薬種問屋でミルケさんの実力を見たのじゃ
こんにちは。
昨日入浴後湯船から出たら立ち眩みで倒れました。痛い。
関係ない話はともかく今日もよろしくお願いします。
驚きのあった食材店から薬種問屋へと向かう道すがら染料商の店を見つけてちょいと覗いたのじゃ。ミルケさんの準備に染料は入っておらんかったのじゃ。イメージがなかったのであろうの。
各種染料も見て楽しいのじゃが、今回はさっくりと目当てのもののみを尋ねたのじゃ。結果として鬱金と紅花を得ることができたのじゃ。鬱金、ターメリックは薬種にもありそうなのじゃがとりあえず入手機会は逃さぬのじゃ。
紅花は食紅として使うためなのじゃ。きっと使い道は多々あるしの。
そんな寄り道をしつつ薬種問屋に着いたのじゃ。
目当ての店二軒はすぐ近所同士、と言うか調合師錬金術師匠合の建物の周辺に薬種問屋やハーブ店、そして調合師や錬金術師の工房とポーション屋が集まっており薬草臭い界隈を成しておるのじゃな。
まずはハーブ主体の店なのじゃが、季節柄生のハーブは少なく干したものが主になるのじゃ。
ドライハーブも処理の仕方で品質が相当変わるのじゃが無論良い品物が並んでおるし品揃えもなかなかのものなのじゃ。流石に商業組合ご推薦のお店なのじゃ、と納得が行ったのじゃ。お陰で食材のお店にあったものと併せてハーブ類は満足できる仕入れができそうなのじゃ。
これもごく僅かなのじゃがダンジョン産のものがあったり、わらわが知らぬ薬草があったりで興味深いものなのじゃ。ちなみに毒草なぞも扱っておるゆえか鑑札を確かめられたのじゃ。大分ねちっこく見られたゆえミルケさんがおってよかったのじゃ。
「狩りに行ったときについでに薬草を採集して来て売ったりする。もうちょっと勉強して判る薬草を増やそうかな」
「悪くない考えなのじゃ。薬草や毒草について書いてある図譜のようなものは協会の資料室にあるかのう。調合師錬金術師匠合の資料が閲覧できるのが一番なのじゃが」
「昔、村の婆に紙に薬草の絵がすごく細かなところまで描いてあるのを見せられて採ってくるよう言われた。ああいう紙をまとめた本があるのかバラで売ってるのかは知らない」
買った品物は一旦商業組合の倉庫で預かってもらい、わらわの倉庫の補修が終わったらまとめて運ぶこととなっておるのじゃ。各店舗で預かってもらっておいてバラバラに届くより集荷しておいて一括配送の方がよかろうとミルケさんが差配してくれたのじゃ。
そのミルケさんは現在わらわが欲したハーブ類の山盛り発注と商業組合への配送依頼なぞでお店の人とやりとりしておるのじゃ。で、わらわとモリエは吊されたハーブを眺めながら雑談、と言うわけなのじゃ。がんばるのじゃ、ミルケさん。
「品目数が多いから預かり票が少し面倒くさいですね」
「確かにかさばるのじゃ」
木札一枚に収まりきらず二枚目までぎっちり書いてあるのじゃが、食材店でも木札の預かり票がそれぞれ出ておるゆえかなり面倒なのじゃ。
「いえ、これとは別に組合倉庫で預かる上で内容的にはほぼ一緒の預かり票が出るので単純に二倍になります」
なんと! ちょっと衝撃を受けつつ預かり票を借りて品目を眺めるのじゃ。うむ、確かに品目数が多いのじゃ。
商業組合倉庫に届く商品の納品確認に使うものゆえ預かり票をミルケさんに返すのじゃ。そのうち二倍になって返ってくることも判ったしの。
「次の船荷とかお高いのを主に扱ってるお店で今日はお仕舞い?」
「うむ、そうなのじゃ」
そう話しながらすぐ近所の薬種問屋へ向かったのじゃ。しかし、ことは簡単に終わることあらざる運命ででもあるのじゃろうか、その薬種問屋で面倒なことになってしまったのじゃ。
入店してすぐは普通、と言いたかったところなのじゃがわらわのテンションが一気にあがってしまったのじゃ。
真っ赤な吊し飾りが入り口横にあったのじゃ。そう、唐辛子なのじゃ!
