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短編集

リアルワールド・オフライン

作者: よぎそーと

「そっちにいったぞ!」

 弓を構えた青年の声に、「おう!」と威勢の良い声が返る。

 刀を手にした高校生くらいの男は、迫り来る気配に神経を集中させていく。

 敵は大型モンスター。

 高さ十メートルほどで、文字通り大型だ。

 人里近くで見るモンスターの中では最強クラスである。

 だが、対する刀を持った剣士は微塵も不安を抱いてない。

「防御と能力強化はかけたぞ」

 背後から、味方の魔術師の声が届く。

 魔法援護によって、剣士の身体能力は数倍以上に増幅された。

 また、防御魔法は威力の小さな銃弾ならはじき返すほどの防御膜を剣士に提供している。

 それでも大型モンスター相手となるといささか心許ない。

 モンスターの一撃で、即死するところを致命傷におさえるのがせいぜいだろう。

 だが、

「助かる!」

 剣士は更なる自信をみなぎらせていく。

「こっちも、結界を張ったから。

 範囲に入ったらやっちゃって」

「よっしゃ!」

 結界────本来なら侵入を防ぐためのものであるが、この場合、範囲内に侵入した者の動きを疎外する方に注力されている。

 彼らの目的が、モンスターなどを除く事ではなく、倒すことなのでそういう形で魔法や魔術と呼ばれる力を使った形だ。

 それでも大型モンスターの動きを完全に遮る事はできない。

 しかし、矢面に立つ剣士の受ける損害はさらに軽減する。

 そうこうするうちに大型モンスターが目に入ってきた。

 それは、鱗のような羽毛に覆われた鳥のような存在だった。

 いや、鳥というのも語弊があるだろう。

 くちばしや、全体の姿形は鳥に似てるようにも見える。

 しかし、より近いのは、絶滅したと言われている恐竜のほうだった。



 翼は細く長い前肢になり、翼というよりは腕にちかい。

 実際、羽毛にあたるものもなく、指はかぎ爪を持った獣のものだった。

 それとは対照的に大きな後ろ足は確かに鳥をイメージさせるもので、二足歩行を問題無く行っている。

 尾羽根のかわりに長い尻尾をふり、同じく長い首をかすかに左右に振っている。

 その姿は、鳥の面影をどこかに残しつつも、紛れもなく恐竜に近い。

 頭のくちばしが鳥の印象を強めているのだろう。

 そのくちばしも、牙のような突起が並んでいて、くちばしと言って良いのか悩ましい。

 その鳥もどきの恐竜は、くちばしはかすかに開閉しており、目は苦しそうに半開き。

 体のあちこちに大きな傷を受けているから当たり前かもしれない。

(あいかわらず、弓の威力はすげえな)

