表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

長坂坡 -十八試甲戦闘機『陣風』(前編)-

どうも。

「風」シリーズはこの『陣風』が最後です。

しばらく学校の関係ででかけるので、パソコンにさわれません(汗)

なので、前編だけでも先に投稿しておきます。


尚、言うまでもないとは思いますが、この話は二次大戦実際の作戦などとは一切関係ありません。

川西 十八試甲戦闘機『陣風』

乗員一名

最高速度685km/h

武装 13mm機銃×2、20mm機銃×6


川西が開発していた、高々度戦闘機。

昭和十七年に海軍は、高々度侵攻戦闘機として十七試陸上戦闘機の開発を川西に命じたが、搭載される予定だった三菱製新型エンジンの開発が遅れたため、製作は一時中断。

その後、高空用空冷エンジン『誉』完成の見通しがついたため、十八試甲戦闘機として試作が指示された。

13mm機銃二挺に20mm機銃を六挺という驚異的な重武装、そして高度一万メートルで685km/hという高速性を実現するため、さらに高性能な『誉四二型』(NK9A-O)の完成を待つこととなった。

実現すれば紫電改を超える、帝国海軍最強の戦闘機となったかもしれない。

しかし『誉四二型』の開発は遅れ、日本軍は多数の新型機を開発する余力も失った。

この陣風も木型審査を行ったのみで開発中止命令が下され、幻と消えた。







… … … …


暗い部屋の中。

男はベッドに寝転がっていた。

この独房に入れられてから、十日が経つ。

住めば都と言うが、ここの暮らしにも大分慣れてきた。


(やれやれ、銃殺はまだなのかねぇ……まあ、どのみちこの戦争は長くないが)


ぼんやりとそんなことを考えていたとき、不意に独房の戸が開いた。


「日下部直衛 ! 元倉少佐がお呼びである ! 着替えて外に出ろ ! 」


憲兵が叫ぶ。


「ほー、三日前に来たっていう新司令か。俺に何の用だ ? 」


「黙れ ! さっさと着替えろ ! 」


「へいへい、っと」


頭をボリボリと掻きながら、軍服を着て身なりを整える。

そして日下部は、別の部屋へ案内された。

部屋のテーブルの向かい側には、初老の軍人が座っていた。

小柄だが目つきが鋭く、百戦錬磨の猛者だと分かる。


「えー、日下部直衛、参りました」


「うむ、とりあえずかけたまえ」


元倉少佐が言う。

日下部が着席すると、少佐は資料を取り出して話し始めた。


「日下部少尉……否、元少尉。ラパウルにてB-17を一機撃墜、敵戦闘機三十機撃墜……大した物だ」


「お褒めに預かりどうも」


「それにも関わらず、君は米軍捕虜の脱走を見逃したな。そしてその罪により、明朝銃殺されるはずだった」


それを聞いて、日下部は元倉が自分を呼んだ理由が大体わかった。


「はずだった、ということは、銃殺は取りやめになったと ? 」


「そういうことだ」


「で、代わりに何をやればいいんです ? 」


「……話の分かる男だな」


元倉は微かに笑い、二枚の写真を撮りだした。

片方には一艘の巡洋艦が、もう一枚には三角形に近い形をした島の姿が写っている。


「これから言うことは最重要機密事項だ。他言は無用。……この巡洋艦は開発中だったものでな、安い部品を寄せ集めて作られた艦で、名前すらついていなかった。しかし先日、『神州』と名付けられ、ある目的に使われることとなった」


