オルンを呼び出すのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
緊張気味にこちらを見ておる子ども等を一旦置いておいてモリエに話しかけるのじゃ。気は逸らして行くものなのじゃ。
「モリエ。今日はオルンかガントは宿に残っておるかや?」
「多分。兄さんは協会の訓練場とかに出かけてても昼ご飯は宿に戻ってるはず」
確かにもうすぐ昼餉の頃合いなのじゃ。では、と更に訊くのじゃ。
「其方等の宿に空きはあるか判るかの?」
やりたいことが判ったのか、モリエは子ども等を見て答えたのじゃ。
「狭い部屋に六人まとめてになるのでよければ空いてると思う」
「わかったのじゃ。ありがとうなのじゃ」
モリエに礼を言うて改めて子ども等に告げるのじゃ。
「では早速最初の仕事なのじゃ。何でもすると申したのはその兄のみなのじゃが、余のものも連帯責任なのじゃ」
「ええっ、はい。えっと俺はコーズです」
慌てて皆が名前を教えてくれたのじゃが、正直憶えておく自信がないのじゃ。
妹はルッテ、馬耳の兄がソルゴで妹がアルミアーフェ。馬耳妹の名は長いのじゃが獣人の名付けがアルミでエの音で終わるこの辺りの女性名でアーフェなのじゃな。
残り二人の男の子がセッグとキーンで合計六名なのじゃ。
年齢はコーズとソルゴが十一歳で他四名は八歳と九歳で港の仕事に混じるにも少し小さすぎるのじゃ。あとやはりルッテは八歳にしては小さいのじゃ。
「うむ、わらわはミチカ、ミチカ=アーネヴァルトなのじゃ。ミチカでもマーティエでも好きに呼ぶが良いのじゃ」
一応モリエも名乗っておるのじゃ。つきあいが続くと見たのじゃな、聡いことなのじゃ。
「コーズの口にした約定に従って其方等はわらわに奉公することとなったと心得るのじゃ。代わりに食事と寝床は与えるのじゃが、それ以上は各々の働き次第ゆえ励むと良いのじゃ」
ぽかんと見ておる子ども等の頭に言葉が浸透するのを暫し待つのじゃ。
「きっとぐるぐる混ぜたりすることになる。頑張って」
モリエがそんなことを言っておる間にオルンに宿で部屋を確保してから一緒に来てもらうよう文を書くのじゃ。
その文をコーズに持たせて送り出し、他の子等には大して物を持っておらぬが持っていきたい荷物をまとめるように指示するのじゃ。
「兄さん呼び出すんだ」
「流石に文だけ持たせて六人送り込むのは無礼に過ぎよう。後頼みたいというか相談したいこともあるのじゃ」
きれいな石ころなぞの宝物を整理しておる子ども等を置いて空き地の方に一旦出るのじゃ。
「と言うわけでじゃ、ミルケさん。この土地をあがなうゆえその手続きを後ほど頼むのじゃ」
「はい、かしこまりました」
「かなり広いね」
「うむ。ゆえに馬車を置けるようにした方が良いかの、と思うたのじゃ」
馬車を置く、というのは馬も置かねばならぬのじゃ。格好としては箱馬車を置くとして、倉庫の中に荷馬車の荷車部分を置いておけば有用に使うことが出来るのじゃ。
「それでこの広さに合わせた建物の図面は手に入るかの」
「はい、それは問題なく」
一から作っても良いのじゃが、土地に合わせた建物を参考にした方が間違いがないのじゃ。まあ厨房の拡張やら倉庫への連絡通路なぞの改造が必要となるのじゃがの。
思ったより広かったゆえ倉庫内にも作業場を作る、子ども等の寝床も倉庫の内部に小屋みたいなものを建てる、なぞと計画を立てて行くのじゃ。
裏が水路に面しておるのじゃが、水路利用のルールがどうなっておるのかじゃの。
「イノシシ舟は無届けで使えますが、荷舟は登録が必要ですね。この水路の大きさだとイノシシ舟と呼ぶには少し大きくないかしら、位の荷舟を無届けで動かしてることが多いとは思いますが」
「イノシシ舟?」
「ああ、猪の牙みたいな形の小さな船ですよ」
ぽんと手を打つのじゃ。見かけたことがあるのじゃが、それ以上になんというか面白いのじゃ。猪牙と言えば江都とも呼ばれたお江戸で活躍した小型船なのじゃ。形もそれに対する表現も妥当ではあるのじゃが世界を越えた偶然の一致なのじゃ。
「荷舟は必要あらぬのじゃが、そのイノシシ舟は考えておくかの」
「うん。あまり使わなければ揚げて倉庫に入れとけばいい。私も兄さんも棹で動かす位は出来る」
