おさらばなのじゃ!
お疲れさまなのじゃ。
本日更新二回目なのじゃ(2/2)。
楽しく読んで頂けたら幸いなのじゃ。
「ははっ 童話かよ。言うよ、俺はまだ死にたくない。いや消えたくない。どうせ死ぬならまともに死にてぇ」
泣き笑いしながらクードンはそう言ったのじゃ。手間をかけさせおって。
「ゴドノローア卿であっておるかえ」
「……。その通りだ。もちろん、本人に会ったことなんざないぜ。代理人ともフォルデンが話すだけで俺は黙って控えてるだけさ」
もったいぶって待たされたお返しにわらわの推測をぶつけたところ正解だったようなのじゃ。ふふふん。
ゴドノローア卿は王宮から派遣された特別交易監督官とかそんな感じの名前の役職の高位貴族なのじゃ。
わらわたちの住まうこの城市、イセンキョーから南へ向かう街道はヤーガトウム山脈を縫って険しい山道となり、抜けて大陸中央部、かつて大陸を統一した帝国の帝都が置かれていた地域へと繋がっておるのじゃ。
帝国時代、険しい山々と深い森に阻まれ人の行き来は難しく、そこに住まう各部族も中央とは言葉も風習も異なり勝手に戦を起こしては治まらぬ、と言う統治しづらい蛮族の住んでおった北方辺境がわらわたちの住む王国を含めた北方諸国群の祖なのじゃ。
帝国は滅んで久しいのじゃが文化文明の発展や流行は中央のそれぞれ帝国の後継を名乗る国々や早くから帝国の領域であった西方域から興り、発信されるのが常なのじゃ。つまり、南の街道は険しい山道ではあるものの文化を運んでくる重要な交易路でもあったのじゃ。過去形なのは船舶の造船運用その両方が発展した結果西方域との海洋交易が盛んとなり船より積載量で大きく劣る険しい陸路交易は衰退の一路を辿っておるからなのじゃ。
なのじゃがそれがまだ重要な交易であった頃に置かれた特別交易監督官などと言う役職が未だ生きておるのも不思議なものなのじゃ。
領主さまの頭越しに中央諸国との外交を受け持ち交易や流通に関して口を差し挟んでくる監督官は当然領主さまからは疎まれておるのじゃ。憎まれておると言ってもよいのじゃ。
数代前の領主が早逝し幼い嫡子が継いだ折りに王宮が弱みにつけ込んで無理矢理送り込んできた役職が臨時ではなく常任化しておる、と言う背景ではそれも当然なのじゃ。
今の領主さまが長男の嫁を隣国であるジープラント王国から貰うというかなり強めのメッセージを発したのに対して、ゴドノローア卿は自分の職域は南の街道を通じた中央との交易に限られておらぬと宣言し、東西の門と街道に関して管理の名目で手と口を出し始めたのじゃ。ある意味すごいのじゃ。
東の門は三つの城市を抜けて王都へと繋がり、西の門は二つの小さい城市を挟んでジープラント王国との国境へと通じておるのじゃ。ジープラント王国は北方諸国群の中で一二を争う強国で海洋交易でも重要な位置を占めておるゆえ、この城市を東西に突っ切る街道の重要性は物流に限らず外交軍事の領域にも及んでおるのじゃ。
マーリィから自分の住む城市の政治状況として講義を受けたのじゃが、改めて思い返してもなかなかすごいのじゃ。王宮とゴドノローア卿はなにを考えておるのじゃろうな。マーリィの講義は孤児は身が軽い、という利点だけは持っておるゆえ状況を見ては城市や国を移動することも視野に入れておくのですね、と締められておったのじゃ。これはわらわに、ではなく孤児全員に向けられたメッセージであったと思うのじゃ。
それはまあよいのじゃ。
この特別交易監督官殿は兵を持たぬのじゃ。流石に領主の城館がある城市に私兵を連れて入城することは許されておらぬ。これをごり押しすればここの領主さまだけでなく他の城市を治める領主さまたちの離反を招くおそれがあるゆえなのじゃ。