「目的……とは ? 」


「米軍艦隊の殲滅じゃよ」


「それはおめでたい話ですな」


日下部は笑ったが、元倉は真剣な表情で話を続けた。


「独房に入っていた君は知らんだろうが、先日広島と長崎に、米軍の新型爆弾が投下された。原子爆弾という奴でな、広島も長崎も消し飛んだのだよ」


「消し飛んだって、その新型爆弾ってのはどのくらい落とされたんですかい ? 」


「一発だ」


「一発 ! ? 」


日下部は驚愕する。

それと同時に、日本の敗北を確信した。


「そして、実はな……日本は米国に、無条件降伏することが決まった」


「無条件降伏……」


第三の原子爆弾が投下されるよりは遙かにマシだと、日下部は思った。

とすると、そもそもこの戦争自体、無理があったのではないか。

意味もなく死んでいった戦友達の事を想い、日下部は溜め息を吐いた。


「だが極秘裏に硫黄島へ、第三の原子爆弾が運び込まれていたらしい。そして硫黄島に潜入した我が軍の兵士達が、その原子爆弾を奪い取り、持ち帰ったのだよ」


「……ははあ」


「さらにそいつらは、その原子爆弾を『神州』と名付けたこの巡洋艦に搭載し、米艦隊のど真ん中に特攻するつもりでいるのだ」


「街を丸ごと吹っ飛ばす爆弾なら……まあ、確かに殲滅できるでしょうね。で、米軍は日本を絶対に許さない、と」


元倉は頷いた。


「勘が良いな」


「そのおかげで生き残ってこれましてね。一言多い性格なもんで、源田大佐には嫌われちゃいましたが……」


「それで三四三空からはずされたわけだな」


第三四三海軍航空隊……通称『剣』部隊。

源田実大佐以下、数多くの撃墜王が所属した精鋭部隊である。

局地戦闘機『紫電』、『紫電改』、偵察機『彩雲』が配備され、数多くの戦果を挙げた。


「……で、その『神州』を仕切っているのは誰で ? 」


「私の同機の、都賀という男だ。上層部からの中止命令も無視し、意地でもこの計画を実行しようと、このQ島に部下達と共に立てこもっている。今のところ、米軍は気づいていないようだがな」


「まさか俺に、そのとんでもない爆弾積んだ船を沈めろ、とは言いませんよね ? 」


日下部は戦闘機乗りであり、爆撃や雷撃の経験は無い。

第一原子爆弾を積んだ船を攻撃すれば、自分も爆発に巻き込まれる。


「君には、都賀の元へこれを届けてもらいたいのだ」


そう言って、元倉は一本の通信筒を取り出した。


「この中には、勅書が入っている」


「勅書……ってことは、天皇陛下の ? 」


「そうだ。如何に奴と言えど、陛下のお言葉とあれば逆らうまい」


続いて、卓上に地図を広げ、その一点を指さす。


「ここがQ島。この基地と往復できる距離だ。ここまで飛んで、勅書を届けてもらいたい。やってくれるかね ? 」


「断れば予定通り銃殺でしょうな」


「その通りだ」


「しかしその島に至る空路には、百を超える米軍の戦闘機が飛んでいる。海軍最強の『紫電改』でも……どうでしょうかねぇ」


すると、元倉は立ち上がり、着いてくるように言った。



二人は飛行場に出る。

独房に入れられるまでは、三十機以上の戦闘機が配備されていたが、それらの姿も見えない。

僅かに、四機の双発夜間戦闘機『月光』が、隅の方に並んでいた。


「……みんな、死んじまったんすか」


「零戦は全機、特攻機に使われてしまった。『雷電』や紫電改は別の要所に回された」


そして元倉は、日下部を小さな格納庫へと案内した。

そこには確かに、戦闘機があった。


「 ! こいつは…… ! 」


明らかに、日下部の見たことも無い機体だった。

主翼には20mm機銃が六挺搭載され、直線的なラインが高速性を予感させる。


「十八試甲戦闘機。正式採用後は『陣風』と呼ばれるはずだった機体だ」


「……つまり、正式採用には至らなかったと ? 」


「うむ。高々度戦闘機として川西が開発していたのだが、我が海軍もあまり多くの新型を作る余裕が無くなってな。紫電改の高々度型で代替することに決まり、完成する前に開発中止命令が出た……というのは建前で……」


