1000円の価値
保育園に通っていた頃の私は、「1000円札と100円玉どっちがいい?」と祖母から聞かれたら、迷わず100円玉と答えていた。小銭のジャラジャラとした音が好きだったのだ。そして近くの駄菓子屋で、たこせん(小判型のみりんせんべいに、ソースとマヨネーズを塗り、2つに割って挟んだもの)を買って、そのおつりを缶に溜める癖があった。今も財布の中に、銀色硬貨以外の小銭が入っている場合、専用の缶に入れるようにしている。(綺麗な5円玉1枚を残して)
小学生になると、お金の価値がそれなりにわかるようになってくる。「10000円あればゲームが買える」「5000円あると服が買える」「1000円あるとおもちゃが買える」「500円あると買い食いできる」など。この頃はまだ小遣いを貰っていなかったので、祖父や祖母の家に遊びにいっては隠れて小遣いを貰っていた。(もちろん母はそのことを知ってる)毎回くれるのが10000円で、それを両替機で1000円にしてから100円玉に両替するのが楽しかった。ゲームでコインが出てくるような感覚だ。そして、そのお金をゲームセンターで使い果たせるはずもなく、適当なゲーム(スーパーファミコンソフト)を買っては、プレイしていた。その頃に偶然ハマったのが、天外魔境ZEROというゲームだった。私が二次元にハマるきっかけになった作品である。ちなみに私は「金銀」というキャラクターが好きだった。私が弾くキーボードの音も、この作品に大きく影響している。(クオリティはお察し)
それからは、「あのキャラの持っているような剣や、魔法の杖、盾、アクセサリーなどが欲しい!」という物欲がうまれたのである。そうなるとお金が足らなくなってくる。ちょうどその頃に祖母から「1000円札と100円玉どっちがいい」と聞かれたとき、私は1000円札と答えた。小学生になって、お金の持つ価値を理解したのである。「お金があれば好きなものが買える」と。
しかし、中学生になったとき、父方の祖父と祖母は亡くなり、残ったのはお金の管理にうるさい母方の祖母だけになった。祖母は親戚から貰ったお年玉は全部貯金に回すので、私は一気にお金がなくなってしまった。その頃から小遣い制になった。(1ヶ月3000円)そこで初めて「小遣いを貯める」という概念がうまれた。両親が離婚したので、家計も苦しくなった。それでも毎月小遣いをくれた母には本当に感謝をしている。1日100円という計算だが、それでも大変だっただろう。でもそのおかげで、好きな漫画やゲームを買って、友人と遊ぶことが出来た。500円のシャーペンを買って、100円のA4紙を買い、大好きなキャラクターの絵を描いた。1000円以内で出来る事は意外に多かった。
高校生になったとき、初めて「働く」という事をしてみた。最初は「行けばお金がもらえる」程度にしか思っていなかったが、そうはいかない。最初は「花嫁修業としてがんばってね」と言ってくれたパートのおばちゃんも、私が仕事でミスをすればきつく叱る。それは、「あの子といると仕事量が増えるから嫌」という本音だとすぐ気付いた。私はお皿一つ割って叱られただけで、バイトを辞めてしまった。
それからは、学業をがんばろうと必死にテストを受けるようにしていたら、成績だけはよかったので、大学を受験できるのではないかという話になった。先生方も協力してくれて、なんとか受かったは良いが、問題は「入学金」であった。そこで祖母がちょこちょこ貯めておいてくれた「お年玉や年金」などが役に立ったのである。私はそのとき「お金を貯める人の気持ち」を汲み取った。どんなに「ちょうだい」といってもくれなかったお年玉。祖母はこうなることを予想していたのかもしれない。
大学を卒業して病気になった私は、「社員になる」ということは出来なかったが、母が毎日足腰を痛めて帰ってくる姿を見て察することが出来る。私に出来ることは、笑顔で「いってらっしゃい」や「おつかれさま」と言って、愚痴や世間話をしたり、家事をするぐらいである。そんな母の自給は950円。1000円もいかないのである。
その950円を、こどもの頃にもらった10000円よりも、貴重で大切に思うのは、やはり、お金の価値を知ったからであろう。今思えばいろんな人からお金の価値を教えてもらった。ただただ感謝、その二文字が浮かぶばかりである。
ありがとう、助けてくれたみんな。必ず社会復帰するからね。




