セスタスなのじゃ
こんにちは。
今日もよろしくお願いします。
皮革を扱う工房は作業に水を必要とし、そして作業で使った薬品の廃液を流すのじゃ。しかも臭いも相当にするのじゃ。ゆえに皮革関係の工房が水路の近くにまとまっておる、と言うよりまとめられておる場所なのじゃ。
冒険者協会で解体場なんぞが裏庭の方に集められておるというのと同じことじゃの。
とは言え商品を置く店舗を表通りに出しておるところや仲買の店もあるのじゃろうが、そう言う店ではなく水路沿いの工房と一体の職人らしい店の一つへとジーダル等はわらわたちを連れて入ったのじゃ。
うむ、皮革を扱う店らしい臭いが強いのじゃ。
一応カウンターと素っ気ないベンチは入ってすぐにあるのじゃが、カウンターの向こう側は何の仕切もなく工房になっておって五人か六人ばかりの職人がせわしなく作業しておるのが見えるのじゃ。
「おう、邪魔するぞ」
「なんでえ。セイジェの鎧の修復はまだ出来ちゃいねえぞ」
ジーダルの声に応じて禿頭の老マッチョが工具を持ったままカウンターに出てきたのじゃ。
「ダンジョンでバッサリいかれちゃったのよ。ジーダルの魔鉄の剣と帷子も壊れちゃうしあのときは本当に大変だったわ」
とセイジェさんが教えてくれたのじゃ。本当に深くまで潜っておったのじゃろうの。
「……で、伸び盛りの後輩を紹介しておこうと思ってよ」
「よ、よろしくお願いします」
セイジェさんと話しておるうちに職人とジーダルの話も進んでおるのじゃ。オルン等も挨拶して話をしておるのじゃ。
わらわも軽く挨拶しておくのじゃ。そして鎧や外套について話しておる皆を放っておいて店内をぐるっと見回したのじゃが出来合いの商品をほとんど展示しておらぬのじゃ。幾つか展示されておるのはどちらかと言えば見本なのじゃろうの。
うむ、カウンターは完全に閉じたタイプではないゆえそのまま工房には入れるのじゃ。
わらわはそのまま涼しい顔をしてさも当然のように工房へ入ったのじゃ。オルン等を交えた話を熱心にしておるゆえだれもわらわを止めなかったのじゃ。
止められるまで工具類を眺めたり作業をしておる職人さんの手元を覗いて歩くのじゃ。ふふふ。
堂々としておったゆえか職人さん等も首を傾げながらわらわを阻止せぬのじゃ。その中でいぬ耳、ではなく、いやいぬ耳もあるのじゃが完全な犬頭の獣人の職人さんが革の紐を扱っておるのを見て話しかけたのじゃ。
……。
「おい、ミチカ。なにやってんだ」
ジーダルの声が頭上からしたのじゃ。わらわはピレネー犬の人の前に座り込んで試作品を着けて貰っておるところなのじゃ。
犬頭の人のわんこ部分はグレートピレニーズめいた白いもふもふなのじゃ。正直モフらせて欲しいのじゃ。
「これを作って貰っておったのじゃ。ふふふん」
わらわは自慢げに両腕を見せたのじゃ。
上腕から拳にかけて革紐をバンテージのように巻いておるのじゃが、拳の部分には鉄の鋲を打ち、その内側には拳を防護するためのクッションとして布も入れてあるのじゃ。
掌の方には厚めに革紐を配しており、これでもう丸石を握り込む必要がないのじゃ、そして指には別々に革紐を巻いておって指ぬき手袋の感覚で指も使えるゆえグラップルにも対応可能なのじゃ。
うむ、自慢の逸品なのじゃ。ピレネー犬の人はなかなか良い仕事が出来るのじゃ。
「なんでえ、それ?」
この見ただけで解る素晴らしさを解さぬとは残念な男なのじゃ。
「拳で殴りっこをするための武器でもあり防具でもあるのじゃ」
「殴りっこ?」
ま、一見に如かずなのじゃ。わらわは外套をおいて立ち上がり、ワンツーとジャブを繰り出しストレートを放つ。うむ、気持ちいいのじゃ。
「疾っ!」
ジーダルと一緒に来ておったサーデが目を丸くしておるのじゃ。確かにジャブは速いからの。
今度は足を使ってステップインアウトを絡めつつワンツーワンツー、ストレートと繰り返しシャドーなのじゃ。革紐のバンテージで守られた上腕で相手の攻撃を受け流すイメージも加えつつ腕を振り、試作品の具合を確認なのじゃ。
「うむ、重さも邪魔にならぬし、満足の行く出来なのじゃ。正式に注文するゆえ質の良い革で頼むのじゃ」
