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鎮魂歌 -艦上(局地)戦闘機『烈風』(後編)-

後編でございます。

……敵は……




……敵はどこ ? ……






……私の敵は、どこ ? ……






… … … …


「ん……」


紗絵香は目を覚ました。

『烈風』と出会って以来、この夢が付きまとっている。

暗い空。

光を失った太陽。

その下で、問いかけてくる少女。


「………ふぅ」


溜め息一つ吐いて、紗絵香は起き上がった。

数日間試験飛行を繰り返し、烈風の操縦桿も手に馴染んできた。

それと同時に、烈風という機体の本質が、少しずつ見えてきた気がする。

初めて烈風と相対したときの、あの感覚の正体も……。





… … … …


「篠原、最近変じゃないか ? 」


黒田二尉が言った。


「なんかぼーっとしてたり、考え込んでいたり……」


「そうですね、何か……『烈風』を見てから、何となく様子がおかしい気がします」


静恵も頷く。


「明日には、全速飛行をやるんだろ ? 大丈夫なのか ? 」


「篠原二尉ならきっと……」


その時、パイロットルームのドアが開いた。

紗絵香だ。

いつも通りのポーカーフェイスだが、どことなく疲れているように見える。


「二尉、お疲れ様です ! ……どうですか ? 烈風の調子は ? 」


静恵の問いに、「うん」と曖昧に返事をして、ポットに入っていたコーヒーをカップに注ぐ。


「……おい篠原、お前最近妙だぞ ? 」


「うん」


「……いや、「うん」じゃなくてだな……」


「あんた達さ、戦闘機を操縦しているんじゃなくて、『戦闘機に操縦されている』ような感覚になることって、ある ? 」


唐突に尋ねられ、黒田と静恵は一瞬思考が止まった。


「えーと……そう言えば、昔よくそういう感覚になったことはあったな。操縦席の計器に押しつぶされそうで、凄い圧迫感で……確かに、機械に動かされているような気分にはなったな」


「そうそう、機械仕掛けの棺桶みたいに感じました」


紗絵香は腕を組み、何やら思案にふける。

そして、口を開く。


「機械からの圧迫感……とは、少し違うのよね」


「……烈風を操縦している時、そう感じたってことか ? 」


「何かもっと別な……そう……変な感じの……」


「分かるように話せよ、分かるように ! 」


黒田が呆れたように言う。


「………明日、全力であの機体をぶん回してみないと、はっきりとは分からない」


「どういう意味だ、そりゃ ? 」


「戦闘機なんだから戦闘速度でぶん回してみないと、機体の本質は分からないもんでしょ ? 」


「そりゃ、まあ……」


「じゃ、シャワー浴びてくる」


紗絵香は飲み終わったコーヒーカップを置くと、退室した。

黒田は溜め息を吐いた。


「……三浦、よくあいつの後席やってられるな」


「……私も最初は、どう付き合えばいいのかわからなかったですけど……」


静恵は苦笑した。


「気づいたときには、互いに信頼していました。不思議な人です」



……そして翌日。

紗絵香は烈風の操縦席で、紗絵香は離陸準備をしていた。

操縦桿を握り、少しの間目を閉ざす。


「……」


整備員がエンジンをかけた。


「篠原二尉、離陸します」


《コントロール、了解》


プロペラが回転し、滑走路を突き進む。

そして車輪が離れ、宙に浮き上がった。

車輪を折りたたみ、烈風は蒼穹へと吸い込まれていく。

機体の安定性はいい。

高度をとって、右旋回、左旋回と機体を操る。


「これより、全速水平飛行に入ります」


《了解しました》


二次大戦中のテストパイロットも、こんな気持ちだったのだろうか。

紗絵香はそんなことを考えながら、機体の速度を上げていく。

烈風一一型の最高速度は、624.1Km/hと記録されている。

現代の高オクタン価の燃料を使えば、それを更に上回る記録が出せるかもしれない。

紗絵香の愛機であるF-4『ファントム』の速度とは比較にもならないが、それでも紗絵香が限界に挑もうとしていることには代わりない。


「現在速度、590 ! 」


メーターを見て、紗絵香は言った。


(この烈風は、零戦の後継機……終戦に間に合わず、長い間眠っていた機体……)


操縦桿を通じ、紗絵香の意識は烈風と一つになる。

限界に挑むとき、彼女は機体との一体感を感じるのである。


「610 ! 620 ! 」


烈風の速度が少しずつ上がり、やがて記録上の最高速度を超える。


(名機・零戦を継ぐ機体のはずだったのに、戦うことなく敗れた……)


