調合室を調理室にする勢いなのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いいたします。
明日はもう四月ですね。新年度もよろしくお願いいたします。
まずは下拵えのそのまた前段階なのじゃ。ゴリゴリと香辛料やドライハーブを挽き潰して粉にして行くのじゃ。
モリエにも薬研を一つ任せ、わらわは<回転>を駆使して薬研車をグルグル回すのじゃ。
「この回転させておる魔法は<回転>という祈祷で残念ながら生活魔法にはあらぬのじゃ。しかし、魔道具にする話は進んでおるのじゃ」
<洗浄>一つでかなり効率化されておるのじゃが、<回転>も気になるようであったのじゃ。そのあたりはエインさんに投げればよい話ゆえ少し宣伝しておくのじゃ。
「ただ、薬研車は想定しておらんかったのじゃ。頼んでおる混ぜ棒やなんぞが出来るならば構造的に薬研車も出来るゆえ、興味があらば組合長にエインさんを紹介してもらうと良いのじゃ」
「女神像の儀式や生活魔法は神殿で、魔法具は商業組合かい。まあ忙しない娘っこだよ」
全くなのじゃ。ちなみに鑑札的に本業は冒険者なのじゃ。
「神殿のほうは修道会のベルゾに話をすると良いのじゃ。後程紹介状を書くとするのじゃ。ほれ、アイラメさんはなにをぼーっとしておるのじゃ」
「えっ、はい。なんでしょう」
「かなり感覚的にやるのじゃが香辛料や香草を混ぜる割合を薬種薬草の処方として記録せねばならぬのじゃろ。なにを粉にしたかはちゃんと記録しておるかえ」
それが買い物に行かせなかったアイラメさんの仕事なのじゃ。ただし驚きで固まっておるのじゃ。
「婆さまが組合長と話しながらも見ておったゆえ訊いてくるのじゃ」
「は、はいー」
涙目になりながら婆さまに訊きに行っておるのを横目にわらわは土間に降りて竈の調節なのじゃ。多くの調合師が一気に作業することもあるゆえか竈は沢山並んでおるのじゃ。煮たり焼いたり揚げたりと各種こなすためにとりあえず四口を使うのじゃ。熾はあるゆえ<着火>は不要なのじゃが<微風>で一気に火の具合は上がるのじゃ。
ついでに豆類を水に入れ<経時>で戻して火に掛けたり、肉類も熟成具合を見ながら調整したりなのじゃ。<経時>をしておけば後はモリエに頼めるからの。
婆さまと組合長はクッションを敷いて座り、卓袱台で茶を喫すわふーなスタイルなのじゃがその婆さまの前で小さくなっておるアイラメさんが解放されたのじゃ。
「もう良いかえ、アイラメさん」
「はい、大丈夫です」
胸を張ってアイラメさんが応えるのじゃ。ゆったりとした長衣であまり体の線が分からんかったのじゃが、なかなかに豊穣たる丘陵であったのじゃ。まあわらわも今から育つゆえ妬心は抱かぬのじゃ。うむ、育つのじゃ。
「オレガノ、セージ、クローブ。少量の唐辛子。これを塩と混ぜてっと。あとは生姜と大蒜をすり下ろしたものなのじゃ。モリエ、これを一口大に切った豚肉によく擦り込んで串焼きにするのじゃ。香草豚の串焼きなのじゃ。ついでにちょっとばかり蜂蜜を肉に擦り込んで隠し味にしたものも作るのじゃ」
作業と指示出しをごちゃごちゃにこなすのじゃが、先に行程を整理して始めれば良かったのじゃ。テンションが上がったまま始めたわらわのミスなのじゃ。
以前にも同様のミスをした覚えがあるのじゃが、人とは同じ過ちを繰り返すものゆえ已むを得ぬのじゃ。うむ。
「バジルとエストラゴン、シナモンも少々。こっちは鶏肉用のハーブ塩なのじゃ。揚げ粉に混ぜてハーブ鶏の唐揚げにするのじゃ」
「大蒜と生姜は?」
「あったほうが美味しそうなのじゃが、豚にも使うたゆえ単調かの。塩を少な目に処方しておるゆえつけ塩を工夫するのじゃ」
「了解」
モリエはもはや安心感のある異世界料理人なのじゃ。異世界料理のつもりはあらぬのであろうがの。
季節的に少ないとはいえ流石に調合師錬金術師匠合だけあって生のハーブもあるゆえハーブサラダも準備するのじゃ。エストラゴンを白葡萄酢に漬けて<経時>なのじゃ。
オレンジピールをすり下ろしたり、緑茶の茶葉を薬研で粉にしたりはもう面倒になったゆえ見物しておった調合師見習いに任すのじゃ。モリエと違うて<洗浄>をこちら出かけてやらねばならぬのは面倒なのじゃがそれでもわらわの手は少し楽になったのじゃ。
「よし、ここからが本番なのじゃ。アイラメさん、きちんと記録を取るのじゃ」