「はい、少々お待ちを」
わんこの人は注文書かなにかを取りに行ったのじゃ。注文が入って満足なのがしっぽで解るのじゃ。モフりたいのう。
「確かに殴りっこだな。と言うか体術もいけるんだな」
「魔物と拳の距離で殴り合う趣味はないゆえ護身術の類なのじゃ」
最近ちとサボり気味であったゆえフォームが少し崩れておる気がするのじゃ。日々の精進を忘れてはならぬのじゃ。
「その速い拳撃は動き出しの兆しをほとんど感じさせねえ。が、間合いが手の長さに過ぎねえって弱点があるのか」
ジーダルは真剣な目で見ておるのじゃ。まあボクシングはファインスポーツで殴り合いに関しては最上級の技術なのじゃ。えっへんなのじゃ。
「ええっと品名は……、篭手、じゃないですよね」
注文書を持って戻ってきたわんこの人がそう言ったのじゃが、うむ、これはヒマンテスと言うよりはカエストゥスかのう。
「セスタス、としておくと良いのじゃ」
素材についてや呪いの陣を入れるかどうかなぞを話し合って注文を終え、前金を支払って預かりの木札を受け取ればわんこの人と握手なのじゃ。
手の形は人に近いのじゃが白い毛がもっさり生えておるのじゃ。もふ。
試作品はそのまま持って行っていいと言われてそれも満足なのじゃ。
うむ、良い工房に連れてきて貰ったものなのじゃ。感謝感謝。
「そちらの方はどうであったのじゃ?」
「うん、革の板を重ねた作りにして、重ねている部分を広げたら一回り大きく手直しが出来るように作ってくれるって」
モリエが双子等の鎧の工夫を教えてくれるのじゃ。
「今の体格にあわせた鎧より少し重いって。後隙間があるから一枚皮で作ったものより魔法への抵抗力は下がるから外套はいいのを使えって言われたよ」
「良いことばかりではないものじゃの。モリエはどうしたのじゃ?」
「双子たちほどは育たないと思うからちょっとだけ大きめで作って貰って紐をきっちり締める」
モリエは元々狩人スタイルで重い鎧は着けておらぬしの。
「今マーセが採寸中」
「其方等片方だけの採寸で済ませる気なのじゃな」
「そーだよー」
双子の体つきというのは食生活さえ一緒であれば変わらぬものであるのかの。
「マーセの身体に合わせて作ったら胸の辺りがぶかぶかとか言う悲劇はないのじゃろうの」
ちょっとびっくりした顔をしてサーデは胸の辺りをばたばた叩いたのじゃ。
「だ、大丈夫。一緒のはず!」
笑い声をあげてわらわたちは採寸場に移動なのじゃ。そこで双子等のサイズをわらわも調べておくつもりなのじゃ。
衝立があってそこで採寸しておるようなのじゃ。手前でジーダルを追い払いわらわたちはマーセの採寸見学なのじゃ。
「ん、なんでミチカちゃんも一緒になって計ってるの?」
「街着を買いには着いて来ぬようなのじゃが、一着くらいは奢ってやるのじゃ」
「えー、ありがとー」
「ミチカは鎧の類はいいの?」
「うーむ、鎧はとりあえずいいかと思っておるのじゃ。靴は誂えたいのじゃが、靴は靴職人が別におるのじゃろうかの」
採寸しておった女の職人さんがわらわの疑問に応えてくれるのじゃ。
「靴も頼まれれば作るよ。ただね、靴底やつま先に鉄板を入れたりする冒険用の靴だね。沼地に入るって冒険者のために皮ズボンと一体になった防水の胴付き長靴を作ったこともあるさね」
そう言って笑った後、やっぱり靴は靴屋の方がいいと思うよ、と並びの靴屋を教えてくれたのじゃ。
冒険用の靴を扱う店じゃな。覚えておくのじゃ。
靴はとりあえず街着用の靴と冒険用の長靴の二足は誂えるべきであるのじゃ。靴もオーダーメイドが主流なのじゃろうかの。街着用であれば既製品でよいのじゃが。
「森の中やダンジョンでは最低でも頑丈な皮の長靴は欲しいわね。鉄板入りは重くなるのが難点だから私も使ってないけど」
そう言うセイジェさんは頑丈そうな膝まである皮の長靴を履いておるのじゃ。
「うむ、それは当然なのじゃ。なのじゃが、明日は街着用の靴も買いに行く必要がありそうなのじゃ」
「えっ、あ、そうよね。冒険者でもなきゃ街中でこんなの履いてないわね」
「格好がいい系統の服との組み合わせならありではあるのじゃ」
お読みいただきありがとうございました。