元倉は機体に歩み寄り、近くから見上げた。


「実はな、腕利き操縦士専用の機体として、極々少数の開発が進められていたのだ」


「士気高揚のため ? 」


「そういうことだ。結局、完成したのはこの機体だけだがな。本来なら君が以前までいた、三四三空に渡されるはずだった」


「ふうむ、源田大佐なら……管野さんにこの機体を渡したでしょうな」


管野直。

「猛将」、「管野デストロイヤー」などと渾名される、三四三航空隊のベテラン操縦士だ。

しょっちゅう憲兵を殴り飛ばし、発進時に気に入らない上官のいるテントをプロペラの後流で吹き飛ばしたり、B-24爆撃機の垂直尾翼を自機の主翼で「切断」して撃墜したり、その豪傑ぶりはあまりにも有名である。

源田実大佐は彼のことを大いに気に入っていたようで、管野が三四三航空隊に転属後様々な問題を起こしても、源田は何も咎めなかったという。

しかしその一方で、戦友や仲間を想う気持ちは人一倍強かったといわれる。


「その管野大尉は、八月一日に死亡した」


「あの人まで死んじまったんですか ! ? 」


「うむ、戦闘中に機銃が暴発してそのまま行方不明となったそうだ。生存は絶望的だろう」


「……なんてこった、あの殺されても死にそうにない猛将が……」


日下部は管野が、相次ぐ戦友の死を、酷く嘆いていたことを想い出した。

そして、死に急ぐかのように戦いに身を投じていたことも。


「……この陣風の性能、そして君の腕なら、米軍の網を突破し、Q島まで行けるかもしれん。頼む、都賀を止めてくれ。あれは……原子爆弾は、この世に存在してはならん物なのだ ! 」


元倉は深々と頭を下げた。


(仮にも司令官ともあろう者が、一介の操縦士にここまで……)


政治的事情だけではないだろう。

原子爆弾というのは、単に破壊力があるだけの兵器ではないようだ。


「……巡洋艦の出発は ? 」


「明朝六時だ。『陣風』の調整に手間取り、時間がかかってしまったが……」


「ってことは、夜に行かなければならないわけですな。米軍の夜間戦闘機は質の良い機上電探レーダーを積んでいる。如何に高性能な機体でも、逃げ切るのはほぼ不可能に近い……が」


元倉が顔を上げると、日下部は笑っていた。


「……上等ですな。死ぬにしても銃殺より、操縦桿握ってくたばった方がいい」


「では、日下部少尉…… ! 」


「やりますよ。俺には家族もいない。陛下の勅書、必ず届けます」


それを聞いて、元倉は日下部の手を固く握った。



「ありがとう、少尉……」





……その日の夕暮れ時。

発進準備を整えた日下部、そして陣風が、飛行場に立っていた。


「独房に入っていたせいで、少し勘が鈍ったかもしれませんな。まあ、何とかします」


「頼むぞ。そしてできれば、生きて帰ってきてくれ」


元倉と日下部は再び手を握り合った。

日下部が陣風に乗り込み、整備員がエンジンを回す。

元倉が離れて、車輪止めもはずされた。


陣風は滑走路を走っていく。

日下部はその操縦桿を握りながら、呟いた。


「……大量の夜間戦闘機が俺を狙い、俺は単機でそのど真ん中を突破する……面白いじゃないか」


陣風は浮き上がり、車輪が折りたたまれる。

日の傾き賭けた空に、日下部は飛び立っていった。

ふと、昔読んだ「三国志演義」の一部を想い出す。

一人の男が主君の子を胸に抱え、百万の敵軍の中を単機で突破したという話だった。

そしてその男の名は……



「行くぜ ! 趙子龍の一騎駆けよ ! ! 」




いかがでしたでしょうか。

三四三航空隊や管野直など、史実の部隊・人物が名前だけですが登場しました。

実物大モックアップが作られたのみで開発が中止された『陣風』ですので、かなり妄想入ってます(というか、完全に妄想です)。

24日に帰ってきたら、早い内に後編を仕上げたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