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鎮魂歌 -艦上(局地)戦闘機『烈風』(前編)-

さて、今回は実戦に間に合わなかった幻の傑作機『烈風』。

舞台は二次大戦中ではありません。


三菱 艦上(局地)戦闘機『烈風』

乗員一名

最高速度624.1km/h

武装 20mm機銃×4(翼内)

(上記の性能は、正式採用型のA7M2『烈風一一型』のもの)


零式艦上戦闘機の後継機に当たる機体。

1942年、一七試艦上戦闘機の名で、三菱重工に開発を命令された。

海軍から三菱に課せられた要求は、高度6000mにおいて638.9km/h以上の速度、更に零戦に匹敵する運動性能という過酷なものだった。

使用するエンジンを巡っての海軍と三菱の論争や、工場が零戦、一式陸攻の生産で手一杯だったなどの理由により開発が遅れ、海軍の指定したエンジン「NK9」(後の「誉」発動機)を搭載したA7M1が完成したのは、開発命令から二年後の1944年だった。

A7M1『試製烈風』の性能は、海軍の要求値を遙かに下回ったため、不採用が決定。

「三菱は川西局地戦闘機『紫電改』のライセンス生産を行え」との命令を不満に感じた技術陣は、海軍からの命令無しで自社製エンジン「ハ四三」に転換したA7M2を完成させ、試験飛行を行う。

結果ほぼ要求性能を満たし、海軍は打って変わって本機を称賛、局地戦闘機に改め『烈風一一型』として正式採用を決定する。

しかし実戦には全く参加できずに終戦を迎えることとなり、残った『烈風』の一部はアメリカへ引き渡されたようだが、全機行方不明となっている。







… … … …



「コントロール、こちらムラサメ3。下方に目標視認、行きます」


パイロットスーツに身を包んだ、若い女性。

ヘルメットに『三つ巴』のマークが描かれている。


「静恵、行くよ」


《はい、二尉 ! 》


二尉と呼ばれた女性は操縦桿を倒して反転、下方のアメリカ軍機目がけて急降下を開始した。

相手はF-15『イーグル』、こちらはすでに旧式化しているF-4『ファントム』。


「そぉーれっ ! 」







… … … …


「うわぁっ ! ? 」


突然ダイブしてきたF-4『ファントム』に、リリー=グッドウィン空軍中尉は度肝を抜かれた。

咄嗟に機体を横転させ、射線をかわす。


「な、なんて飛び方をっ…… ! ? 」


リリーの背中に冷や汗が流れた。


「もうっ……『日本の女は奥ゆかしいヤマトナデシコ』、なんて言ったのは誰よ ! ? 」


日の丸の描かれたF-4は、引き起こしてからスプリットSを行い、リリーの後ろを狙う。


「舐めるんじゃないわよ ! 」


F-15の圧倒的なパワーにより、F-4を引き離す。

そして、太陽に向かって上昇する。


「チマチマした旋回戦じゃ、日本人の方が上でしょうけどね…… ! 」


F-4が食いついてきたが、太陽に飛び込んだF-15を視認できてはいない。

太陽光線によりレーダー波も攪乱されているだろう。

リリーは横へ抜け、横転降下してF-4の後ろを取った。

視認できるようにするため、太陽と同じ軸線にならないよう、やや左に着く。

その時、F-4は方向転換した。


(相手が見えなくなったときは自分も位置を変える……賢いやり方だけど、もう遅いわ ! )