速度計は690km/hを指し、じりじりと動いている。

やがて、ぴたりと止まった。


「……現在速度700.8 ! 全速飛行終了 ! 」


《了解しました、帰還してください》


紗絵香は速度を落としていく。

そして突然、操縦桿をぐっと引いた。

機種が上を向き、烈風は上昇する。

コントロールからの声を無視し、紗絵香はそのまま、烈風を宙返りさせた。

二回、三回と、連続して空中に円を描く。


夢で会った少女は、自分の『敵』を探していた。

長い眠りから目覚め、自分の存在が何なのかを問いかけていた。


「この空にはもう、貴女の敵はいない……」


高度を取り、横転急降下を開始する。


「貴女はもう、兵器じゃないの ! 」


両手で操縦桿を引き、機体を引き起こす。

操縦桿を通じて、確かに烈風と心が繋がった。


(これでもう、大丈夫……)


紗絵香は自然と笑みがこぼれた。


その後、紗絵香は予定を無視してのアクロバット飛行を行ったとして、司令から説教を喰らい、始末書を書くことになった。



それから、しばらくして。

リリー=グッドウィン中尉が、烈風の仇敵となるはずだった機体と共に、来日した。


「不思議な光景ですね」


静恵が言った。

格納庫には烈風と並んで、星のマークが描かれたレシプロ戦闘機が置かれていた。

P-51『ムスタング』。

二次大戦最優良戦闘機。


「昔は敵同士だった機体が、同じ格納庫にいるなんて」


「そうね」


紗絵香が頷く。


「今度は勝つわ、サエカ」


リリーが言う。

烈風とP-51の模擬空戦は明日だ。


「お手柔らかにね、グッドウィン中尉」


「リリーでいいわよ、リリーで。階級だって同じでしょ。呼び方は違うけど」


リリーもP-51を数時間飛行させ、操縦には大分慣れたという。

P-51の最高速度は701km/h、旋回性能でも零戦と互角と言われている。

それでも、旧式化していた零戦や一式戦闘機『隼』で、P-51を多数撃墜した操縦士もいる。

最後に物を言うのは、パイロットの腕だろう。


そしてついに、両機が闘う時が来た。

長年議論されてきた烈風の戦闘能力を確かめようと、基地には全国から軍用機マニアが詰めかけ、スタッフ達はその対応に追われていた。


「篠原二尉、離陸します」


《了解、発進どうぞ ! 》


烈風が滑走路を走り、宙に浮くと、周囲から歓声が上がった。

続いて、リリーのP-51も発進する。

二機は旋回や宙返りなどのパフォーマンスを行った後、戦闘態勢に入る。


《コントロールより両機へ ! これより模擬空戦を開始する ! 》


その言葉と同時に、ドッグファイトが始まった。

もつれ合うような旋回戦。

紗絵香もリリーも必死で操縦桿を操り、相手の背後を狙う。


「後ろに静恵がいれば、相手の動きをもっと正確に読んでくれるんだけど…… ! 」


しかし、このままではいつまで経っても埒があかないことも、二人は当然分かっていた。

互いに相手の動きを読みながら、仕掛けるタイミングを見計らっていた。


「 ! 」


先に仕掛けたのはリリーだった。

わざと紗絵香に後ろをとらせたのだ。


「誘ってるのかな……何をしてくるか……」


紗絵香は追尾しつつ、射撃のタイミングを狙う。

無論、リリーの動きにも注意しながら。

リリーのP-51が機首を上げる。

馬力や上昇性能では、P-51の方に分があるだろう。

敢えて追わずに、多方向から回り込むか……

紗絵香がそう思った瞬間、P-51がガクンと失速した。

そして驚くほど小さい円を描いて旋回し、紗絵香の背後に回り込む。


「『左捻り込み』 ! ? 」


旧日本海軍航空隊に口伝で伝えられたという、必殺の空戦技術。

反転宙返りの最中に機体を大きく捻り込み、一時的に失速させて相手の背後につく。

追う者と追われる者の立場が瞬時に逆転するという荒技だ。

詳細・実用性共に謎の多いこの技を、リリーはやってのけた。

リリーもまた、以前のままではなかったのだ。


「くっ…… ! 」


P-51の機銃から、ペイント弾が放たれる。

紗絵香は驚異的な反射神経で機体を90度ロールさせ、火線をかわした。

さらに垂直旋回に移る。

旋回性能に自信のあるP-51は、烈風に食らいついてきた。


「今……だ ! 」


紗絵香は左手一本で操縦桿を握り、右手をフラップ開閉レバーに伸ばす。

当然だが、旋回中はかなりのGがかり、片腕で操縦するのは難しい。

コンピュータを介さず、操縦桿から直接エルロンやエレベーターなどの装置を動かしていた二次大戦中の戦闘機なら、尚更だ。

しかも日々トレーニングをしているとはいえ、紗絵香は女性だ。

苦痛に顔を歪ませ、操縦桿を支えた。


