なんでもするって言ったよね、なのじゃ
ん?
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
病を癒す<平癒>の魔法陣が寝ておる少女の上で輝き、わらわは魔力の流れに少々の手応え、あるいは抵抗を感じたのじゃ。この抵抗がおそらく病の強さであって、これを魔力で押し切れば祈祷の完成となるのじゃ。これはなんと言うか感覚的な理解なのじゃが、更にもう一つ理解と言うか確信めいたものがついて来ておるのじゃ。
抵抗を一撃で押し切ることはわらわの魔力容量であれば実は容易いのじゃが、そうやって過剰に魔力を注ぐことは水風船に限界以上の水を詰めるがごとき行為なのじゃ。そう、水風船が弾けるがごとく魔法陣が砕け散ることになる、その確信を得たのじゃ。当然ながらこの感覚の正否を確かめるために他人の命をベットする気はあらぬのじゃ。
魔力を強く、しかしその強靱さは相手を吹き飛ばす力ではのうてじっくりと押し込んでいくイメージなのじゃ。押し返してくるような病魔の抵抗を押さえ込み更に押し込む、そんな魔力の扱いを暫し続けたのじゃ。
<治癒>に対する<軽癒>や<中癒>のような定量化された使い方を症状の重さに応じて使えればもっと楽なのじゃろうの。
しかし魔力を押し込むのもそう長くは続きはせんかったのじゃ。わらわの魔力が病魔の最後の抵抗を押し破った、その手応えを得たのじゃ。それと同時に魔法陣が一瞬強く光るや、魔力の砕片を散らしながら下降していき少女の身体と重なりながら消えていったのじゃ。
成功、のはずなのじゃ。
手を口のあたりに持って行くと吐息を感じるのじゃ。うむ、息に異音もあらぬのじゃ。手を額へともっていき触れると、あまり洗っておらぬ上熱が続いておったのであろう、少しべとつくのじゃ。いやそれも大事なのじゃ高熱も引いておるようなのじゃ。平熱は判らぬのじゃが先ほどまでの高熱とは異なるのじゃ。
「よし、なのじゃ。では寝ておると咽せそうなのじゃが、<洗浄>」
寝汗も大分かいておる様子でもあるし、最後の仕上げなのじゃ。
「けほけほ。なんでみず! えっ? ぬれてない。あれ、おねえちゃんだれ?」
少女は混乱しておるのじゃ。<洗浄>されて汚れが落ちるとなかなかの美少女、と言うほどでもにはあらぬの。まあ小動物的な可愛らしさなのじゃ。
「ルッテ!」
「ルッテちゃん! よかったあ。熱で体が熱いのに寒がるし、あたしもうどうしたらいいかわからなくて。ああん、よかったよお」
最初に声を上げた兄を追い越して馬耳少女が少女に抱きついて、わんわん泣いておるのじゃ。
病み上がりゆえあまり激しく揺するでない、と忠告しつつ乗り遅れた兄とその他のものと少し話をしてみるのじゃ。
「ありがとうございます、マーティエ」
兄以下他のものも口々に感謝を述べるのじゃが、不法占拠者として捕まっておることを忘れておるのではあらぬかの。
「先ず其方等に質すことがあるのじゃ」
少しきつめの口調で質していくのじゃ。最初が肝心ゆえの。
「ここにはどうやって入り込んだのじゃ?」
商業組合管理でわらわが買うつもりの物件であることを告げると住むところがなくなるということに愕然としておるのじゃ。そんな愕然とするほどきちんとした住処にあらぬのじゃが。こんな所、なんなら郊外に出て地面に窪みを掘って木の葉と一緒に潜る方がましまであるのじゃ。
「えっ」
「えっ、にあらぬのじゃ。良いところは風が直接当たらぬのみ、屋根に穴は開いておるし無駄に広いゆえ体温で暖まるのも難しいのじゃ。して、其方の才覚でここの窓が開いておることを見つけて入り込んだり、壁を登って屋根の穴から入ったりしたのかや?」
「いや、ケルグスさんに教えてもらったんだ」
「其奴は何者なのじゃ」
「ペーゼンさんのところの人で、港で働けばご飯がもらえるとかもその人に教えてもらったんだ」
ここで視線をミルケさんに向けるのじゃ。少し額に皺を寄せ考えて口を開いたのじゃ。
