髪油は椿油がよいのじゃ
こんにちは。
相変わらず進行が遅過ぎる気がする昨今ですがそんな中いつの間にかブックマーク100件越えておりました。深く感謝致します。
これからもよろしくお願いします。
「エッツェさんだけで大丈夫かしら。私もついて行った方が……」
「大丈夫ですよ、お義母様。任せて下さい」
買い物の引率でこの言われようなのじゃ。納得いかぬのじゃ。
「あ、ミチカちゃん。ちょっと気になってるんだけど」
「なにかの? リーエさん」
嫁姑の会話を止めてエインさんとの話に一段落付いたわらわに話しかけてきたのじゃ。
「<洗浄>している以上に髪が綺麗ね。<洗浄>したら汚れは落ちるけどこんなに艶々にならないわ」
「ああ、椿油で手入れをしておるのじゃ」
<洗浄>後メイドさんに椿油と木の櫛で髪の手入れをして貰っておるのじゃ。えっへん。
木の櫛の素材はおそらくツゲの一種なのじゃ。細工物に適した木材じゃからの。そして油で髪を手入れするのにも最適なのじゃ。
「<洗浄>は髪が綺麗にはなるのじゃが髪の油なぞも流されてしまうゆえ良い油と木製の櫛を使って手入れをすると良いのじゃ」
「そうなのね」
嫁姑にセイジェさんも加わって聴いておるのじゃ。まあ美容の話は今日本来のコンセプトから離れてはおらぬのじゃ。
「椿油と木の櫛を、そうじゃの木の櫛にはなにか特徴的な文様を付けてじゃの、<洗浄>の魔法具を買う奥様方に差し上げるのはどうじゃの」
「売るんじゃなくて差し上げるんですか?」
エッツェさんの素朴な疑問なのじゃ。
「<洗浄>だけで充分綺麗になるゆえ更に買わせるのは難しいのじゃ。しかしの、椿油と木の櫛を貰えば使うのじゃ。使えばよいと分かるゆえ」
「次からは買いたがるのね」
リーエさんが頷きながらそうまとめたのじゃ。
「椿油を使っておるのは髪に付けるに良い油だからなのじゃ。品質の良いものであらねば継続的に売ることは難しいと思うのじゃ」
「正しい商売の基本じゃな。良い商品だからこそ買い続けてくれるもんだ」
聞いておったエインさんがそう言って笑んだのじゃ。良い父上だったのだな、とか言われて少し罪悪感を感じるのじゃ。いや、アーネの父については実際のところ分からぬのじゃがミチカの父さまは良い父上だったゆえ嘘ではないのじゃ。
「そしてそれは仕入れが出来て初めて商売としての完成だの」
「モリエ等の故郷は椿の木に囲まれておると聞いたのじゃ。双子等は故郷に帰る気はなさそうだったのじゃが、伝手としては使えぬのかの」
「私たちの父さんは死んでなきゃ元気に狩人してると思うよ。油を絞るのは村で使う分くらいだけやってたけど売れるとなれば村の人みんなやるんじゃないかな」
「ふむ、オルンくんに指名依頼を出して護衛をして貰ってわしが行こう。まあ工房の方が少し落ち着いてからになるがの」
「あっ、お気遣いありがとうです。でも双子たちも仕事なら気にしない。実家には泊まらないと思うけど」
ああ、オルン個人に頼むというのは帰りたくない双子に気を使ったのかえ。流石に老練の商人なのじゃ。
「んっと、別に込み入った話があるんじゃなくて、ガンと双子たちの父親が亡くなった後母親と再婚した男がロクデナシ。そいつがマーセの体をまさぐったのがサーデとマーセが見習いの年齢になる前に村を飛び出してガンのとこに転がり込んだ理由」
全くのロクデナシなのじゃ。
「そんなのでも槍で突き殺すと障りがあるゆえ双子等は連れて行かぬ方がよかろうなのじゃ」
「そうだね。兄さんやガンも行くならやっちゃわないよう釘を刺しとくべきかもね」
ちょっと笑い声があがったのじゃ。
「櫛は木製と言うたが、金属は油と馴染みにくい気がするからなのじゃ。牙や角の櫛ならそれはそれで構わぬ気もするのじゃが、普通安くに質を揃えて準備するには木製がよいと思うのじゃ」
「そこは私とエッツェさんで試しておくわね。油の方も」
リーエさんからはやる気を感じるのじゃ。
「油はのう、固めて逆立たせたいというのでもなければ獣脂は止めておいた方が無難なのじゃ。他はいろいろ試して良いものがあったらわらわにも教えて欲しいものなのじゃ」
