらに話すのが良いのか考え、まあ家主のエインさんに話すのじゃ。
「祭の屋台でなにを出すかは決まっておらぬのじゃが、こういう使い捨ての食器に使いたいゆえ紙をあがないたいのじゃ。出来れば紅花なぞで色を付けた紙もあると良いのじゃ」
「使い捨てだと値段の割が合わんぞい。それでもいいなら頼んでおくだの。その、色を付けるという話もな」
「発注数を大幅に増やせばある程度安くできるのでは? 幸い倉庫は大きいですので」
「そうだの。これだと油が染みてしまっておるから厚めの紙がようて逆にペン先が引っかからない滑らかさ、なんぞはいらんだの」
「うむ、よろしく頼むのじゃ。屋台で使い切らぬでもなんぞ使い途はあるゆえ確かに数を多く頼んでもろうて構わぬのじゃ」
わらわがそう言う話をしておる間にモリエが組合長の執務室に差し入れする分、仕立屋に差し入れする分、ジーダルの宿に持って行く分、そしてここに残す分、とカツサンドを籠に詰めて仕訳しておるのじゃ。
見よう見真似で作った紙の容器でカレーパンもなのじゃ。
モリエは働き者で気が利く理想のお嫁さんか何かなのじゃ。ありがたいのじゃ。
「しかし、カレーパンのことを考えると以前聞いた<停時>の魔法具も気になるところなのじゃ」
調合師の婆さま等もそんな魔法の倉庫についてなんぞ言うておったのじゃ。わらわは収納空間があるゆえ本質的には不要なのじゃが保温が出来る魔法の出前用の箱なぞがあったほうが便利なのじゃ。
いや、待つのじゃ。純粋に保温のためだけであらばそのものずばり<保温>の祈祷を知っておるのじゃ。全く使わぬ為記憶から転がり落ちておったのじゃ、危ないのう。
<防寒>も実はものに掛ければ冷めるのを阻害できるのではないかとも思うのじゃ。今度忘れておらなんだら実験するのじゃ。
「とりあえず<保温>なのじゃ」
差し入れは温かく、なのじゃ。
「温度を維持する祈祷は覚えておることをすっかり失念しておったのじゃ。まあそれでも<停時>にも興味はあるのじゃが」
「ミチカちゃんのほうに時間があるとき魔法具の工房へ案内するだの」
「いや、全くなのじゃ。暇を作らねばの」
忙しすぎるのじゃが、やることとやりたいこととが積み上がっておるのじゃ。暇や退屈は人を殺すゆえやるべきことがあるのはよいのじゃ。そう己の中で無理矢理に納得を得て出発なのじゃ。
お読みいただきありがとうございました。