材木置き場なのじゃ
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冬の朝は寒いのじゃが、空気が美しい気がするのじゃ。とは言え前世と比べれば常に空気が美しいゆえ特別な気持ちは薄いのじゃ。
港の方、北へ上り船荷などが通る太めの街路を歩くのじゃ。港も見て楽しいのじゃが、その周辺というものも興味深いのじゃ。
船荷を扱うような商会や倉庫が多いのじゃが、船員相手の店もあれば船具や漁具なぞを扱う商店もあるのじゃ。そういった街並みや港を見ながら歩み、街の外れが近づいてくると造船関係の工場や資材置き場も増えてくるのじゃ。
材木は船の材料だけでなく建材もあるのであろうの。
ふと、積んだ材木の上に腰掛けてパイプを吹かしておる初老の男と目が合ったのじゃ。
軽く会釈して、ついでにちょっとばかり質問するのじゃ。
「チークやマホガニーは南方の材ゆえこの辺りにはなさそうなのじゃが、ここではどういう木材を扱っておるのじゃ?」
「確かにチークの船を見ると北方の船が西方船を越えるのは難しいって気持ちになるな。とは言ってもこの辺りの楢材も悪くないぞ。一番見る檜は建材にはいいが船には微妙だがな」
楢は確かに悪くないのじゃ。家具によし船によしなのじゃ。そして木炭にしても美しいのじゃ。
「胡桃や楓もあるぞ。そう多くは扱っておらんがな」
「ふむ、鋸引きした時の木屑はどうしておるのじゃ?」
「焚き付けに使うって奴にやったりするが大抵は捨ててるが、どうかしたのか?」
「種類を分けて取りおいてもらえんかの。楢と胡桃と楓あたりでの。種類を分けてもらう分きちんと代価は支払うのじゃ」
「えっと、なんだ、その」
「おっと失礼したのじゃ。幼く見えるじゃろうがの、この通り商業組合の鑑札も貰っておるゆえ組合の口座を通した取引でも大丈夫なのじゃ」
わらわは胸元から革紐を引っ張り出して鑑札を見せるのじゃ。確かに子どもにいきなり取引を持ちかけられても困ろうことなのじゃ。
「ど、銅の板かよ。お嬢ちゃんなにもんなんだ」
「重ねて失礼、わらわはミチカなのじゃ。まあ、鋸屑とは言うたのじゃがもう少し大きな砕片であればもっと助かるのじゃ。しかしそれは上手く使えたらの話なのじゃ。先ずは試しに一袋ずつお願いしたいのじゃ」
「いやまあ、捨てるんだからもってっていいんだが」
「いかんの。商売になるやも知れぬのじゃぞ。ゆえにわらわは金を出すし代わりにそちらに種別を分けて袋に入れて欲しいのじゃ」
「仕事ってわけか。なんかよくわからんがこっちには損がねえ話だ」
損がないような取引話から詐欺に持って行くこともあろうがの。まあそんなことはせぬのじゃがわざわざ言うたりもせぬのじゃ。
「取引の相手は其方でよいのじゃな」
「ああ、店の仕事の方は大体息子に譲ってるが一応俺が主だな。材木問屋のリッグズ商会のバルンデットと言う。と言うか最初から俺を取引の相手になると思って話をしてたよな?」
「その木のパイプなのじゃ。素焼きの土のパイプでも葉をあがなえるだけの者であるのじゃが、それの素材はなんなのじゃ?」
「ああ、これは耐燃性の高い火炎樹妖の根っこをよく磨き込んで作ったものだ。そうだな、材木問屋の主でなければ好事家の金持ちくらいか、こんなものを吹かしてるのは」
ふむ、変わった色と木目じゃと思ったのじゃがやはり前世のパイプの材料のブライヤではないのじゃな。あれも少し南の方の植物じゃったと思うのじゃ。
「そういう妖木の類の材木も扱っておるのかえ?」
「あんまりな。ちゃんと植林した山ならそうあたらんよ。森から切り出そうとするとある程度混じっているようだがな」
確かに木妖を育てる物好きもおるまいなのじゃ。
「材としては悪くないが数が揃わんから難しいんだ。杖の素材として売れる程度で材木問屋として扱うにはなあ。もし総木妖材の船でも造れれば頑強さは普通の材木とは比べものにならんものになるとは思うけどな」
そう言って笑ったのじゃ。
聞くと伐採にも問題があって木こりが怪我をしたら仕事が滞るし冒険者を雇うと経費が掛かるそうなのじゃ。
いや、収納空間内に深暗の森を突っ走った時に取得した木妖がまだ入ったままなのじゃ。材木としての質がよいのであれば後で解体して木材化しておくかの。
「まあしばらく袋に入れて置いておいて貰うのじゃ。いや、宿の方に預かって貰うか商業組合の者に取りに来て貰うかするやも知れぬの。とりあえず書面と預かりと、前金をやり取りするのじゃ」
「お、おう」
なにやら高すぎないかとか言うておるのじゃが、そこは押し切って契約なのじゃ。もし商売になったときの基準となる先例なのじゃ。買い叩きが基本となってはよくあらぬのじゃ。
ふと気づくとモリエ等が呆れ顔でこちらを見ておったのじゃ。
うむ、失敬したのじゃ。では外に行くかの!