「ええ勿論」
「男の人は正式な場に出るときはどうせ鬘をかぶるからいまいちありがたみが分からないんですよね」
エッツェさんがボヤくのじゃ。しかし、巻き毛の鬘をかぶるのは上流階級ゆえなのじゃ。いや中流以下の男性諸氏が身だしなみにそんな金を使うとも思えぬゆえそう外れたボヤきでもないのじゃな。
エインさんとリーエさんもちょっと困った風ゆえ二人の息子でありエッツェさんの旦那であるオズンさんが余り身なりに構わぬ人なのじゃな。
ま、ご家庭の問題に口を差し挟むのは野暮なのじゃ。
話すことが多かったゆえ軽く昼食を摂ってからの出発になったのじゃ。
料理人がエインさんたちの話を聞いて試行錯誤しておるらしく鱒の焼き干しでダシを取ったスープとオープンサンドなのじゃ。
エインさんはまだまだと言っておるのじゃ。実際まだまだなのじゃが将来的にはこういう料理人が育っていろんな料理が生み出されるやも知れず、それは楽しみなのじゃ。
わらわは前世の記憶に依っていろいろと代用品を考えたり再現を行ったりしておるのじゃが、料理における自由な発想となると逆に前世の記憶が発想の幅を制限してしまうのじゃ。
熊さんを初めとしたこの世界の料理人が新しい料理の地平を切り開いていくはずなのじゃ。わらわのもたらす前世の調理技術がその呼び水になるとよいのじゃが。
と言うことでわらわの料理を意識して作られたものの調理方法の差異なぞを指摘するのは進化の妨げになる可能性があるのじゃ。しかし、己の利益が優先なのじゃ。
「この、野菜のサラダの上にほぐした鶏肉をおいてドレッシングをかけておるのはわらわが以前作った蒸し鶏を意識しておるのじゃろうが、茹でておるようじゃの」
ドレッシングの工夫は褒めつつ、この辺りでは蒸すという調理法が余り使われておらず蒸し器がないゆえ以前は代用品で蒸したことなぞを伝えるのじゃ。そう、道具屋に依頼して蒸し器を作って貰うのがわらわの利益なのじゃ。蒸し器を貰う代わりに蒸す料理をいくつか伝えるつもりゆえエインさんにも利益はあるのじゃ。
「商業組合にルセットを売る話なぞをしておるゆえ何の道具か秘して作ってもらった方がよいかも知れぬの」
「ああ、その辺りは任せて貰おう」
やり取りと共に昼餉は終わり、デザートとお茶が出てきたのじゃ。
「ほう、揚げドーナツじゃな」
わらわが以前に作ったのを真似たようなものなのじゃがベリーのソースが添えられておったりするのは料理人の工夫なのじゃ。それは良いのじゃがやはり堅いのじゃ。
あと良いとは言ったのじゃが、工夫するという姿勢に対してであって揚げたドーナツにベリーのソースは弱すぎるのじゃ。
「揚げドーナツを作ったのは旅先であったゆえ工夫ができんかったのじゃ。そうよな、生地にパン種を混ぜて膨らませれば口当たりは良くなると思うのじゃ」
重要な情報を伝えておくのじゃ。
しかし、わらわは前世でベーキングパウダーを使った記憶しかないのじゃ。パン種でも何とかなると思っておるのじゃが、己でも研究してみる必要があるのじゃ。
他、ベーキングパウダーを使うものは多々あるゆえそのあたりもパン種による代替を要検証なのじゃ。蒸しパンやスコーンなぞもそうじゃの。
前世の菓子について思いを馳せると父さまのことやお菓子をねだる弟等のことを思い出すのじゃ。しんみりなのじゃ。
「料理人にもさっき頂いたお菓子を分けたから、きっと奮起して頑張るでしょう」
まあ揚げドーナツは美味しくないわけではないのじゃが、満足いく出来でもないゆえその判断も仕方ないのじゃ。
「ミチカちゃんは商業組合と取り引きするって言ってるけど早めにミチカちゃんの料理を出すお店が出来て欲しいわ」
「その折りには工房に出資した代わりにエインさんにも出資して貰おうかの」
「あらいやだ。この人じゃなくて私が出すわ」
リーエさん結構本気の顔なのじゃ。
面倒くさくなる前に仕立屋さんに出発なのじゃ!
お読みいただきありがとうございました。