エインさんがやって来たのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
控えの間としても利用されておる食堂へまず戻り、わらわはそこで待つのじゃ。するとほどなくエインさんと息子さん、えーっとオズンさんなのじゃ、その二人がリーダに案内されて来おったのじゃ。うむ、わらわの方が迎えに行ってはいかぬ訳なのじゃ。
一緒にベルゾとガントも来たのじゃ。ベルゾはわらわの後ろに付いたのじゃがガントはそろそろ帰るゆえ代表して挨拶に来たとのことなのじゃ。
「うむ、わらわはもう少し用事があるゆえ一緒出来ぬがこれで酒場にでも行って親睦を深めるが良いのじゃ」
そう言ってガントに銀貨を十枚ほど握らせたのじゃ。
「えーっと、ミチカにお小遣いを渡されるのはなにか居心地が悪いですが、まあマーティエからなら仕方ないですね。でも多くないですか」
「ベルゾが連れて来おった二人はベルゾの知り合いゆえおそらく舌も肥えておるのじゃ。気をつけるが良いの」
ガント等には期待しておると言うより既に生活魔法伝授は分担してやってもらう予定なのじゃ。食事くらい奢るゆえ鋭気を養ってきて欲しいものなのじゃ。
「はぁ、残った分は明後日に返しますからね」
ガントもエインさん等を待たせておることが分かっておるゆえ余り食い下がらぬのじゃ。空気が読める男よな。ゆえにわらわもそのまま流すのじゃ。
「うむ、では明後日にの」
ガントを送り出してエインさんなのじゃ。
「ここではマーティエと呼ぶべきなのですな。ごきげんよう」
「エインさんは昨日ぶりなのじゃ。オズンさんは久しぶりなのじゃ」
「ほんの、えーっと四日ぶりなのですがお久しぶりです」
うむ、わらわ働きすぎではないかの。四日と聞いてそんな気持ちになったのじゃ。
オズンさんはなにやら布でくるんだ包みを持っておるのじゃ。
「作りが簡単なゴの試作が出来て来ましたので他の人の感想を得ることも考えリーディンに差し上げようと持ってきたのですが、よろしかったですか?」
包みについて説明するエインさんの口調も少し堅いのじゃ。余所行きという奴なのじゃな。
それにしてももう出来たとは驚きのじゃ。碁石自体は簡単で、盤面に線を引くのは盤上遊戯でも同様にマスが切ってあるゆえ既存の技術と言う奴なのじゃ。そう考えると、いやそれでもやはり早い気がするのじゃ。まあいいのじゃがの。
「アントバさんに時間があれば少し残ってもらうよう伝えてくれぬかの」
お茶を持ってきたマードにそう頼んでおくのじゃ。
「はい、かしこまりました」
「リーディンの盤上遊戯の遊び相手なのじゃ。碁を教えるなら相手にも教えておかぬとの」
「アントバさんと言うと港湾協会の理事のでしょうか?」
マードから向き直り説明するとオズンさんが驚いたように言うのじゃ。
「うむ。知っておるかえ、と言うかあちらもエインさんのことを知っておるようじゃったの」
「ええ、うちは交易商ですからな。馬車の荷だけではなく船荷も扱っておりますよ」
エインさんがそう答えるのじゃ。船荷を扱うと必然的に知り合いになるわけなのじゃな。
話題のタンクトップおじさんが控え室という名の食堂に戻ってきたのじゃ。流石に座ってばかりで肌寒くなったのか羽織っておった上着を着ておるのじゃ。とは言っても上着の前は全開で開けておるゆえタンクトップであることには変わりはないのじゃが。
「マーティエ、ご用事とお聞きいたしましたが」
戻ってきたタンクトップおじさんはわらわにそう言った後エインさんとも軽く挨拶を交わしておるのじゃ。
「少しだけ話題に出た気もするのじゃが従来の盤上遊戯とは少し異なる遊戯の道具をエインさんと作っておっての、リーディンに献じるゆえ遊び相手にも遊び方を教えておかねばならぬのじゃ。まあその程度のことゆえ暇なら付き合うが良いのじゃ」
「それは是非お付き合いいたしましょう」
満面の笑みでそう応えたのじゃ。今し方盤上遊戯で負けて来たのじゃろうにの。いやさ、勝敗は聞いておらぬが、まあその筈なのじゃ。
戻ってきたばかりのタンクトップおじさんには悪いのじゃが、聖務室が整ったらすぐに逆戻りなのじゃ。と言うか、タンクトップおじさんが喫しておった茶器と遊んでおった遊戯盤を片づけておる間が待ち時間に過ぎぬのじゃ。
案内された聖務室ではエインさんが老リーディンに長々と初対面の挨拶をするのじゃ。考えてみおると老リーディンは城市の正神殿の神殿長ゆえ、確かに偉いのじゃ。