「また変なことしてたー」
「木屑なんに使うのー?」
「木屑にお金を払うのがまずよくわからなかった」
質問には答えておかねばならぬのじゃ。
「まず使い道は保存用の肉の加工なのじゃ。どこに行っても塩漬け肉だけと言うのは寂しいのじゃ」
「そう言って最初の日に船乗りが食べる燻製肉を頼んでたけど美味しくなかったよね」
「うむ、あれは燻し方が悪いのじゃ。と言うかの、美味しくするには実は塩漬け肉の技法と燻製肉の技法を組み合わせる必要があるのじゃ」
そう、さっき頼んだのはスモークチップなのじゃ。鋸屑が細かすぎたら固めてスモークウッドにするかの。
市場で麦芽糖から作ったザラメが売っておることは確認してあるゆえ照りを出すために混ぜても良いのじゃ。なんにせよ香りと色付きの具合を確かめての話なのじゃ。
「そんなに手間はかからぬ、と言うのは<経時>前提じゃな。まあモリエにも作り方を教えるのじゃ」
「うん、よろしくね」
「で、美味い燻製肉ができたらなのじゃ、売れると思うのじゃ。持って歩く保存食もどうせなら美味しい方がよいであろ」
「当然だねっ」
「うん、当たり前」
「それが適価でちゃんと供給されるには原料が買い叩かれていてはならぬのじゃ」
「それが木屑にお金を払う理由?」
「そうなのじゃ」
「難しいね。わかったようなわからないような」
「モリエが狩った獲物をわらわが料理して己等だけで食べるならありがとうと言うだけで問題はないのじゃ。が、その料理を他の人に売ってお金を得ると言う場合にモリエに分け前を渡さぬのは正しい行いではないと思うのじゃ」
「あー、そのくんせー肉がお金になるから先に分け前をさっきのおっちゃんにも渡しておくってことだね」
「そうなのじゃ。まあわらわの気分の問題に過ぎぬかも知れぬのじゃがな」
「なんとなくわかったー」
ま、きっと商業組合の組合長なぞはちゃんとわかってくれると思いたいところなのじゃ。わらわ自身がなんとなく思っておる程度のことなのじゃがの。
そう思っておるうちに城市の門なのじゃ。
流石に南のようなオールスルーではないのじゃ。が、基本開放的なのじゃな。門扉は開けっ放しで出て行く分にはほとんど止められず入る方もたまに止められる馬車がおるくらいで流れがスムースなのじゃ。
「西側だから向こう側は国内。街道は安全で武器を持った護衛はほとんど付いていない」
モリエがわらわの感想に端的な注釈を入れてくれたのじゃ。まあそうじゃの。
「プランテノキョルトに行く街道は南西の門から出る。こっちからも行けるけど海沿いの街や城市を経由していくことになるね」
街道巡回騎兵隊の隊列も見かけるゆえ近隣の治安にも問題がないのじゃな。わらわたちは双子等が槍を持っておるのじゃが冒険者鑑札があるゆえ問題なく外に出れたのじゃ。
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