「これをあがなうのじゃ!」
思わず入店の挨拶を聞くより早くそう叫んだわらわを誰が責められよう、なのじゃ。わらわ以外の皆があきれた目でわらわを見ておったのじゃがそれはそれなのじゃ。
「お嬢ちゃん。それは綺麗に見えるんで飾っちゃいるが刺激物で取り扱い注意だぞ。食べると痛いし使い道を調べてくれるよう匠合に頼んでいる品物なんだ」
店主らしい男がそう語りかけてきたのじゃ。その店主らしいものは禿隠しなのか禿ゆえ寒いのか頭にぴっちりとしたキャップを被った痩せた初老の男なのじゃ。
「使い方も判らぬ物を置いておるのかや」
「この辺りは交易じゃ立場の弱い航路のどん突きだからな。船荷で来たもんは大概引き受けさせられるんだよ」
それで掘り出し物に当たることもあんだがな、と店主は笑ったのじゃ。
そう言った後改めて挨拶をした店主は名をモグドとか言うたのじゃ。そう言えば看板には『モグドリグシア薬種問屋』なぞと書いてあったような気もするのじゃ。
で、商談なのじゃが先程のハーブ店に比べて高級な店であるゆえ店先でのやり取りではあらぬのじゃ。応接室のような部屋に移動してそこに商品を持ってきてもらって話をすることになるのじゃ。まだるっこしいのじゃが店のグレードに見合ったルールであっては已むを得ぬのじゃ。
「で、荷として来たのであらば吊しておるものだけと言うこともあらぬのじゃ。まとめてあがのうて行くゆえ在庫を教えるのじゃ」
えっと短い声を上げた店主は驚きの表情のままわらわとミルケさんの間で見開いた目を彷徨わせたのじゃ。ほんにミルケさんが一緒に来てくれておって助かる話なのじゃ。
「使い方はわかっておるゆえ問題ないのじゃ。鑑札は薬種も扱えるようにしてもろうておるゆえそちらも問題ないはずなのじゃ」
確かめるが良いのじゃ、とわらわが鑑札を出すと驚きの表情を貼り付けたまま確認してこくこくと頷いておるのじゃ。疲れるのう。
わらわがどこぞのお嬢さまでモリエが護衛かお付き、で我儘で変わった趣味のお嬢さまに街の普段お嬢さまに関係なさそうなお店を商業組合のミルケさんが案内しておる、そんな風にでも思っておったのかのう。まあ確かにわらわはお嬢さまっぽいのじゃ。
「つまりお遊びや冗談じゃなく本当に買うって話なんだな」
探るような目つきで店主は訊いてきたのじゃ。高級店の店主にしては口が上品にあらぬのじゃが、貴紳の類やその召使いは薬種問屋に直接来ぬゆえこんなものであるのじゃ。茶問屋とは違う話なのじゃ。
「私が同道していることでも判る通り、ミチカさんのことは商業組合が保証いたします。で、その赤い実は使い道が判っていないとのことですのでいくら船荷だと言っても函でこの程度、小函しかないならこれですね」
この程度、と言うときなにやらミルケさんは片手で指の形を作りもう片方でそれを覆うように出しておるのじゃ。商人同士の符丁なのじゃの。
「いや、船荷だしこの辺りでは見ないんだから希少価値があるだろ。あるのは函で一つきり、他には同じように押しつけられた店が一軒あるだけだ。つまり今この辺りには二函あるっきりだぞ」
「ではそちらのお店で持て余しているでしょうからそちらに話を持って行ってもいいんですよ。押しつけられた荷で倉庫の場所を埋めておくか今ここで素早く換金できるか、と言う話ですよね」
「いやそうは言うがなあ」
こうしてミルケさんの厳しい交渉が始まったのじゃ。
「なんか、すごいね」
モリエの呟きにわらわも頷いたのじゃ。
わらわが買う気を前面に出しておった不利を感じさせぬ激しい攻めなのじゃ。対して店主は希少さを主張するのに他の店にもあるという情報を付けてしまう痛恨のミスなのじゃ。概ねミルケさんの優勢で進んでおるのじゃ。
しかし確かに今まで販売された実績のない品物の値付け、と言うものは重要で甘くはできぬものなのじゃ。以後の扱いに関する基準とまでは行かずとも参考にはなるのじゃからの。
ちなみにやり取りで使われておる函とは樽と並んである程度定型化されたコンテナなのじゃ。そして定量化されておるゆえ取引上の基準単位となるわけなのじゃ。
これも大昔、帝国によって施行された度量衡の遺産なのじゃが便利さゆえ海運以外でも使用されておるのじゃ。
函はざっと縦横が一二〇センチと六〇センチ、高さが三〇センチと言ったあたりなのじゃ。荷の揚げ降ろしが人力主体であることを考えると妥当な容量なのじゃが大函と言うものもあると聞いておるのじゃ。
樽は函に水を入れた場合の十二分の一の容量が樽。四樽分入るのが大樽と定められておるのじゃ。マーリィから習った折りには何とも思わなかったのじゃが一樽が約十八リッターで一斗樽、大樽は四斗樽なのじゃ。偶然やも知れぬが転移者か転生者であると思しき帝国初代のお遊びであろうと思うのじゃ。
お読みいただきありがとうございました。