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伴侶 -水上戦闘機『強風』(前編)

第一弾は「強風」。

後の「紫電」「紫電改」の母体となった、不遇の名機です。


川西 水上戦闘機『強風』

乗員一名

最高速度488.9km/h

武装 九七式三型改二7.7mm機銃×2、九九式二号三型20mm機銃×2


日本海軍が南洋諸島への侵攻作戦のため、飛行場完成までの制空権の確保や、空母艦載機の不足を補うために開発した水上戦闘機。

水上機のほとんどが連絡・偵察任務に使用されていた第二次大戦において、極めて珍しい本格的な水上戦闘機であり、自動空戦フラップをはじめとする数々の新機軸が組み込まれていた。

しかし、本機が実戦投入された時、日本は完全に守勢に回っており、本格的水上戦闘機の活躍の場はほとんど失われてしまっていた。

戦果はインドネシアの島々に配備され、攻撃で米軍のB-24、B-29などを少数撃墜するにとどまった。

しかし本機の存在は無駄では無かった。

後に本機『強風』を陸上戦闘機化した『紫電』が開発され、日本海軍最後の傑作機と言われる『紫電改』へと発展していったのである。










… … … …




日本の南方に浮かぶ、地図にも載らない島。

そこに、水上機からなる戦闘部隊があった。

任務は、本土へ向かう敵重爆撃機の迎撃である。



「それにしても、暑いな」


岸辺に座る搭乗員が、汗を拭う。

同じく汗まみれの整備員が、水上戦闘機『強風』のエンジンを点検している。


「すぐに慣れますよ。暇な時には泳げばいいし」


整備員の八谷が、苦笑しつつ答える。


「しっかし、暑いからって俺たち整備員に八つ当たりする奴らもいましてね」


「そんな奴らがいるのかよ」


「二式大艇の乗組員たちですよ。特に機長の野口中尉ってのが最悪でして」


嘔吐するような表情で、八谷は言う。


「気に入らないことがあったら全部俺たちのせいにしやがるんですよ、全く」


「命知らずな奴だな。お前達整備がちょっとでも手を抜けば、エンジントラブルで墜落するだろうに」


「ええ、今まで何度そうしてやろうか……ゴホン」


言葉を呑み込んで、一つ咳払いをする。


「そう言えば中山少尉殿は、三田村一飛曹には会いましたか ? 」


「三田村 ? いや……」


中山健二少尉は、首をよこに振った。

彼は昨日、この基地に配属されたばかりなのである。


「有名なのか ? 」


「有名……まあ、この島では。少し変わった人でしてね。ほら、あそこにいます」


八谷の指さす先。

別の強風の操縦席に、一人の男が座っていた。

身を乗り出して、機関部を撫でている。


「へえ……ちょっくら挨拶してくるか」


中山は立ち上がって、尻についた砂を払う。

そして三田村一飛曹の元へと歩み寄った。

よく見ると、歳は中山と同じくらいのようだ。


「三田村一飛曹かい ? 」


中山が問いかけると、彼は機上でぴしっと敬礼をし、


「はい、三田村であります ! 」


と答えた。


「俺は中山健二。階級は少尉だ。昨日この島に来た」


「はい、存じております。宜しくお願いします」


なんだ、礼儀正しい奴じゃないかと中山は思った。


「どうだ、一杯やらないか ? 」


「いえ、せっかくなのですが……」


三田村は苦笑する。


「こいつ、今日は俺にいてほしいみたいで……」


「こいつ…… ? 」


「こいつです」


機体をぽんぽんと叩きながら、三田村は言った。


「強風……のことか ? 」


「ええ、奈津江って言うんです。可愛い奴でして」


それを聞いて、中山は数秒間、空いた口が塞がらなくなった。

