双子等の修行なのじゃ
こんにちは。今日もよろしくお願いします。
お、浜があるのじゃ。浜には小舟があり網のような漁具が木製の台に掛けてあるゆえ漁師もおるのじゃな。
その先の方にはなにやら建て屋が建っておって浜で作業をしておるものもおるのじゃ。
「あれは塩を作ってるんだよ」
「ほう、珍しいのじゃ」
「マインキョルトがすごい勢いで大きくなった頃、いろんなものが品不足で高くなったんだって。塩もそうなんだけど塩は困るよね、ってことで海から塩をとる方法を知ってる職人を異国から招いたって話だよ」
ふむふむ。今までに使った塩は基本的に岩塩だったのじゃが、海塩も味見しておかねばなのじゃ。
「もうちょっと離れたところに漁村があるんだけど、そこの浜で漁をしてるのはマインキョルトで暮らしてる人なのかな」
「詳しいのじゃな」
「この街道を四日歩いたあたりの宿場で街道を外れて南の方へ行く田舎道を二日くらい歩けば私たちの故郷だよ」
「なるほど、故郷へ続く道なのじゃな」
「うん。でも帰ることはないかな」
「帰る気はないね。懐かしくない訳じゃないけど」
見習いの年齢になる前に兄を頼って故郷を出てきたという双子等にはそれなりの事情があるのやも知れぬの。この双子等ゆえないやも知れぬのが侮れぬところなのじゃが。
「ふっふっふ」
双子等が不敵に笑い声をあげて槍を背中から外して構えたのじゃ。とは言え修練ゆえ穂先には鞘をつけたままなのじゃ。
少し街道を離れるとそこは痩せた林程度しかない土地なのじゃ。耕作地に向いておらぬのじゃろうの。あるいはそこの林が海風を遮る防風林で向こう側には畑があるのかの。
なんにせよ双子等が走り回るのに問題のなさそうな土地なのじゃ。
「いっくよー! <早足>」
「<早足> いっちゃうよー!」
双子等は槍を構え、<早足>を魔法名のみの短縮発動で実行して走り出したのじゃ。
「うわっ。あぶな」
「とまま!」
勢いよく走って交差する動きでぶつかり掛け、槍を仮想の的へ突き出す動きと下半身の動きが連動できずつんのめっておるのじゃ。
少しハラハラしながら見ておると直ぐに適応した動きに変わってきたのじゃ。若いとはいいことなのじゃ、いやさわらわの方が若いのじゃがの。
うむ、前世の分の年齢を足せと言われてもおそらくジーダルより若いのじゃ。大丈夫。
双子等はすっかり慣れた様子で上手に位置替えを行い、<早足>の速度の乗った突きを見せておるのじゃ。速度を乗せた真っ直ぐな突きだけでなく走りながら軽く何度も繰り出す刺突も行っておるのじゃ。上手いものなのじゃ。
「ううむ、上手いのじゃ。双子等には戦闘の勘というものが備わっておるようなのじゃ」
「そうだね。どっちにも言わないけどもう既に兄さんより強いかもって思ってる」
モリエよ、確かにそれはどちらにも言ってはいかぬのじゃ。モリエが兄であるオルンの実力に存外厳しい評価を与えておることを知ってしまったのじゃ。
話しておると双子等が戻ってくるのじゃ。
「どうだったー?」
「<早足>の効果が切れたー」
「最初の方の課題を確実に解消しておって良いことなのじゃ。<早足>の魔法陣はなかなか奇麗にできておったし、魔力的にも問題はなさそうじゃの」
「ミチカにかけてもらったのよりは大分遅いけどね」
「ミチカちゃんにかけてもらったのほど長続きしないけどね」
まあそれは仕方ないであろうの。一応助言はしておくのじゃ。
「魔法陣をはっきりと形作るだけで効率は良くなるのじゃ。まあ祭文をキチンと祈祷するのが一番なのじゃが」
「あ、あたし覚えてるよ。てぃくと てぃくと てぃっつ てぃくとって歌みたいだったから」
マーセの記憶力はすごいのじゃ。
「まあ歌で合ってるのじゃ。<早足>の祭文は立ち止まることのない神とも呼ばれておる伝達と伝令の神へと捧げる祈祷での、走るような拍子を打ちつつ謡うのが本当なのじゃ」
「ほえー」
「ほえーではないのじゃ。まあ意味を教えるゆえ、それに合わせて魔力を魔法陣に注ぐのじゃ。いや、まず魔力の流し方が出来ておらねばならぬのじゃがそれは大丈夫かの?」
「兄ちゃんに言われて練習したー」
「自分の魔力の流れがわからないと戦闘で使っちゃダメだってー」
「うむ、流石ガントなのじゃ。では意味を教えるゆえマーセはゆっくり謡うのじゃ」
「走れ 走れ
疾く 走れ
走るものに 加護あれかし
走れ 走れ
走れ 長く