そして当たり前なのじゃが領主さまの騎士や衛兵を私用に使うことは出来ぬのじゃ。
つまり、ゴドノローア卿は金と権力がありながら私用であれば己の兵ではなく取引のある商会に命じて傭兵や冒険者崩れのチンピラを使わねばならぬのじゃ。
そうフォルデンに命じてクードンを動かしたように、なのじゃ。
また背景についてもマーリィが大陸中央から来た人間ぽいと言うことと特別交易監督官が同じく大陸中央の国々との関係が深いと言うことを関連づけて見てもよいのじゃ。
と言うことでこのゴドノローア卿をこの城市における最終的な黒幕とする推測はまあ当たって当然なのじゃ。
「んー、確証がなくとも始末しようかと思っておったのじゃが其方のおかげで裏がとれて気持ちよく始末をつけられるのじゃ。その前段階には思うところもあるのじゃが、とりあえず感謝しておくのじゃ」
ゴドノローア卿について考え、あるいは考えることを放棄して、んーっと伸びをしながらクードンに一応の礼を言ったのじゃ。屈伸は大事なのじゃが、単に体は十歳の子どもゆえ眠くなってきておるのじゃ。
「なあ、あんたほどの力があって頭も良くてさ。あんたなら魔女だとか変なことを言わずに力を踏まえた交渉でなんとか出来たんじゃねーか」
クードンはこう応えてきた。手下のチンピラどもやフォルデンのことを考えたのじゃろうか。しかし、根本から間違えておるのじゃ。
「わらわがせめて十二歳になっておれば、じゃな。其方は夜の闇に惑わされてわらわを大きく見ておるのじゃ。十歳の小娘が賢しらなことを言ったところで無駄なのじゃ、結局力で押し通すしかなくなるのじゃ」
それに、なのじゃ。とわらわは続けた。
「力を示してそれを前提に交渉するとした場合なのじゃが、まず力を示す必要があるのじゃ。そしてその対象は十中八九、其方なのじゃ」
そうわらわは笑って続ける。
「余のものは消え去らずに済むかも知れぬのじゃが、代わりに其方だけは消え去ることになっておったのじゃ」
「そ、そうか」
と鼻白んだように応えクードンはよろよろと立ち上がった。
「ラーリよ、手の革帯を解いてやるとよいのじゃ。しかし、明日正神殿に一緒に行くまで神殿の権利書は渡してはならぬのじゃ」
ラーリも少し眠たげにしておるのじゃ。
「ああ、わかってるよ」
「マーリィには相談して構わぬのじゃ。神殿のものは神殿に返してしまうのがよいと思ったのじゃが、マーリィは別の考えがあるかも知れぬゆえのう」
ちょっと息を飲んで吐き出す。
「それではここでさらばなのじゃ」
くるっと踵を返し、背中を向けて軽く手を挙げるのじゃ。
「アーネ! なんだよそれ」
足を止めるが振り向かないのじゃ。わらわの中のアーネが泣きそうゆえ。
「ラーリよ。『人消しの魔女』は荒野を流離うことになっておるのじゃ」
「じゃあ俺も」
「其方には神殿の権利書を持って行くという大事な仕事を頼んだのじゃ。それをよろしくお願いするのじゃ。では、な」
ラーリの言葉をぶったぎり、頼みごとを盾にして無理矢理話を打ち切ってわらわは歩くことを再開したのじゃ。
権利書をラーリに預けたのはわらわの英断だったのじゃ。
「あんな力のあることがわかったあいつが孤児院に残ったらよくねぇことを呼び込んじまうに決まってるだろ。今のお前じゃあいつを守ってやることなんぞ出来ねーだろ」
「…」
「うん、うん。そうだな。ならせめて足手まといにならないくらい強くなんな」
あれ? 背後で地上げをしてたチンピラの親玉がなんかいい奴風にラーリを励ましておるのじゃ。なんか釈然としないのじゃ!
では願わくばまた明日なのじゃ。