戦闘機に女の名前を付けて可愛がる者など、初めて見た。


「……まあ、これから宜しく頼む」


そう言って中山は、自機の所へ戻っていった。

八谷はエンジンの点検を終え、岸辺で休んでいた。


「……どうでした ? 」


八谷が尋ねる。


「うん、確かに変な奴だ。自分の機体を本当に女だと思ってるのかよ ? 」


「むしろ、女房と思ってるようです。時々、今夜は一緒に寝るとか言って、操縦席で一晩過ごすこともありますね。話しかけてることも多いですし」


「……。よっぽど女に飢えてるのか」


このような孤島では無理もないか、と中山は思った。

何故にこのような島に基地を置くのだろうか。

何かが隠してあるのか。


「流行病で恋人を亡くした、とか聞きましたがね。……しかし、あの人はただの変人じゃないですぜ」


「腕は一流、か ? 」


「いいえ」


八谷は首を横に振る。


「一流の上に『超』が付きます」


「そこまでか ? 」


「はい、コンソリ(B-24)を三機も墜としてるし、この前なんかメザシ四機に追い回されて、無傷で帰ってきました」


「P-38四機に ? 」


ロッキード P-38『ライトニング』。

『メザシ』は日本軍がつけた呼び名である。

双発・双胴型の高速戦闘機で、双発故に旋回性能は低く、日本軍の零戦に低空での巴戦ドッグファイトに誘い込まれて撃破される機体が多かった。

しかしその高速性を行かせば零戦も対抗できず、一撃離脱戦法で多くの戦果を挙げた。

無論、普通に考えれば水上戦闘機で逃げ切れる相手ではない。

しかも、三田村は無傷でやってのけたという。


「しかも、帰ってきてから言った台詞が、『こいつの柔肌を傷つける奴は、ただじゃおかない』って……」


「柔肌……」


中山は軽く呆れた。

しかし同時に、三田村の戦いを見てみたいという気持ちにもなった。



そしてその機会は、二日後に訪れた。

B-24『リベレーター』爆撃機の編隊が接近中との知らせが、基地に響き渡ったのだ。

中山は自機に乗り込み、迎撃に出る。

基地の強風が次々と離水し、敵編隊を探す。


「……ん ? 」


一機の強風が、前に出て翼を振った。

誘導する、という合図だ。


「あれは……三田村だな」


僚機と共に三田村の後をついていくが、敵機の姿は見えない。

だがしばらく行くと、小さな点々が見え始めた。


「すげぇ……どんな視力してるんだ、あいつは」


驚きながらも操縦桿を引き、高度を上げつつB-24編隊に迫る。

相手はまだ気づいていない。

敵の上方から、奇襲をかけるのだ。

B-24はどんどん大きく見えてくる。

敵が気づいて機銃を撃ち始めたが、もう遅い。


B-24が真下に来たとき、中山はトリガーを引いた。

翼下に搭載された、時限起爆式の30kg爆弾が二つ、投下される。

一つは命中せずに空中で爆発したが、もう一つは胴体付近で爆発し、傷を負わせた。


「……小破か。やっぱり簡単にはいかないぜ……」


舌打ちしつつ、銃弾に大して回避行動を取る。


その時、三田村の機が見えた。

既に30kg爆弾を投下したらしい。


「 ! 」


中山は驚愕した。

三田村の強風が突如反転し、B-24の背中目がけて急降下を始めたのである。

7.7mmと20mmの機銃を撃ちながら。


--空中衝突


中山の脳裏にその言葉が閃いた刹那、B-24が爆発。

主翼が片方もげ、黒煙と炎を巻釣らしながら墜ちていく。

そして三田村は、爆発する相手の脇をすり抜け、機体を引き起こす。

壮絶な光景に、中山は声も出なかった。

真上からの攻撃により、敵銃座の死角へと入り込んだのである。


(超一流……間違いない、超一流の戦闘機乗りだぜ、あいつは……)