 仲間のなした攻撃の結果に剣士は笑みを浮かべる。

 着弾地点を中心にクレーターのように表面をうがってる矢の威力は、何度見てもすごいとしか言いようがない。

 そこか与えず流血を強いてる事で、大型モンスターの動きはかなり鈍っている。

 もちろんそこはモンスター、流血もかなりよわまり、えぐられた肉も少し盛り上がっている。

 傷の回復速度は人間やまともな生物と比べものにならないほど高い。

 再生といってもよいほどに。

 弓取りの努力が無駄になるというわけではないが、物陰からの攻撃でモンスターの血肉を削り取っていた彼の成果は幾分おちてるのは否めない。

 それでも、万全の状態のモンスターとあたるよりははるかに良い。

 ここまでやってくれれば、剣士が接近戦を挑んでも十分な勝機がある。

「行くぞおおおおお!」

 刀を手に、剣士は一気に間を詰めていく。



 能力強化によって身体能力は数倍以上になっている。

 それだけで、走る速度は百メートル二秒にまで短縮されるだろう。

 更に歴戦の剣士は、これまでこなしてきたレベルアップにより身体能力は常人をはるかに越えている。

 オリンピック選手ですら、今の彼の足下には及ばない。

 なおかつ、彼自身が身につけた気の操作法により、己の身体能力を更に向上させている。

 それらの組み合わせによる移動速度は、百メートルを瞬時に詰め寄る事を可能とした。

「そりゃあ!」

 気合いを入れた怒号とともに太刀をくりだす。

 上段…………ではなく、古流剣術でいう陰の太刀、示現流ならばとんぼの構えとよばれるもの。

 そこから斜めに切り落とされた太刀は、手繰る剣士の気をまとう事で切れ味を二倍三倍と増大させる。



 ズドン



 と、太刀切る音とは思えない重い衝撃をもたらす音がモンスターから発せられる。

 剣士の一撃が、モンスターの体に叩きつけられ、体の内側まで浸透した音である。

 様々な強化を受けた剣士と、様々な弱体化を受けたモンスターの相乗効果により、一撃の威力は本来のものより遙かに高まっている。

 本来なら刃渡りの関係で決して届かない体の奥深くまで剣士の刃は届いていた。



 ぎゅえええええええええ…………



 鼓膜を圧倒するような悲鳴があたりに散らばる。

 さしもの大型モンスターも、さすがにその一撃はきつかったようだ。

 致命的な一撃/クリティカルヒット、とまではいかなかったかもしれないが、十分に効果的な打撃ではあったようだ。

「まだまだあ!」

 攻め手をゆるめることなく剣士は攻撃を続行する。

 助走も加えた最初の一撃ほどではないが、続く二撃三撃も相当な打撃となっている。

 気をまとわせた太刀でなければ、その衝撃に耐えられないだろうと思えるほどの。

 さしものモンスターも、そんな一撃を繰り返し受けた事で生命活動をどんどんと弱めていく。



 くぅええええええええぇ…………



 己を鼓舞しようとするかのようなモンスターの叫びがむなしく路上に響く。

 その口をふさぐように、モンスターの頭に炎の玉が飛ぶ。

 それはモンスターの頭に当たると、爆発するようにひろがった。

 直径数メートルほどにまでひろがったそれに覆われ、モンスターの顔の半分は焼けただれていった。

 表面だけでなく、その内側の肉も熱気にえぐられている。



 ふゅえええええええぇ…………



 先ほどより小さな悲鳴があがる。

「まだまだ行くぞ!」

 剣士より後方にいた魔術師は、魔法による攻撃を更に続ける。

 光の矢が何本もあらわれ、それがモンスターにとんでいく。

「結界、更に強化」

 張っていた結界の中での圧力が更に高まる。

 これにより大型モンスターはこの場から逃げるのも困難なほどの負担を受ける。

 傷を負ってなければどうにかなったかもしれないが、体のあちこちを刃でえぐられた今ではもう無理だろう。

「いいぞ、そのまま動くなよ」

 弓取りが動きの鈍くなった大型モンスターに矢を放ち続ける。

 剣士が接近してるのでねらいづらかったが、大本のモンスターの動きが鈍ったならそれほど難しくもない。

 ロケットランチャーかと思うような矢を何発も放っていく。

 驚異的な回復力を持つモンスターも、そんな攻撃を受けてひとたまりもない。

 ひび割れたアスファルトの上に力なく倒れるだけである。

「とどめだ!」

 横たわった首に剣士が上段で太刀を切り落とす。

