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番外編 『そこ』に至るまでのお話(アルジーン視点) 中編

 姫巫女一行の旅立ちは早かった。

 姫巫女がこちらの世界になれる為、そして、本当に『浄化』の御業が使えるのかを確かめるために、まずはロンダル国内の『穢れ』を祓う為の旅である。

 しかしいくら予めその顕現までに一か月の猶予があったために、準備期間自体は充分だったとしても、たった三日で王宮から放り出すとは!

 それを聞かされたアルジーンは、ロンダル国王のやり口に憤りを隠せなかった。


 今も、貸し与えられたロンダル王宮の一角で、アルジーンはヘイノルト相手に怒りをぶちまけていた。


「三日だぞ、三日! たったそれだけで、この世界について何も知らぬ相手を旅立たせるかっ?」

「『穢れ』は、刻一刻とその規模と数を増やしています。すでに町ぐるみで滅んでしまった場所もある……それを考えれば、姫巫女の旅立ちは早ければ早いほど良い。知識などは、その旅の途中で教え込めばいい事――」

「だれが、あのクソ国王の言い分を繰り返せと言った?」

「しかし、正論ではあります」

「確かにな。だが、その正論も、先ずは自国・・の穢れを払い終わった後に、様子を見て他国へと向かわせると来れば、たんに己の国の利益のみを考えているとしか思えん」

「それについてもその通りなんでしょう――けど、その思惑通りにすすめさせるつもりもないのでしょう?」

「当たり前だ」


 元々、ロンダルの国王は、実際に姫巫女の召喚が叶うまでは、それを秘密にしておきたかった節が見えた。王宮内は勿論、神殿関係者にも緘口令を敷き、神託があった事実すら封じ込めようとしていたらしい。

 ただ、これについては、情報収集のプロフェッショナルであるカゼルトリ公国(実際にはヘイノルトの特殊能力)の働きにより、国王の思惑はあっさりと潰えた。


「列国の代表者が、雁首揃えてここを訪れた時の、あのクソ国王の顔と言ったらなかったな」

「タイミングを合わせるのに苦労したのですよ?」


 平時であれば、先ぶれもなく正式な使者が他国を訪れることはありえない。下手をすれば、それだけで宣戦布告とも取られてしまう。しかし、今回の事は、このアーセンティア始まって以来ともいえる大事件だ。

『予め来訪を告げることが出来なかったのは申し訳ないが、知らせを受け、取る物も取りあえず駆け付けた』と言われれば、後ろ暗い企みがあった分、強くも出られない。しかもそれが一国ではなかったのだから、猶更だ。


「あの顔を見られただけで、十分な褒美になっただろう」

「胸がすっとしたのは事実ですね」

「私もだ。だが――そのおかげで、警戒を強められてしまったのは誤算だったな」

「阿呆は阿呆なりに、頭を働かせたのでしょうが……その事で余計に、他国の怒りを買っている事についてはどう思っているのでしょうね」

「姫巫女の身柄を握っている間は大丈夫だと踏んでいるのだろう」


 そして、その件の『姫巫女』は、今は旅の空の下だ。アルジーン等も同行を希望したのだが、『自国の事である』との言い分でそれは却下されていた。ならばせめて、出発前に言葉を交わしたいと申し込んではみた物の、やはりこれもやんわりとであるが拒絶されてしまった。


「なんにせよ、姫巫女が戻った後が勝負だな」

「ええ。一月ほどはかかるという話でしたから、その間はここでゆっくりと過ごさせていただきましょう」

「あまり長居をしていると、そのうち、宿泊代を請求されるかもしれんぞ?」

「この国ならあり得ますね」


 そう笑いあった二人であったが、この時点では姫巫女が王宮に帰還するまでに、予定の三倍――つまり、三月もかかるとは想像すらしていなかった。





 三か月後。

 やはりロンダルの王宮で行われた、姫巫女一行の帰還の報告の場が、アルジーンとまどかの二度目の邂逅となっていた。

 三月ぶりにアルジーンが見た姫巫女は、あの時の異界の装束ではなく、神殿の者たちのような白い衣装を身にまとっていた。但し、清貧を貴ぶ彼等とは異なり、あちらこちらに宝玉が飾られ、金糸銀糸の縫い取りのある豪華なものだ。姫巫女の黒い髪と瞳によく映え、麗しき美貌を大いに引き立てはしていたものの、依然見た折よりも幾分痩せたように見える華奢な肩には、ひどく重たげにみえたのも確かだった。


「首尾よくロンダル国内の浄化を果たしたそうだな。流石は異界の姫巫女だ。しかし、慣れぬ旅でさぞや疲れた事であろう」


 姫巫女本人から旅の首尾を報告され、自国における『穢れ』の憂いが完全に取り払われたことにより、ロンダル国王の機嫌は上々だった。

 しかし、その機嫌な顔が、次の姫巫女の言葉で凍り付く。


「少しくたびれてはいますけど、大丈夫です。それよりも、私が実際に『穢れ』を祓う事が出来るのはこれで証明されましたよね? だったら、早く他の国にもいって浄化を始めたいのですけど」

「なっ……いや、それはならん! 其方は、まだ旅から戻ったばかりだ。一旦、ここで休養を取って、後日、また改めて向かう先を選定……」

「そんな悠長に構えている暇があるんですか? 一刻を争うって言うお話だったから、ここにきて三日しかたっていないのに、旅に出たんだと思ったのですけど?」


 姫巫女の口調は淡々としており、その中身もまさに『正論』だった。別にロンダルの国王を遣り込めてやろうという様子もない――実際に、腹のうちで何を考えているのかは知らないが。