ベルゾとオズンさんをそれぞれ補佐に二人が実務的な話をしておる間にわらわはタンクトップおじさんに碁を教えるとするのじゃ。
「それは儂が貰うたものじゃぞ」
「やり方を知っておる遊び相手も贈ってやろうと言うわらわの心遣いなのじゃ。感謝するがよいのじゃ」
老リーディンはなるべく働きたくないゆえ修道会に仕事を投げたがっておるのじゃが、働かないためにも最初に書類をいくつか作り契約を交わさねばならぬのじゃ。それくらい頑張るが良いのじゃ。ついでに言うならばリーダではなくベルゾが補佐についておるだけで大分楽なはずなのじゃ。
無論、修道会の収益から神殿への上納や寄付が行われるだけであればそう面倒ではあらぬのじゃが、生活魔法の魔法陣は神殿の財産であって修道会は神殿の委託を受けて仲介サポートを行う立場なのじゃ。この場合は魔法具工房から神殿の受け取るライセンス料などから修道会の方が報酬を貰うことになるのじゃ。
うむ、わらわも面倒くさいのじゃ。
「さて、説明は軽く終わったゆえあとは実際にやりながら確認するかの」
「ええ、わかりやすいのですが実際どういう風になるのかはまだいまいちですな」
わらわはタンクトップおじさんに碁のレクチャーなのじゃ。
「駒を取る従来の遊戯と根本の部分が異なるからのう。敵駒を討ち取る合戦と領地を囲って取る戦争の違いなのじゃ」
「将と王の違いと言ったところですか。いや、これは不敬な物言いですな」
碁を打ちながら話しておるとこの筋肉でタンクトップという姿ながらなかなかに頭がよいことが分かるのじゃ。確かにそうでなければ老リーディンの遊び相手も出来まいの。納得なのじゃ。
「盤上遊戯の立体的な駒は魔物の角や石材から削り出さねばならぬのじゃが、この丸い石駒であれば蛤のような肉厚の貝殻から抜けるのじゃ」
「なるほど、それは港湾協会に言っていただければ何とかしましょう」
「貝の身の方もわらわが買い取るゆえ試作できるようあちらの話が終わったらエインさんと話してみるのじゃ」
「はい、しかし中々におもしろいですな。まだ始めたばかりですが」
「簡単に見えるものの中にこそ奥の深さがあるものじゃわい。さあ席を替わるんじゃ」
いつの間にか話を終えてわらわの後ろから見ておったのじゃ。
「貝殻の話も聞いておりましたので、それは後ほど話を詰めておきますよ」
「総長の署名や押印が必要な部分がありますのでマーティエはこちらに」
老リーディンと席を替わり、老リーディンに教える役目はタンクトップおじさんに託してわらわは書類仕事なのじゃ。
「羊皮紙なら切れてはしまわないと思いますから、ちょっと使ってみますか?」
ベルゾが自分のペンをくるりと回して柄をこちらにして差し出してきたのじゃ。おお、魔力筆なのじゃ。
「よいのかえ?」
魔力印章は最初に魔力を通した者にしか使えぬと聞いたのじゃが、魔力筆は構わぬのかと疑問を覚えたわらわにベルゾはああ、と軽く笑って説明してくれたのじゃ。
「正規の印章は魔漿石で出来ているので自分の魔力以外を流させるわけには行きませんが魔力筆はもっと単純な構造ですので大丈夫です。まずご覧ください」
「ほう、見事なガラス細工なのじゃ。この精緻さは西方産かのう」
受け取ったわらわは思わず嘆息を漏らしたのじゃ。ペン先から軸まですべてガラス製のペンで繊細なガラス細工になっておるのじゃ。そしてペン先から軸へと細い金の線が入っておるのが魔力筆の秘密なのじゃろうの。
魚が軸を泳いでおるようなガラス細工に金の線で波を入れておるゆえ金銭も含めて細工なのやも知れぬがの。
「ええ、サーマツィーア製です。北方諸国群でもベルフォンク王国が頑張っているようですがガラスの技術はまだまだですね」
「それでも板ガラスを西方域からの輸入ではなく北方諸国群内の取引で済むようになったのはありがたいことですな。質はまだまだですが」
碁の方も気になる様子を見せておったのじゃが、魔力筆をわらわから頼まれておることもあってエインさんはこちらを見ておったのじゃ。代わりにオズンさんを碁の方に張り付けておるのじゃ。
と言うか流石に吃驚なのじゃ。
「なんと! 板ガラスが自給できておらんかったとは驚きなのじゃ」
わらわの育った孤児院で窓にガラスがはまっておらず木の板であったことは極端な節約ではなかったのやも知れぬの。今にして知る真実なのじゃ。
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