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グレムリン -四式戦闘機『疾風』-(後編)

後編です。

「くそっ、何処へ降りたんだ ? 」


日本兵達が、森の中を捜索する。

片倉少尉の機体がB-29と衝突したが、僚機によって片倉がパラシュートで降下したのが確認されたのである。


「無事ですかね ? 」


「さあな。確認した南少尉の話じゃ、プロペラの後流に飛ばされて、ぶつかった衝撃で宙に放り出されたみたいだってことだから……怪我ぐらいはしてるだろう」


脱出に成功しても、生還できるとは限らない。

パラシュートで降下した日本軍の操縦士が米兵と間違えられて、民間人に虐殺されたという事例もある。


先頭に立つ兵士が、辺りを見回す。

その時、横から足音がした。

すぐ近くだ。

兵士は反射的に小銃を向けるが、そこにいたのは十歳前後の子供だった。


「なんだ、迷子か ? 」


緊張が解けた兵士が尋ねると、その子供は首を横に振った。


「何処から来たんだ、坊主 ? 」


「………隊長、この子は女の子のようですよ」


「何 ! ? 」


確かによく見れば、顔つきや体つきが、どちらかというと女の子に近い。

しかし袖のないシャツに半ズボンという、どう見ても男にしか見えない服装だった。


その少女は、左手で木々の向こうを指さした。

兵士達がその方向を見ると、何か大きな布が見えた。


「 ! 片倉少尉 ! 」


パラシュートが木にに引っかかり、その下に、片倉の体がぶらさがっている。

兵士達が駆け寄り、まだ息があるのを確かめた。


……少女はいつの間にか、姿を消していた。





…………


闇。


右を見ても左を見ても、闇一色。


「片倉さん、靖国で会いましょう」


亡き友の声が聞こえた。


「靖国で会おう」


「靖国で会おうな」



--肥後 ! 松本 ! 村井 ! --



震天制空隊にいた頃。

同じ部隊の仲間達は、次々と敵に体当たりをしていった。

しかし、片倉は死ななかった。

エンジン不調で、飛び立てなかったのである。

仲間達は散華し、自分一人生き延びた。

耐え難かった。

皆で散るはずが、自分一人が生き残り、今ものうのうと生を貪っている。



「今までありがとうな、片倉。靖国で会おう」


--逝くな ! 逝かないでくれ ! 俺も…… ! --



「……やっちゃん」


突然聞こえた少女の声に、片倉ははっとした。


「やっちゃんは、飛行機乗りになれたんだね」


--玲子…… ! --


事故で死んだ幼馴染みの名を、片倉は呼んだ。

いつも男の子のような格好をして、片倉を筆頭とする近所の悪ガキ達と共に、町中を駆け回っていた少女。

片倉が弟分の肥後を助けて、隣町の悪ガキ五人を相手に闘ったときには、他の誰よりも早く玲子が駆けつけてきて、二人ともボロボロになりながらも全員を叩きのめした。

いつまでもこれでは嫁の来手がない、と親は嘆いていたようだ。

片倉が「俺の嫁にならなってもいいぞ」と言うと、笑いながら片倉の頬を抓った。



「やっちゃん、どうして死のうとするの ? 」


--俺だけ……俺だけ生き残れるかよ--


「生きていちゃ駄目なの ? どうしても死ななくちゃ駄目なの ? 」


--みんな俺を置いて、逝っちまったじゃないか。お前も、肥後たちも……--


「私だって生きていたかった。やっちゃんのお嫁さんになりたかった」


--お前……--


「死ぬのは駄目だよ ! 生きて ! 私が掴めなかった幸せ、やっちゃんが掴んで ! 」






……唐突に、闇が晴れた。

目の前にあるのは、基地の医務室の風景。

片倉はベッドに寝かされていた。


「おお、気がついたか」


白髪の軍医が言った。


「……先生……」


「無茶をしたものだな、片倉少尉」


その時、医務室の扉がバタンと開いた。

戦隊長だ。

片倉は起き上がって敬礼をしようとするが、体に激痛が走り、顔を歪ませる。


「そのままで良い、片倉少尉」


戦隊長は片倉に歩み寄る。


「少尉、貴様に一つだけ問う。貴様は戦闘機乗りの誇りを何と心得るか ? 」


「……敵機を……撃墜することです」


「馬鹿者がッ ! 」


戦隊長は怒鳴った。


「生還である ! 敵機に弾を撃ち込み、何度でも生きて還ってくる ! それでこそ真の操縦士である ! 」


「 ! 」


「B-29の空爆で死ぬのは、戦と関わりのない女子供ばかりだ。それを守るのが軍人の役目。そのためには、たった一回の出撃で散る体当たりなど論外だ ! 」