「ペーゼン氏は人足などの手配をする口入れ屋ですね。むしろ地回りに近いかと思います」
「ふむ、夜逃げの荷出し作業を請け負ってその折りに閂を抜いておったとかそのあたりであろうかの。それは兎も角なのじゃ、その対価になにか求められたかえ?」
「代わりにそのうち荷物を預かってもらうって言ってたけどまだ一度もそういうことは言われてないです」
それはどう考えても抜け荷か御禁制品なのじゃ。ミルケさんを見ると同じ判断らしく頷くのじゃ。
胡散臭さの増した話なのじゃが尋問は続けるのじゃ。
「それでそのケルグスとやらに病気の妹を助けてくれと頼まんかったのかえ?」
「言いはしたんですが薬は高いって」
ふむ、そこで食べ物でも差し入れてやれば一気に転がせるであろうに程度の低いチンピラなのじゃ。ちょっと悔しそうな顔をしておるがまあ十歳前後の子どもであらば足下を見られるのも已むなしではあるかも知れぬのじゃ。子どもの足元を見る大人の程度も知れたものであるのじゃがの。
「港湾協会でも言ってみんかったのかえ?」
ことと次第によってはあのタンクトップに苦情を入れておくのじゃが、と思ったのじゃが首を振ったのじゃ。
「勝手に紛れ込んで飯を食ってるから頼んだりできる筋合いじゃないよ」
どうやら気づかれておらんと思っておったのじゃ。吃驚なのじゃが所詮子どもの考えゆえ納得もできるのじゃ。
むしろ、ちゃんと話せば冒険者協会の子どもと同様に小銭くらいくれるかも知れぬのにのう。いやそのチンピラが自分の懐を痛めずに飯を食わせてやると言う恩義の押し売りをするにあたって黙って混じれ、と誘導したのじゃな。
確認するとどうやらその通りなのじゃ。
「なるほどのう。銅貨数枚程度を惜しむ程度の器のチンピラでは妹ちゃんの助けになるわけもないのじゃ」
わらわはラーリで経験済みなのじゃが、こういう男の子は調子のいいことを言う大物ぶったチンピラに騙されやすいものなのじゃ。洗脳解除とまた騙されることのないよう、相手の器がどれほど小さくそして自分らがどれほど軽く扱われておるかをしっかり教えておかねばの。
「さて、で、其方等をどうするか、なのじゃ」
勿体ぶって文節を区切りながら言うのじゃ。少し弛緩しておった子ども等がびくっとしたのじゃ。
本当はまだ商業組合の管理下ゆえわらわが勝手に決めて良いものにあらぬのじゃが、気にはせぬでおくのじゃ。
「其方は何でもする、己がどうなっても構わぬ、と申したのじゃ」
「えっ、うん。確かに言ったけど」
わらわはニヤリと悪い笑みを浮かべるのじゃ。
「悪魔が潜んでおって契約を結ぶ機会を窺っておるやも知れぬゆえそう言うことを言うべきではないのじゃ。そして其方には己で言うた通り働いてもらうとするのじゃ」
青い顔をしておる男の子は良いとしてミルケさんがくつくつと笑いをこぼしておるのじゃ。
どうしたのじゃろうか、と言うわらわの視線に応えてミルケさんが言うたのじゃ。
「商人は『寿命のある悪魔』って呼ばれてますよ」
悪魔がここにおったのじゃ!
「あら、鑑札を持ってるからお二人も仲間です」
わらわ等もじゃったのじゃ! わらわは目を丸くして驚いたのじゃが、それこそ契約めいたものを締結する前に確認を取るべくちょっと間を入れてくれたのじゃの。
「うむ。お使いに留守番の他子どもでも出来る程度の仕事はあるのじゃ。
教室やらが動き出せばそちらに投げ込んでも良いしの」
「その地回り連中と切り離せないと留守番はお勧めできかねますね」
「それはそうじゃの。まあ第一、いきなり全面的な信頼を以て働かせようと言うわけでもないのじゃ」
そう言って視線を子ども等に戻すと、抱きついてわんわん泣いておった女の子等も落ち着いてきておる様子で子ども等はちょっと不安そうにわらわを見ておるのじゃ。
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