そう言った話をしておるとコーズを伴ってオルンがやって来たのじゃ。
掛かった時間の短さからして城市内を巡っておると言う乗り合い馬車に乗って来たのじゃろう。
「おう、来たぜ。しかしまたでかい倉庫だな」
「わざわざ昼餉前だというのにすまんことなのじゃ」
軽く挨拶を交わしてミルケさんにも紹介をしたあと子ども等について説明するのじゃ。
「書いてあった通り部屋を借りて来たから大丈夫だ。<洗浄>が済んでるなら街の子どもなんか汚いとかなんとかは言わせねえし」
「頼もしいの、よろしく頼むのじゃ。熱を出して倒れておった女の子は祈祷で治療しておるのじゃが栄養が足りておらぬのが病因ゆえそのままならまた倒れるのじゃ。しっかり食べさせて暖かくさせねばならぬのじゃ」
これは子ども等にも聞かておかねばならぬのじゃ。ルッテ本人はあまりちゃんとわかっておらぬ様なのじゃが、お兄ちゃんに期待なのじゃ。
ルッテは八歳と聞いたのじゃが、病弱であるのかその歳より小さく見えるのじゃ。そしてしゃべり方なぞも外見相応で幼いゆえ少し心配になる系なのじゃ。
「ここに寝床を建てたあとにも使えるゆえ宿への帰り道で毛布なりの寝具も買うよう頼むのじゃ」
オルンに銀貨を預けながら頼んだのじゃ。一部屋に六人まとめて入る予定ゆえ宿の方に寝具はあらぬと思われるのじゃ。
「あ、あの! マーティエ」
「どうしたのじゃ?」
緊張したようにコーズが話しかけてきたのじゃ。
「あ、ありがたいのですが、そんなにしていただいて良いんでしょうか」
このコーズという男の子は微妙に丁寧なしゃべり方が出来るゆえ生粋の街の子どもというわけでもなさそうなのじゃ。
「働いてもらうと言うたのじゃ。で、あらば衣食住はその対価として最低限のことなのじゃ。そこの部分で吝嗇ろうとするような地回り風情とは違うのじゃ」
「すいませんでした。ありがとうございます」
なにやら少し泣いておるのじゃ。泣くほどでもないと思うのじゃがの。
「で、オルン。ここまでは頼みごとだったのじゃが、ここからは相談事なのじゃ」
「応、ミチカの相談事はなにか不安があるけどなんだい」
なにか失礼な物言いなのじゃ。今まで積み上げてきた実績から不安を覚えるのは当然ゆえ文句も言えぬのじゃが。
「馬車を置けるようにする予定なのじゃが、オルンは御者の鑑札を持っておると言うておったの」
「なるほど。御者として雇うか御者術をこの子ども等の誰かに教えるか、かな?」
「それも含めてなのじゃ。ガントには修道会で働いてもらっておるしモリエにはなんだかんだと手伝ってもらっておるのじゃ。ゆえにいっそ家が建ったら雪の椿全員で住み込みの護衛をしてみぬかの。御者なぞの専門技能についてはちゃんと上乗せするのじゃ」
「それは良い考え」
オルンより先にモリエが答えたのじゃ。
「確かにありがたいしいい話なんだが」
それに対してオルンは少し言い淀んだのじゃ。
「ああ、春になって、いやさそれ以前でも冒険者として依頼をこなす為留守にするのは構わぬのじゃ。わらわもおらぬ時は留守番を考えるべきではあるのじゃが」
「それもありがたいんだけどよ、そうじゃなくてさ。俺たちにばっかり都合が良すぎないか?」
そんなことを気にしておったのかや。
「むしろわらわの方が其方等を都合良く引き回しておる気がするのじゃ。そしてもっと都合良く引き回されることになるのを恐れた方が良いと思うのじゃがの」
「そ、そうか」
「なんにせよガントと双子等とも話し合っておくが良いのじゃ」
「わかった。でもサーデとマーセが賛成しない理由がねえし世話になると思うぜ。いや護衛として世話してやるさ」
「うむ。明日聞かせてもらうのじゃ。護衛部屋として部屋への希望も聞かねばならぬしの」
「ああ、じゃあまた明日な。おい、お前等。その小さい女の子は兄貴が背負え。先に宿で昼飯を食ってから毛布やら必要なもんを買いに行くぞ」
オルンがそう子ども等に号令して連れて行ったのじゃ。
「オルンは兄貴風を吹かせておるのが似合うのじゃ」
「そうだね。村でも小さい子から人気あったよ」
わらわがオルンの背中を見て言うたらモリエがくつくつと笑うのじゃ。モリエはなんだかんだで結構なブラコンなのじゃ。
そうやって笑いあったのち、少しまじめな顔をしてモリエはわらわに向きなおったのじゃ。
お読みいただきありがとうございました。