伝令の神よ 我は讃える」
マーセの歌に合わせて意味を伝えていくのじゃ。まあ本当に簡単なのじゃ。メモ用の木の札を一枚出しながらマーセに確認をとるのじゃ。
「分かったかえ? 簡単な歌なのじゃ」
「うん、分かったよ」
「次は魔法陣で説明するのじゃ」
木札に<早足>の魔法陣を魔力で焼き付けて見えるようにしたのじゃ。
「での、『疾く 走れ』の部分に対応しておる魔法陣の構成部分がここなのじゃ。ゆえに祭文のその部分を歌うところでここを意識しつつ魔力を注ぐのじゃ」
魔法陣を指でなぞりながら説明するのじゃ。
「う、うん。やれるかな」
「やれると速くなるのじゃ」
「やるよ」
素早い反応なのじゃ。現金なのじゃがそうであってこそ学べるものもあるのじゃ。
「意味で考えれば分かろうがの、『走れ 長く』の部分がここでの、魔力を注げば持続時間の向上と疲労軽減が強く働くことになるのじゃ」
「では最初はわらわと一緒に祈祷してみるのじゃ。魔力を注ぐのが解りやすいよう、わらわの魔法陣は見えるようにしてやるゆえ見ておくのじゃ」
「わかったよ!」
「走れ 走れ ……」
わらわは魔法陣を光らせて可視化しつつ目の前で構築するのじゃ。
うむ、マーセもそれを見ながらちゃんと祈祷できておるのじゃ。
「<早足>!」
発動するやマーセは走り出したのじゃ。効きすぎかもなのじゃ。
元から落ち着きがないだけかも知れぬのじゃが、兎に角走り出したくなるような走行意志鼓舞、みたいな効果もほんのちょっとだけ<早足>の中に含まれておるのじゃ。
「確かに速くなってるよ! 続く具合はまだ分からないけど! あーっと伝達と伝令の神様ありがとう?」
「うむそうじゃの。しかし己の魔力の量には気を配るのじゃ。生活魔法とは言え強化して使っておる分は余計に掛かっておるからの」
祭文を意味が分かった上で歌っておるし魔法陣の洗練度も上がっておるゆえ魔法自体の完成度が上がっておるのじゃ。
「あ、あたしも覚える! 手伝って!」
サーデが慌てておるのじゃ。
「私は今の<早足>に別に不満はないけど面白そうだし覚えようかな」
「ではもう一つ木札に魔法陣を描いてじゃの、意味の方を書き込むゆえそれを見ながらマーセが歌うのを聴いて覚えるのじゃ」
「うん、がんばる」
短く簡単な祭文ゆえそう手間は掛かるまい、と思っておったのじゃが日頃記憶する行為をマーセ任せにしてきておったサーデが苦戦しておるのじゃ。教えておる、と言うか手本役のマーセも飽きてきておるのじゃ。
ちなみにモリエは既に出来ておるのじゃ。
「モリエとわらわが買い物に行く時刻までに覚え切れたら褒美をやろうかの」
「お、甘いもの?」
餌で釣るかの、と思ったのじゃが食いつきがよいのう。
「違うのじゃ。魔法を一つ教えてやるのじゃ」
「えーっ。甘いものじゃないのー」
「<早足>との相性がよい魔法なのじゃ。そして其方等なら同時に使える程度の魔力しか要さぬのじゃ」
「ええっと」
「百聞は一見に如かざるのじゃ。ちと使って見せようほどに」
<早足>はさっきマーセと一緒に祈祷した効果が残っておるゆえ<跳躍>の魔法陣を脳内で構築し、あ、この場はちゃんと祈るべきであったかの。まあ良いのじゃ。
「わらわほどの効果を出すのは難しかろうがの」
と前置きをしおいて低い跳躍を混ぜた高速移動とその速度を乗せたチャージの型を見せるのじゃ。槍を借りれば良かったのじゃ。
人の頭上を飛び越すような跳躍からの落下攻撃や同じくジャンプで飛び越して後ろに回り攻撃するカンフーアクションめいた動きも見せるのじゃ。
<早足>の加速効果で一歩の踏切で<跳躍>出来るだけでもかなり無茶な使い方が行えるようになるのじゃが、跳躍中の速度も速くなっておる気がするのじゃ。<早足>は移動速度をあげるのやも知れぬの。夏に一度<早足>状態で泳いでみるべきかの。夏まで覚えておるかは分からぬのじゃが。
感想を聞こうと三人を見ると口をぽかんと開けておるのじゃ。
「これが<跳躍>なのじゃ。<早足>との組み合わせで立体的な動きを可能とする祈祷なのじゃ!」
「すごーい! あたしもつかいたーい」
「つかいたーい! と言うかサーデ、覚えきれなかったら姉とは言え締める!」
「槍なんかを持って上から突けるなら強そうだね」
サーデへの詰め込みを再開した双子等を見ながらモリエがそう言ったのじゃ。理解が早いのじゃ。
お読みいただきありがとうございました。