 断頭台となった刃が、モンスターの首を断ち切った。



「終わったな」

 戻ってきた弓取りが声をかけてくる。

「おう、お疲れさん」

 ここにモンスターを呼び込むために走り回りながら攻撃をしかけ続けていた弓取りに労いの言葉をかける。

 彼がいなければ、まともな状態の大型モンスターと戦う事になっていただろう。

 そうなったら、こんなに楽に倒せなかったはずだ。

「いつも助かるよ」

「よせやい、おまえが止めをさしてくれるからこっちはどうにかやってられるんだからよ」

 弓取りも、接近してモンスターと戦う剣士をねぎらう。

 遠距離からの攻撃も、接近しての戦闘も、互いに援護しあう関係だ。

 どちらか一方がいなければ、苦戦は免れない。

「ま、さっさと片づけちまおうや」

 そういって弓取りは倒したモンスターの方へと向かっていく。

 モンスターの体には普通では採取できないような物質や、加工して道具として用いることができる部位がある。

 それらを集めて持ち帰れば結構な金になる。

 剣士も弓取りも、そして二人の魔法使いもそれを求めてここまでやってきている。

 もちろんモンスターが人里に近づく前に倒す、という目的もある。

 だが、それだけでは腹は膨れない。

 変わってしまったこの世界で生きていくには、倒したモンスターの解体作業も必要になる。

「おーい、早くやっちまおうぜ」

「早くしないと日が暮れますよ」

 解体用の物騒な道具を手にした魔法使い二人が、剣士と弓取りを呼んでいる。

「はいよ」

「おう」

 返事をしながら二人も、モンスターへと向かっていった。



 解体が終わり、必要な部位を梱包してトラックの荷台に。

「これでいいかな?」

 肉片などを文字通り荷台に放り込んだ剣士が、荷物を固定する布を確かめる。

 四トントラックの荷台は、採取した大型モンスターの器官などで満載になっていた。

 それでもモンスターそのものからすれば、本当に一部としかいいようがない。

 残りの大半は、その場に残すことになる。

 持ってかえっても使えないので、捨てていく事に未練はない。

「ほんじゃ、いくぞ」

「おーう」

 荷物をくるむシートの上に腰をかけた剣士がこたえると、トラックはゆっくりと動きはじめる。

 運転する弓取りは、慎重に的確に荒れた路上を進んでいく。



 東京近くのこのあたりは、モンスターの発生地点の近くだったので、車両の移動などがギリギリ可能となっている。

 破棄せざるえなくなった町を見てると、ここに元々多くの人が住んでいた事を思い出させ、何とも言えないやるせなさを感じさせる。

 人ではなくモンスターの住処となった町。

 そんなもの世界中にいくつもあるが、それでも廃墟の中を進んでいるとため息がこぼれそうになる。

「またセンチになってんの?」

 そんな剣士に後ろから声がかかる。

 運転席の上にあるサンルーフからでてきた魔法使いの片割れだ。

 危ないと何度も言ってるのだが、こうして外にでるのをやめようとしない。

「危ねえぞ」

 問いかけを無視してそう言う。

 実際、身体能力が人間を越えてる剣士や弓取りと違って、魔法使いなどは常人とさほど変わらない程度の身体能力しかない。

 それでも運動が得意な人間程度に頑丈で健康だったりはするが。

 トラックから落ちたら確実に怪我をする。

 だから荷台にでてくるような事はやめろと剣士などは言っていた。

 もっとも魔法使いのほうは、

「いいじゃない、別に」

と取り合う事もない。

「こっちの方が気持ちいいし」

 人里から離れた場所なら空気も澄んでるので、魔法使いはトラックの上に出て風を感じるのを楽しんでいる。

 さすがに排気ガス渦巻く都内などだと車内にこもるが。

 そんな彼女の、とがった耳が風にそよいでるように見えた。

「人間の作ったものも、たまには良い仕事するよね」

「テレビや電気やガスや水道もだろ」

「まあね。

 でも、森の中の生活が一番だけど」

「だったら森に帰ればいいだろ、ド腐れエルフ」

 世界が変わった日にあらわれた異種族の一つ、エルフに向けて剣士は毒づく。

 が、エルフは気にする風もなく、

「森に電気とガスと水道とテレビがきたらね。

 あと、インターネットも」

などと言い放つ。

 人間の文明を否定しておいてなんだ、と言いたくなる。

 が、そんな言い合いを数限りなくこなし、そのたびに結局言い返せなくなってるので剣士は黙り込む。