「今まで本番じゃなかったんですか!」
「気分の問題なのじゃ」
モリエに任すための下拵え、といったあたりであったからの。
ここからがカレー本番なのじゃ。
<経時>で簡易熟成させたりするほか多少焙煎もするゆえ土間にものを運んでおるとお気楽な声が聞こえるのじゃ。
「すごい早さで動き回りますねえ」
「自分の手が早いだけじゃないさね。あの娘に指示を出しつつ三つの処方を進め、処方以外の作業もやってるね。頭の中がどうなってるのか見てみたいほどだね」
婆さまと組合長が茶を喫しつつ好き勝手に言っておるのじゃ。全く気楽な話なのじゃ。いや、わらわの現状はわらわが好きでしておることゆえ文句を言う筋合いはあらぬのじゃがの。
唐辛子が珍しい以上、辛さは控えめにすべきなのじゃ。そして買ってきてもろうたパンを付け合わせるゆえさらっとしたスープカリーのイメージなのじゃ。うむ、方向性の確認は済んだのじゃ。
胡椒もお値段的に余りふんだんには使えぬゆえキリッと香辛料が立った配合にはならぬのじゃが、方向的にやさしめで構わぬのじゃ。
唐辛子、大蒜、生姜、胡椒。クミン、コリアンダー、クローブ、ナツメグ。それにシナモン。前世の香辛料との同定はできておらぬ幾種類かの薬種も加えるのじゃ。あとは色の決め手の鬱金なのじゃ。
これらを一部は先に軽く焙煎して香りを立て、それぞれを薬研で粉にしていくのじゃ。これらを混合させるのじゃが、この段階の味見では完成した味を理解することが難しいゆえなんとなくなのじゃ。
この混合粉を<経時>で熟成させて、とりあえずはこれでカレー粉の完成なのじゃ!
カレー粉を炒めると折角の香りが飛ぶのじゃが、しかし香ばしく立つ香りは捨てがたいのじゃ。と言うことでわらわは最初に小麦粉とともに幾ばくかのカレー粉を炒めて、スープを加えてから残りのカレー粉を投入する派閥に属しておるのじゃ。
カレー粉を炒めたスパイシーな香りが漂いちょっとばかり陶然とするのじゃ。
「すごい匂いだね」
「わらわにはすばらしい香りなのじゃが、モリエ的にはどうじゃの? 慣れておらぬと悪しきものに感じたりもするのじゃ」
「平気、と言うかお腹が減る匂いだよ。不思議だね」
「ふふん。美味しいという体験が加われば美味しくてお腹の減る香り、になるのじゃ」
「楽しみにしてる」
「アイラメさんはわかるかえ?」
自家製のカレー粉は塩もダシも入っておらぬゆえ合わせるスープのほうをきちんと作らねばならぬのじゃ。本来インドカリーには入らぬ牛肉で構わぬのじゃ。この世界にインドはあらぬしの。
そう言った作業をしつつアイラメさんに尋ねてみたのじゃ。
「え、ええと」
「使ってる薬種の多くに共通して消化促進、健胃、整腸と言う効能があるね。だからその香りで腹が空くのも不思議ではない、とミチカは言っているのさね。アイラメは勉強不足だね」
「え、ええーっ!」
調合師の弟子というものも大変なものなのじゃ。
具材は水で戻した豆と牛肉くらいなのじゃが、まあ準備期間なしでは仕方あらぬのじゃ。最初はシンプルなほうがよいとも言えるしの。
マジョラム、パセリ、タイム、ローリエ、エストラゴンを適当に麻糸で束ねてブーケガルニにして牛肉と煮るのじゃ。ダシも別にとる手間をかけずぶつ切りにした牛肉それ自体に頑張ってもらうのじゃ。
<経時>を織り交ぜつつ灰汁を取ってブーケガルニを外し、塩加減をして豆と牛肉のスープになったところでカレーとの合体なのじゃ。
カレー粉と小麦粉を炒めた鍋にスープを入れていき、カレー粉もあわせて投入するのじゃ。
「はうー。ほんとにお腹が空くいい匂いですねえ」
とろみ具合なぞも見つつ煮詰めておると調合室はカレーの香りでいっぱいになってきたのじゃ。
それでアイラメさんが幸せそうなのじゃが、ほかの調合師等も良い表情なのじゃ。モリエや他商業組合陣は悪い匂いじゃないとは言うたのじゃが、調合師等ほどではあらぬのじゃ。おそらく薬種という形で香辛料の香りになれておる者とおらぬ者の違いなのじゃ。
モリエのほうの調理もほぼ済んでおるようなのじゃ。作り足すものはあるのじゃが後回しにして仕上げをして早速の実食に移りたいのじゃ。
そうなのじゃ。わらわももうすぐにでも食べたいのじゃ!
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