外伝『アーリーデイズ』(11)
キャッチマンとの対談が終わり、俺は自分の家の前でチャイムを押すかどうか考えていた。
「流石にアヤメには言えないよな……はぁアヤメと顔を合わせづらい。いや……俺は悪くないんだから堂々としてればいいんだけど」
俺がキャッチマンから聞かされた事実はアヤメにとっては重いものだった……。
とてもじゃないが子供にそのまま聞かせるのはまずい気がする……いや、それでもアヤメのことを思うなら聞かせるべきか?
「わからないな……美奈に相談してみるか……」
とにかく家の前でうだうだ考えていてもどうしようもない。
……キャッチマンに持たされた『土産』も傷んじまうしな……。
俺は意を決してチャイムを押す。
ガチャ。
しばらくすると鍵が開く音が鳴る……が、中からは何の反応もない。ああ、扉の覗き穴から俺だとわかったのか。
(でも妙だな……美奈なら新婚ごっことか言って悪ふざけしそうなのに……)
俺は美奈のいつもの奇行がないことに疑問を抱きつつ、扉を開けた。
「…………くすっ」
するとーー中にはやたらいい笑顔の美奈が仁王立ちで立っていた。隣にはそれを真似しているアヤメ。
美奈は確かにいい笑顔だが……目が全く笑っていない。
……えっなにこれ、こわっ!! アヤメは微笑ましいけど。
「義孝君。早く家に入って下さい。それで正座」
「せいざでござる〜〜」
えらく事務的な声。顔は笑顔なのに声は事務的で冷たい。ぶっちゃけめっちゃ怖い。アヤメは可愛いけど。……えっ? 今俺怒られるの?
ふっ、だがな、俺はそんな理不尽な怒りに素直に従うほどの奴隷精神は持ち合わせていない。
「待てよ。俺はなにも悪いことはしていない。理不尽に屈するなど川島家の家訓に反するんだ。理不尽に対しては理不尽で対応をーー」
「……正座」
「……はい」
いやこれは違う。
決して美奈のプレッシャーに負けたわけではない。ただ、まあ一応話し合う上で相手の要求を呑むことで交渉を円滑に進めるのも1つの手だと思っただけだ。
決して美奈のプレッシャーに負けたわけではない。なので毅然とした態度で対応していく。
「わ、わたくしに何か不備がございましたでしょうか……悪ければ正しますので……」
黒を黒と言えない。これこそ日本人の社畜精神だ。俺は将来のために勉強をしているのだ。
「義孝君、今何時だと思う? くすっ」
「えっと……20時過ぎかな……」
「ふーん、私たちと別れてだいぶ経つけど随分と早い帰宅だね」
「お兄ちゃん、おそーい!」
クスクスと笑う。美奈さん。アヤメは無邪気。
「えっと……お前楽しんでない?」
俺がそういうと、美奈は呆れたような表情になった。どうやらいつもの調子に戻ったらしい。
「だって、やっと帰ってきたと思ったら焼肉の匂いをさせてるんだもん。それは『夫の浮気にご立腹ごっこ』の1つや2つやりたくなるよ!」
おお。言ってることは意味不明で相変わらず頭おかしいけど、これでこそ美奈だ。落ち着く。
「それで? なんでこんな時間になったの?」
「…………」
ここで馬鹿正直に説明するわけにはいかないよな……アヤメが寝た時にでもで美奈だけ呼び出そう。
「アヤメちゃん、アヤメちゃんこっちおいで」
「うん!!」
俺は話を誤魔化すためにアヤメ手招きした。するとアヤメは嬉しそうに俺に抱きついてきた。
うむ。可愛い奴め。
「これ一緒に食べような。アヤメ寿司が好きって言ってだろ?」
俺はキャッチマンに持たされた高級寿司を見せた。うにいくら大トロなど、高級なネタが盛りだくさんだ。子供が食うには大げさな気がする。
キャッチマン……アヤメを溺愛してるんだよな……。
「わあああああ! お寿司がいっぱいだああああ!」
「わっ、このお寿司どうしたの? 食費は節約していくスタイルじゃなかったけ?」
2人が驚きの声を上げる。うーん、事情を話すわけにはいかないし、適当に理由をつけてしまおう。
「2人が大好きだからだ」
「い、言いたくないならいいけど……そ、それ言ってて恥ずかしくない……?」
うんめっちゃ恥ずかしい。
「アヤメもアヤメ大好きだよ!!!」
「もうダメだよ? 男の人のそういう言葉を簡単に信じたら」
「お兄ちゃん以外ならぶっ飛ばしてるから大丈夫!」
全然大丈夫じゃねぇ。
「ならよし」
「おい、こいつ無駄に実行力があるんだから、適当なこと言うなよ」
アヤメとは付き合いが短いがだんだんと性格がわかってきた。こいつはやると言えば冗談なようことでも本当にやろうとすることある……。
まあ根が素直で常識はあるみたいだから、そこまで無茶はしないけど。あとでこの件は言い聞かせておこう。
「あーそうだね。でも……それをキミが言う?」
まったくその通りだ。わかってるからジト目で見るな。
そうだ。美奈と話をしないとな。
「アヤメ、これテーブルの上に置いてくれるか?」
「うん!」
アヤメは俺からお寿司を受け取ると、たったったっとテーブルまで掛けて行った。
その隙に俺は立ち上がり、美奈に耳打ちをする。
「アヤメが寝た後に2人で話がしたいんだけど、できるか?」
「ん? なあに愛の告白?」
「茶化すなよ……真面目な話……ん?」
その時、悪戯っぽく笑う美奈の顔色が気になった。なんか具合が悪そうな気がする……なんとなくだけど……。
「なあに、くすっ、私に本当に惚れちゃった?」
「いや、もしかしてお前体調悪いのか?」
「……!」
美奈は一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔に戻った。その様子は何かを誤魔化すみたいだ。
「ふふっ、誰かさんのお陰でご飯がお預けだったからねぇー。話の件はわかったから、早く食べよ」
「お、おい、引っ張るなよ」
美奈は俺の腕を掴み、アヤメの元まで引っ張っていく……。
その様子は強がっているに感じた。
例の薬の件があるからきになるけど……本人が誤魔化すなら深くは聞かない方がいいよな……。
俺は嫌な予感を感じつつも自分にそう言い聞かせることにした。