「でもよ、血のにおいとか気にならねえのか?」

 シートの下はモンスターから採取したものが転がっている。

 生物であるそれらは、相応ににおうものである。

 生臭さなども苦手なはずのエルフにはきついものであると聞く。

 エルフもそこは心得ていて、

「大丈夫、臭い消しを振りまいておいたから」

と手に消臭剤のスプレーを取り出す。

「それに、肉とかは焼いたりいぶしたから、そんなに臭わないし」

「相変わらず準備がいいな」

「もっちろん。何年もこんな事してるんだもん」

 下手すれば剣士の人生以上のキャリアを持つエルフの魔法使いは、勝ち誇ったような顔をする。

 見た目は二十歳そこそこ、剣士よりわずかに年上という程度に見えるエルフだが、伝説や伝承にあった通り人間より長寿である。

 人間でいう一歳年をとるのに、だいたい十年はかかる、というのがエルフだ。

 さすがに変異の年からやってるという事はないようだが、重ねた経歴は剣士をはるかに上回る。

「さすがババア」

 そういう憎まれ口をたたいて剣士は憂さを晴らす。

 すかさずエルフは、

「あーら、何かおっ・しゃ・い・ま・し・た?」

と一言ずつ言葉を区切って聞き返してくる。

「いえいえ別に~」

 剣士は分かりやすいくらいにわざとらしく、ばっくれ、とぼけ、しらを切った。

「ふーん」

 その後、顔に笑顔を張り付けたエルフが、剣士を精神的に叩きのめす言葉の拷問を開始する。



 運転席で弓取りともう一人の魔法使いは、

「なにやってんだか」

「いつも通りだな」

と呆れながらも放置を決め込んだ。



 異世界転移。

 あるいは変異と呼ばれる夜が訪れた。

 その日、世界は異世界と融合し、幻想と伝承のなかの存在が地球上にあらわれた。

 ある者はいう。

 異世界がこちらにやってきたと。

 別の者はいう。

 いや、我々の世界が異世界に転移したのだと。

 どちらが本当かはいまだ定かではないが、どちらにしても現状に変わりはない。

 地球人からすれば異世界が突然あらわれたように思えたし、異世界の住人からすれば別の世界が突如あらわれたのだから。

 混乱は当然おきたが、それでも人々は現状に対応していくしかない。

 突然あらわれた巨大なモンスターという危機もあった。

 人々は一致団結してそれらに対抗せねばならなかった。

 そんな中で混乱はそれを収める秩序や団結、あるいは区切りや縄張りを発生させていく。

 納得はしなくても妥協はあり、結論は出せないまでも当面の協力を取り付けながら。

 創作やオンラインの中でのファンタジーは急速に現実となって世界に広まっていった。



 そして。

 この日を境にして、魔法という不可解な力が世界に満ちた。

 そして異世界の者達は科学を手に入れた。

 なにより、人々は今まで限界だと思っていた能力を更に向上させる事を可能とした。

 レベルアップという現象は、練習や鍛錬では得られない可能性をもたらしていった。

 それが世界を、どんなゲームよりも刺激的な空間へと変貌させる。



 リアルワールド・オフライン。



 数々のゲームをもじったその言葉が、世界に急速に受け入れられるのにさほど時間はかからなかった。

 この現実こそが、ネットの外こそが現実となった幻想の世界である。

 そう示す言葉として。


 思いつき。

 何もこっちから異世界にいかなくても、異世界がこっちに来ればいいじゃん、とか。

 個人だけでなく世界ごと転移しちゃってもいいじゃん、とか。

 そんな思いつきだけでやってみた。

 もう同じような話はどこかにあるだろうけど。



・追記


 感想で言われてる事をネットで調べてみたら、確かにそれと間違われるかなあ、と思ったので幾らか改変しました。

 もともと、「恐竜が鳥に進化したのではなく、鳥が恐竜に進化したのだ」という話を聞いてこんな風にしたので。

 それが本当かどうかはわかりませんが。

 あらぬ誤解をさせてしまっていたらもうしわけありません。



・追記の2


 恐竜から鳥に進化した、というのが新しい学説みたいですね。

 情報を勘違いしてたかも。

 何にせよ、鳥と恐竜が案外分けがたい存在のようなので、今回のようなモンスターを出してみました。

 最初から恐竜としておけば良かったかな。

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