草原小人の皮鎧なのじゃ
こんにちは。
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わらわたちが女性の採寸場として衝立で仕切られておった場所から出るとオルンも別個に採寸を終えておったらしく、男性陣は老職人と話をしておるところであったのじゃ。
「お嬢ちゃんが白の奴に変な手甲を注文した客か。うむ、確かにまだ鎧を作るには身体が小さすぎるな」
わらわたちに気づいた老マッチョは腕組みをしてわらわを見ながらそう言ったのじゃ。白とはピレネー犬の人のことであろうの。そう言えば名前をきちんと聞いておらんかったのじゃ。
「うむ、わらわはまだまだ育ち盛りなのじゃ」
わらわを見ながら歳をとった筋肉はなにやら悩んでおるのじゃ。なにを悩んでおるのか解らぬゆえわらわの方も小首を傾げておると筋肉質の爺さまはやおら口を開いたのじゃ。
「儂の経験では嬢ちゃんがどれくらいの腕前でどの程度の装備が要るのか全く解らん。これでも結構長くいろんな客を見てきたんじゃがのう」
そう言いながら棚の上の方に置いてあった箱を取り出してきたのじゃ。埃が積んでおるゆえそこそこ長く置かれておったようじゃの。
「縁起が良い品じゃないが、ものはいい。これを買ってみんか?」
見た限り体格にも合いそうだと言いながら箱から取り出したのは確かにわらわに着れそうなサイズの皮鎧と革の胸甲なのじゃ。チュニック型の皮の鎧とその上に着ける硬い革の胸甲と言う組み合わせで出来ておるのじゃが、今まで聞いた話を総合するとじゃ、チュニックタイプの方は広い一枚皮で魔法への防御力が高くそれでは普通の防御力が足りぬところを胸甲で補っておると言うことなのじゃろう。
頑丈そうな麻の糸で魔法陣らしいものが縫い込まれておるのを指で辿ったりしておるとわらわの頭越しにジーダルが老マッチョの職人に質問しだしたのじゃ。
「縁起が良くねえってのは? つか、よくこんな小さい鎧があったな」
確かに疑問なのじゃ。筋肉質の老人はため息一つをこぼしてそれに答えたのじゃ。
「ここいらでは珍しい草原小人の冒険者の注文で作ったもんじゃ。そして出来上がりを受け取りに来る前におっ死んじまいやがったんじゃ」
「そりゃ確かに縁起は良くねえな」
草原小人は背が低いことを除くと人とよく似た種族で東方の草原地帯に多く住むとマーリィから教わったことがあるのじゃ。好奇心が旺盛な反面移り気で集団の規律に従うことが苦手な個人主義者だとか聞いたのじゃがまあ中央から見た評価ゆえ話半分なのじゃ。
「お前等も注文したもんを取りに来る前にくたばったりすんなよ。迷惑じゃからな。で、どうじゃ? 前金はその注文者からもらってんで後金分でいいぞ」
「品は良さそうなのじゃが、棚で埃をかぶっておったものであろう。わらわも成長を見込むとまあ使えて一年程度なのじゃ。値段はその半分でも高いくらいなのじゃ」
「くくっ。そうじゃな。一緒に納品するはずじゃった装具がこっちじゃ。これも付けて後金分の半額じゃ」
少し嬉しそうに鎧と同じ皮で作られたと思しき革帯の類の入った袋を出してきたのじゃ。話しておる感触的には相応と言ったところなのじゃが実際の相場は解らぬゆえジーダルを見上げると頷いておるのじゃ。
「正直元値はかなり高えがそこは正しいはずだ。ならそんなもんだろ。この爺さんは職人には珍しくこう言った商人みたいなやりとりをすんのが好きなんだよ」
「面倒でも少しつきあってあげるのがいいわよ」
「最初の提示を肯んじていたら説教されているところですね。セイジェはよく怒られています」
爺職人は三人組の言葉にガハハと笑ったのじゃ。
「そう言うやりとりで相手の思いがけねえところが見えたりもするもんよ。面白いぞ。元値が高いのはそんだけの品じゃからじゃ、むしろ元の依頼人は値切る方で結構安くなっとるぞ」
元の依頼人の話をしたとき少しだけ寂しげな顔をしたのじゃがその色はすぐに消し、先ほどマーセに採寸をしていた女性の職人に指示を出したのじゃ。わらわはそれに従って手直しする部分がないか試着するために衝立の裏へと戻ることになったのじゃ。