 だが、だからこそ、この場合は効果的だった。

 とっさに上手い言い訳が見つからなかった様子で、ロンダル国王も口ごもってしまう。そして、その隙を見逃すようなアルジーンではなかった。


「流石は神の遣わされた尊い姫巫女だ。『穢れ』に苦しむ民への思いやりに満ちたお言葉、感服しました」


 誰? と問われるように視線を向けられ、アルジーンは恭しく一礼する。


「姫巫女殿とは初めて言葉を交わさせていただきます。私はジーモルト皇国第二皇子アルジーン・ギルベルト・ジーモルトです」


 その名乗りに、姫巫女は軽く会釈を返してはくれたが、己の名を告げることはなかった。天界――いや、異界では作法が違うのだろうと、その時は深く考えなかったアルジーンではあるが、後にその理由を知り、激怒することになる。


「姫巫女のおっしゃる通り、事態は一刻を争います。ロンダル以外の国の民たちも、姫巫女の浄化の御業を待ち焦がれている事でしょう。たった今、長旅から戻ってこられた上に、か弱い女性で有られる貴女には酷な願いだと分かってはおりますが、一日も早い出立を望むのは、私以下、ここに居並ぶ各国の方々も同じです」


 望んでいないのは、ロンダル一国だけである。自国の安全が確保されたなら、後は『姫巫女』という最強のカードを武器に、他国へ好き放題の要求が出来ると思っている。それが分かっているからこそ、付けむ隙を与えぬために、遠回しに帰国を促す言葉にも、頑として首を縦に振らなかったのだ。そして勿論、その間の時間も有効に活用させてもらった。ヘイノルトや他の仲間たちの協力もあり、今やアルジーンは、対ロンダル国連合といっていいだろうの旗印となっていた。

 そのことはロンダル側にも知られている為に、アルジーンの発言を妨げようとする者はいない。


「一晩寝たら、こんな疲れ位、すぐに回復します。私はいつでも構いません」

「寛大なそのお言葉、痛み入ります。流石に明日という訳には行きませんが、一日も早い出発を約束しましょう」


 そんな勝手は許さん! と、唯一、ロンダルの国王が叫んでいたが、姫巫女本人の口から「一日も早い出立を望む」との言質は取れている。それを覆すだけの正当な理由もないのだから、ただの戯言と聞き流すのみだ。

 青筋を立てて興奮している国王を、それよりは空気の読める家臣らが必死に宥めている。その様を、顔色一つ変えずに無視するアルジーンに、姫巫女はためらいがちに一つの望みを口に乗せた。


「ありがとうございます。それと……一つお願いをしてもいいですか?」

「お願いですか? それはどのような事でしょう?」


 ここまでのやり取りで、アルジーンは姫巫女が実はかなり強い意志の持ち主であると悟っていた。最初に見た折には、ただ黙って王の傍らに立っていただけであった為、それを知るチャンスが与えられなかったという事だろう。己よりも、『穢れ』に苦しむ人々を優先したいという、その言葉の内容にも好印象を受ける。但し、その時はまだ、中身も分からぬ『願い』に、即座に『なんでも叶える』との言質を与えるほどではなかった。

 しかし姫巫女にとっては、無碍に断られなかったという事だけでも、十分だったようだ。

 ほっとした様子で、おずおずとした口調ではあったが告げられたその言葉に――アルジーンは、己の猜疑心を恥じることになる。


「……私の事を歓迎していただけるのは有り難いと思いますが、行く先々で歓迎式典だの夜会パーティだのは止めてほしいんです。その為に何日も同じ場所に足止めされていたら、いくら急いで出発しても意味がないと思うんです」


 今回の姫巫女の旅が予定よりも大幅に長引いたのは、それらが大きな原因であったと、アルジーンはすでに知っていた。ただ、夜会はさておき式典の方は、長期にわたり『穢れ』に苦しめられていた人々の心を安堵せしめる意味もある。その為に、表立っては非難しにくい事であったのだが……。


「姫巫女におかれては、それらは不要だと?」

「別に大げさに宣伝しなくても、『穢れ』が消えたのはすぐにわかる事でしょう? だったら、既に浄化が済んだところでぐずぐずしているより、さっさと次の場所に向かったほうが良いはずです」

「……式典のみならず、夜会も不要とおっしゃったか?」

「私は未成年なのでお酒は飲めません。なのに無理やりに勧めれたり、大勢でしつこく話しかけられたり……それに、疲れてて眠いのに、いつまでも起きてるのを強要されるのも嫌なんです」


 これが普通の貴族の娘であったのなら、己が主賓となる夜会と言われれば、喜んで出席するところだ。人々に囲まれてちやほやともてはやされるのも、それを楽しみこそすれ、嫌がることはあり得ない。それなのに、彼女は、美酒の勧めを断り、取り入ろうとするものを拒み、挙句に睡眠時間が削られることが嫌だと言う。

 彼女――異界の姫巫女は、アルジーンがよく知る令嬢達とは違う。かといって、市井の娘達とも無論、異なる。


「姫巫女の望まれるままに――」


 深く頭を垂れ、姫巫女の願いに応えつつも。

 もう幾度目になるのか――己の不見識を思い知らされ、胸の内で恥じ入りながら。

 アルジーンは、一つの事を固く心に決めていた。


 この何から何まで規格外の姫巫女の事を、もっと知りたい。知らねばならない。

 そのためにも、まずはもっと親しく言葉を交わせる状況を作り上げる必要がある。旅にでさえすれば、その機会はいくらでもあるだろうが――ここに集った各国の状況と、その力関係、或いは地理的条件を鑑みつつ、旅の道順を考える頭の片隅で、もう一つの計画を着々と組み立てるアルジーンであった。

まどかは単に、早いとこ浄化を済ませてお家に帰りたいだけです。

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