……その日は、三田村が一機を撃墜した他に、中山や他の隊員が数機のB-24を小破した。



「視力、判断力、技術、度胸……」


その日の夜、八谷と共に自機を修理しながら、中山は呟いた。

機関部に機銃弾が一発、当たっていたのだ。


「そして誇り……と。奴は戦闘機乗りに必要な物を全部持ってる」


「それに加え、機体を知り尽くしてます。自動空戦フラップも完全に使いこなしてますよ」


フラップは離着陸時に使用される高揚力装置だが、熟練した零戦乗りの中には、速度を墜としつつ効率的に旋回するため、空戦で使用する者もいた。

これはベテランの操縦士のみにできる技術だったため、速度と機体荷重を感知して自動的に作動する、自動空戦フラップが開発された。

その試製品が、強風に搭載されているのである。


「……俺も負けちゃいられないな。仮にも二式水戦からのベテランだしよ」


二式水上戦闘機は、零戦一一型を水上機化したもので、開発の難航が予想された強風が完成するまでの「繋ぎ」として、太平洋戦争初期から投入された機体だ。

零戦の製造元である三菱が、現存機の量産で手一杯だったこともあり、水上機の経験が豊富な中島飛行機が改造・生産を担当した。

結果、実戦投入の遅れた強風よりも、繋ぎとして作られた二式水上戦闘機の方が、多くの戦果を残すこととなってしまったのである。


……気がつくと、三田村が近くに来ていた。


「少尉、故障ですか ? 」


「ああ、コンソリから一発喰らっちまったらしい。ほとんど直ったけどな」


中山は苦笑してみせる。


「少尉の女も、なかなか美人ですな」


「同じ機種だろ、美人も不細工もあるかよ」


「いや、ありますとも」


三田村は言った。


「同じ機種でも違いはあるんです。俺の奈津江は結構過激な飛び方が好きみたいでして」


「ほう」


考えてみれば、人間の手で作られる物なのである。

一機一機、微妙に違いがあってもおかしくない。

そういう面も含めて、三田村は戦闘機を女に例えているのだろうか。


「少尉のは大人しい生娘ですな」


「そうなのか ? 」


「ええ、頭も良さそうですな。あまり褒めると奈津江が妬きますが」


三田村は軽く頭を掻いた。

どうやら彼は奇人ではなく、とにかく飛行機を愛しているようだ。


「三田村一飛曹、お前は何処の生まれだ ? 」


「東京です。お袋が女流パイロットでしてね、昔から憧れてたんですよ」


「なるほど。親父さんは ? 」


「親父は船乗りだったらしいですが、居酒屋にツケ払いに行ったきり帰ってこなかったとか、鯨に乗って旅に出たとか……諸説入り乱れ、よくわかりませんで……」


「なんだよ、そりゃ……」


その時三田村が、何かに気づいたように夜空の彼方を見た。


「どうした ? 」


「……エンジン音が聞こえます」


そう言われて、中山と八谷も耳を澄ます。

微かに、レシプロエンジンの音が聞こえてくる。


「ああ、確かに……」


「米軍の夜間偵察っすかね ? 」


音はどんどん近づいてくる。

やがて、それらの機体が肉眼で見える距離になった。


「グラマンだ ! 」


叫ぶと同時に、三田村が整備用の灯火を消す。

次の瞬間、機銃音が響く。

中山と八谷は強風から海に飛び込み、三田村はその場に伏せた。

銃弾は地面に穴を開けるだけだったが、三機のF6F『ヘルキャット』は夜空を旋回しつつ、島の地面へ度々機銃を撃った。

基地の人間が外へ様子を見に出たり、慌てて防空壕へ駆け込んだり、明かりを消したり、島中が混乱した。


しばらくしてF6Fは引き上げていったが、機銃掃射を受けて整備員が一人死亡した。

その後、隊員一同は司令官に招集されるが、そこで中山達はとんでもない発表を聞くことになったのだ。



さて、続きは後編です。

強風……活躍はしなかったけど、なんか好きなんですよねぇ……。

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