先ずは着込んだ皮鎧に軽く魔力を流し防御の呪いの陣が動作することを確認なのじゃ。鎧に頼るような戦いをする気はないのじゃが、冒険者らしい装備を着込むのは悪くないのじゃ。無論動きの邪魔にならぬ範囲での話なのじゃが。
そのあたりを考えると鎧での防御よりは戦闘に使う基本的な魔法なぞを学んでおくべきじゃろうの。まあいざとなれば収納空間が究極の防御手段にもなるわけなのじゃが。
投擲短剣やポーション類を携行するためのスロットやポケットが付いた革帯は冒険者装備っぽさがあがって良いのじゃ。とは言え残念ながら有用に使うことはないと思うのじゃ。
そう言えば兜はないのじゃな、と思っておったのじゃが革製の鉢金のようなものが帯類とともに入っておったのじゃ。
一応バンダナのように巻いてみるのじゃ。
「ちゃんとした兜は皮を使う場合も金属の兜の上に皮を貼るから扱いはここじゃないわね。皮を貼る仕事は回ってきたのをやるけど。帽子や頭巾、そしてその額を守る頭帯くらいね、皮だけで作るのは」
わらわの疑問に気づいた女性の職人さんがそう教えてくれたのじゃ。
「うむ、よい感じなのじゃ」
「似合ってる」
「冒険者みたーい」
「冒険者だよっ」
わらわの新装備は絶賛されたのじゃ。双子等のが絶賛かどうかは兎も角の。
「おう、悪くねえな」
「自分の身体に合わせて誂えたものにあらぬゆえちと身体を動かしてみねば解らぬのじゃ」
「その通りじゃ。手直しする部分がないかしっかり見てやるわい」
わらわにとっては兎も角、本来命を守る重要な防具なのじゃ。老職人や女性職人がそれに相応しい真剣な面持ちで見ておるのを確認しつつわらわは再びシャドーを始めたのじゃ。
胴の皮鎧がどの程度動きを阻害するかを確認しておらねばならぬゆえ結構激しく動くのじゃ。スウェー、ダッキングを織り交ぜ身体を動かし、コンビネーションもフックやアッパーを交えて身体を捻るのじゃ。
本来女子の一ラウンドは二分間なのじゃが女子部があったわけではなくジムで練習しておったわらわの身には三分間が叩き込まれておるのじゃ。そう言うわけで体感三分間でシャドーを切り上げたのじゃ。
「うむ、胸甲が動いて少し気になったのじゃ」
「そんだけ動くなら固定の革帯を追加した方がいいな」
「皮衣が少し大きい分は少し折り込んで革紐を縫いつけて結ぼうかね。身体が大きくなったらほどきゃいいだけのことだし」
「よろしく頼むのじゃ。思っておったより軽くて動きやすかったのじゃ」
良い品なのは間違いないのじゃ。仕立ても良いが素材もよいのじゃろう。
「馬革の様に思うたが実際には何の皮革なのじゃ?」
「縁起が悪いというたじゃろ」
「うむ?」
わらわの偏見なのじゃががっつり筋肉質のものは目が細い気がするのじゃ。顔の筋肉まで鍛えるとそうなるのかのう。爺も筋肉質特有の細い目を人の悪い笑みの形にしておるのじゃ。
「首切り馬じゃ。儂もそんなものを扱ったのは初めてじゃったぞ」
「死んだ草原小人って悪霊殺しのアーヴィスかよ!」
ジーダルの鋭いツッコミが飛んだのじゃが、わらわは解説を求めて周りを見回すのじゃ。
「どちらです?」
知っておるのか、ベルゾ。と言う台詞を飲み込んで答えるのじゃ。
「両方なのじゃ」
「首切り馬は首無し馬とも言って首のない馬です。首無し騎士の戦車を牽いているとも言われます。死霊ではなく妖精だとか言われていますが実際のところよく分かりません。似てるだけで死霊の首切り馬と妖精の首切り馬の二種類がいる可能性もあります」
「直接的な危害を加えてこないけど災厄や死の前触れとされているのが妖精で襲ってくるのが死霊だって説ね」
「どっちにしろ迷惑なのじゃ。なるほど縁起が悪いのじゃ」
前世の伝承にあるデュラハーンの馬、えーっとコシュタ・バワーであったかの、それっぽいのじゃ。
「首無し騎士は冒険者協会の資料にはあるけど討伐の記録実績がないので伝説の存在かも知れませんね。首無し馬の方は極めて稀ですが発見や討伐の記録があります。一番最近のそれが草原小人の冒険者、アーヴィスの事績になる訳です」
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