F-4は馬力ではF-15に適わない。

リリーは斜め上から、確実に命中する距離まで食らいつく。


「もらった ! 」


だがその瞬間、目の前のF-4がガクンと減速した。

リリーのF-15はその上を追い越してしまう。


「 ! やばっ…… ! 」


直後、軽い衝撃音が数回。

F-4のペイント弾が命中したのだ。


「……あうー」


リリーはがっくりと項垂れた。

彼女の負けだった。



模擬空戦終了後、航空自衛隊二等空尉・篠原紗絵香は愛機の手入れをしていた。

マクドネル・ダグラスF-4『ファントム』は旧式化が進み、アメリカ軍ではほぼ完全に退役、航空自衛隊でも徐々に退役しつつある。

そんな中、操縦士・ナビゲーター共に女性であるこの機体は、模擬空戦で数々の好成績を残してきた。


「さすが篠原さんですね。最初からあそこでスピードブレーキと車輪を出して、減速するつもりだったんですか ? 」


ナビゲーター・三浦静恵三尉が尋ねる。

紗絵香は表情を変えずに答えた。


「相手の『流れ』を読んで、相手の有り余る力を利用すれば、1の力で10の力を制すことも可能、ってことね」


「はぁー、合気道とかの考えを、空戦にも応用したんですね」


その時、近づいてくる者がいた。

リリー=グッドウィン中尉だ。


「ハーイ。今回は私の負けだわ」


リリーが言う。


「最初の突っ込み、うちの部隊でかわせた奴はいなかった。貴女もいい腕してるわ」


紗絵香も英語で答えた。


「ありがと。それにしても、あれだけの腕があるのに、どうしてF-15に乗り換えないの ? 」


「機種転換の話も来たけど、断ったの」


「どうして ? 」


「デザインの好み」


「はあ ? 」


きっぱりと言い切った紗絵香に、リリーは呆れた。


「F-15『イーグル』はコンピューターで設計されただけにまとまってるけど、正直味気ない。ファントムの方が人間的なラインを出してる」


「日本人って、見た目よりも機能を重視するんじゃないかと思ってたけど……」


「私の場合、ただ強ければいいわけじゃないと思うからね」


紗絵香は微かに笑みを浮かべた。


「それにイーグルは単座だから、少し寂しくて」


そう言って静恵の肩に手を置くと、リリーは納得したような顔をした。


「ま、とにかく……次に闘うときは負けないわよ、サエカ=シノハラ二尉」


「こちらこそ。リリー=グッドウィン中尉」




女性は体重が軽い分、Gによる体への付加が男性より少ないという説があり、現在女性パイロットは増加傾向にあるという。




一ヶ月後。

スクランブル要員の待機中に、その知らせは舞い込んできた。


「おいみんな、これ見てみろよ ! 」


パイロットの黒田二尉が、卓上に新聞記事を広げる。

隊員達がその記事をのぞき込むと、一機のレシプロ戦闘機の写真が載っていた。

逆ガルの大きな主翼に、紡錘形の胴体。

そして、翼に見える四つの20mm機銃。


「これは……『烈風』 ? 」


紗絵香が言った。


「そう、局地戦闘機『烈風一一型』。昨日、L市にあった廃工場の地下で見つかったんだってよ ! 」


「マジかよ ! 」


「終戦後に残った烈風って、アメリカに引き渡すだの引き渡せないだののゴタゴタの中で、行方不明になっちまったんだろ ! ? 」


「ああ。ところが今になって、ほぼ完全な保存状態で発見されたってわけだ ! いつ作られたものかははっきりしないみたいだが、正式採用タイプの烈風一一型で、完成しなかったと言われている20mm機銃四丁搭載型ってことだ」


「事実は小説よりも奇なり、ってやつか」


「零戦の正当な後継機……一度飛んでるところを見たいよなー」


ルーム内が沸く中、紗絵香はいつも通りのポーカーフェイスで、写真を見つめていた。


「二尉、凄いですよね。実戦に参加しなかった機体なんでしょ ? 」


「………格好いいね」


静恵の言葉に、紗絵香はそう答えた。


「格好いいよ、これ」



………その後、烈風は点検・修繕を行われ、何処かの博物館か基地に展示されることになると思われた。

しかし、紗絵香たちにとっては思いもかけない事態が起こった。


「篠原二尉」


基地司令が紗絵香を呼ぶ。

部下達から「恵比寿様」と呼ばれる、優しげな顔立ちの中年男性だが、彼も元はF-4のパイロットである。


「何でしょうか」


「先日、艦上戦闘機……いや、局地戦闘機『烈風』が見つかったというニュースは知っているな ? 」


「はい」


「乗ってみる気はないかね ? 」


司令のその言葉に、部屋にいた誰もが驚愕した。

紗絵香も目を見開く


「あの烈風の修理は、大して難しくないそうだ。そこで、米空軍との間でちょっとしたイベントの話が持ち上がったのさ」


「イベント ? 」


「烈風と米軍機の模擬空戦だよ。対戦相手は以前に君と模擬空戦を行った、リリー=グッドウィン空軍中尉が候補として挙がっている」


室内に驚嘆の叫びが響き渡った。


「グッドウィン中尉の機体は ? 」


「P-51だ。『ムスタング』だよ」


ノースアメリカン P-51『ムスタング』。

第二次大戦において、最強と呼ばれた制空戦闘機である。


「すげぇ、烈風VSムスタング、夢の対決じゃないか ! 」


「烈風の性能が見られるってわけですね ! 」


熱狂する隊員達。

紗絵香は少しの間思案していたが、程なくして答えた。


「是非、やらせてください」



……こうして、遅すぎた名機が21世紀の空にて戦うこととなった。

そして二ヶ月後、基地に烈風が運び込まれる。

それは紗絵香のF-4と並んで、格納庫内に置かれた。

紗絵香は他の隊員達と共に、格納庫へと足を踏み入れる。

烈風と対面だ。


逆ガル翼の、やや大型の戦闘機が、F-4の隣にあった。


「…… ! 」


紗絵香は目を見開いた。

そして寒さに凍えるように、自分の体を抱きしめる。


「おぉー、さすがに零戦の後継機。貫禄あるよなぁ」


「やっぱり零戦の面影がありますよね」


他の隊員達が見とれている中、静恵が紗絵香の異変に気づいた。


「篠原さん、どうしたんですか ? 」


心配そうに尋ねる静恵に、紗絵香は烈風から目をそらさずに答える。


「……大丈夫、何でもない」



……この時、彼女が烈風から受けたその感覚。

気のせいとはとても思えなかった。

そして紗絵香は、自分がこの機体を操縦するということに、得体の知れない恐怖と、それ以上の興味を覚えた。


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