それだけ言うと、戦隊長は片倉に背を向ける。


「少尉、貴様が死んでも何も変わらん。何も良くならん。この戦は先が見えた。なればこそ生き残れ ! 散っていった者達へのためにもな ! 」


戦隊長は退室し、荒々しく扉を閉めた。

数秒間、病室に沈黙が流れた。


「さすが戦隊長だのう。かつて激戦地ラパウルにいただけのことはある」


軍医が言う。


「……先生」


「何かね ? 」


「俺はいつ、飛べるようになりますか ? 」


「……三週間、と言ったところか」


片倉は目を閉ざした。

瞼の下で、彼の瞳は新たなる信念の光を宿していた。






……そして三週間後の夜。

B-29の大編隊が、この日も来襲した。

戦闘機隊が、迎撃に出る。


「ありがとうな、小石川。それに班長」


新たな四式戦の操縦席で、片倉が言う。


「心を込めて整備してくれた機体、必ず返すぜ」


「少尉も一緒に帰って来なきゃ、整備した意味ないっスからね ? 」


小石川の言葉に、片倉はニヤリと笑った。

エンジンが回り、四式戦が滑走路を走る。

そして、夜空へと飛び立っていった。


「……まだ怪我が治ったばかりなのに、大丈夫っスかねぇ ? 」


「さあな……だが」


班長は微笑を浮かべる。


「あいつの目、変わってきたぜ」



夜空を鋼鉄の巨鳥が渡っていく。

B-29『スーパーフォートレス』……超空の要塞。

片倉の四式戦はエンジンを全開にし、斜め下から巨大な機影を追う。

B-29は爆弾倉の中に、燃料タンクを積んでいる。

そこに火を噴かせてやれば、墜とせる。

問題は、B-29からの防御射撃を如何にかわすか、だ。


「肥後……松本……村井」


操縦桿を握りながら、片倉は呟いた。


「悪いな……俺は靖国へは……お前達の所へは行けない」


機銃弾を巧みに交わしつつ、射程距離まで接近していく。

エンジンなどに少し火を噴かせたくらいでは、すぐに消火されてしまう。

爆弾倉へ確実に撃ち込める距離まで、追尾するのだ。

機銃弾が、風防を掠めた。

前回とは明らかに違う感情……即ち恐怖がわき上がってくる。

恐怖。

つまり、生きることへの執着。

生還するという、信念の証。


そして、片倉は限界まで接近した。

射程圏内だ。


「この音がお前達への、鎮魂歌だ ! 」


片倉がトリガーを引くと、20mm弾と12.7mm弾が、黄色い帯のように吐き出される。

B-29の装甲に、いくつかの弾痕ができた。

四式戦にも、凄まじい機銃の雨が降り注ぐ。

だが片倉は、B-29目がけて全力で飛びながら、攻撃を止めなかった。


「うおおぉっ ! ! 」


轟音と共に、空中に紅い花が咲く。

機体が炎を噴き、B-29は真っ二つに折れた。

金属片が炎を反射し、蛍火のように宙を舞う。


「……やった」


片倉はポツリと呟いた。

そして、燃えさかりながら闇の中を墜ちていく、B-29の姿を見た。


「お前達アメリカ人も……生きて国へ還りたかっただろうな。だが、俺は……」


この戦争は先が見えた。

日本は負ける。

しかし。


「玲子……あの頃の、俺やお前みたいな子供を……一人でも多く、護る ! 」


燃料は、残り僅か。

片倉は基地へと機首を向けた。

B-29を追尾するため、燃料を最低限の量に減らし、機体を軽くしていたのだ。

残ったB-29は、もう追いつくことのできない距離へと飛び去っている。


夜空の中で、玲子が笑ったような気がした。

片倉は操縦桿を握る手に、力を込める。



「片倉泰志……これより帰還する ! 」







……B-29の空爆により、日本各地が焦土と化した。

四式戦闘機『疾風』は、沖縄戦などで数多くの機体が特攻機として投入されることとなる。

片倉は四式戦を駆り、風の如くB-29の撃墜に奮闘した。




操縦士の誇りと、幼馴染みとの約束を胸に。

さて、お読みいただいてありがとうございます。

『疾風』は『紫電改』とかと比べて、機種として「これは」という特徴は無いように思います。

新機軸の組み込まれた紫電改と比べ、四式戦闘機『疾風』はシンプル故の強さ、と言ったところでしょうか。


次回は零戦の正当な後継機となるはずだった、一七試艦上戦闘機『烈風』です。

実戦に参加できなかったため評価が分かれますが、これも好きな機体です。

受験などもあり、次回はかなり遅くなるかもしれませんが、どうかお楽しみに。

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