「フラップ……開 ! 」


ガクンとフラップが作動し、それにより烈風は本来の旋回半径の更に内側へと回り込んだ。

そして、リリーの後ろを取った。


「ッ……練習はしたけど、やっぱり辛い……」


紗絵香は機銃の照準を合わせる。

だがその瞬間、リリーの姿が消えてしまった。


「 ! 下か ! 」


紗絵香が機体を捻って旋回すると、やはり下方から上がってきたリリーとすれ違った。


「今度は『木の葉落とし』……日本の空戦技術を、アメリカ人に使われるなんてね……」


リリーは距離をとって旋回する。

すると紗絵香は、反航して正面から挑みかかった。

正を以て合い、奇を以て勝つという孫子の言葉通り、相手の思いも寄らない戦法に出たのだ。

射撃のチャンスはゼロコンマ数秒。

賭けだ。


「いくよ、烈風 ! 」


射程ギリギリに接近し、紗絵香はトリガーを引いた。

20mm機銃4丁からペイント弾が吐き出される。

そして撃った直後、紗絵香は烈風を旋回させて、離脱した。

……烈風にもP-51にも、赤いインクによる弾痕が穿たれていた。

リリーも同じタイミングを狙っていたのだ。


紗絵香は微笑んだ。

そして、烈風に一言語りかける。


「……お疲れ様」





………零戦の遅すぎた後継機と、二次大戦最強と呼ばれるP-51『ムスタング』の戦いは、引き分けに終わった。

それ以降、烈風は基地に展示されることとなり、隊員達からも歓迎された。

紗絵香とリリーは固い握手を交わし、リリーの帰国後も手紙を出し合っている。

『絶対に戦場では会わない』ことが、二人の誓いであった。


数日後、紗絵香はパイロットルームで、静恵や黒田らとトランプをしていた。


「今日こそは篠原のイカサマを暴いてやるぜ」


「ふふ、どうかしらね」


紗絵香がいつもイカサマを使っていることは誰もが知っており、そのイカサマを見抜いたら紗絵香に夕食をおごってもらえる、というのがこの基地での特別ルールだ。

しかし、今のところ見抜けた者はいない。


「はい、ロイヤルストレート」


「うわ、マジかよ。変な動き、一切しなかったし……」


黒田が頭を抱えた時、部屋の赤ランプが点灯した。


緊急事態スクランブル ! 緊急事態 ! 国籍不明機が接近中 ! 》


その瞬間、隊員達はカードを放り出した。


「エンジン回せ ! 」


「チェックしろ ! 」


黒田たちが部屋を飛び出す。


「静恵、行くよ」


「はい、二尉 ! 」


……リリーとの模擬空戦以降、あの夢は見ていない。

しかし、烈風の前を通るとき、紗絵香はあの少女の気配を感じる。

笑っているように思えた。


(満足してくれた、ってことなのかな)


ヘルメットを被り、F-4『ファントム』のコクピットに入る。

静恵も後部座席に座った。


(この国の空を、また血塗られた空にしては駄目。そうじゃないと、あの子も安心して眠れない……)


滑走路に入り、ジェットエンジンに点火され、離陸を開始する。


《V1 ! VR ! V2 ! 》


「テイク・オフ ! 」


紗絵香と静恵は、夜空に飛び立った。

黒田と二機で、未確認機へと向かう。




……散っていった戦闘機達は、今は静かに眠っているのか。

それとも、相棒と共に大空を駆ける夢を、見続けているのか。




……

お読みいただき、ありがとうございます。

どうだったでしょうか。

主人公は自衛隊員、しかも女性……。

好みが別れるかも知れませんが。


さて、烈風が700.8km/hという速度を出したのは、『彩雲』や『紫電改』が戦後米軍に接収され、アメリカの高品質の燃料を使ってテスト飛行を行った結果、日本軍の記録を遙かに上回る速度をたたき出したという実例から、「まあ、烈風なら大体このくらい出たかも ? 」という速度を予測してみました。

なのでもの凄くいい加減です。


左捻り込みについては、作中に書きましたとおり詳細・実用性共に謎が多いです。

この空中軌道を得意としたことで有名な坂井三郎氏は、空戦に於いてもっとも有効な奇襲戦法に徹し、左捻り込みは一度も使わなかったというのも有名ですね。

とりあえず、リリーの実力もかなり高レベルなものであることを強調するために出しました。


できれば相手はP-51ではなくF8F『ベアキャット』にしたかったのですが、リリーは空軍所属、ベアキャットは海軍機なので断念。


次回が最後になります。

幻と消えた『陣風』ですが、まだ構成が練り切れていません(汗)

今度は本当に時間がかかると思いますが、お待ちいただければと思います。

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