事前の最後の日
「―――以上、他人の感情に影響を与えることができた、口操王、と言う者のおとぎ話の一編さ。わかりやすい勧善懲悪だろう?」
「......そうですね。たしかにわかりやすいお話だ。日本名が能の項目っぽくて判りづらい事が難ですが」
「そこは翻訳をした昔の人に直接言って貰えるかい。......で、話の続きだが、この噺話はやはりただのフィクションでしかない。......極端に、大人気なく言うならば一切合切ウソっぱちだ」
嘘を吐くことは悪いことである、一般論。嘘をつけば多少なりの申し訳なさを感じる。まぁ、少なくとも快い気持ちにはならん。
事実こそが不変の真実で。
真実とは正しいことだ。
……しかし、いわゆる正義の味方がテレビで出ていたとして、彼らが嘘をつかない誠実極まりない者であるという描写は驚くほど少ない。それどころか、論争の中で嘘を肯定して格好良く見せようというものもある。
「―――つまり嘘即ち悪という考え、固定概念は突き詰めて考えれば、嘘に善も悪も無い」
「はい」
「そして、虚言とは目的のための手段である」
「......そうですか。ただの話の振りに狂言王を持ってきたのはいささか失礼ではないでしょうか」
「そうかな?けっこう完璧な私がここでかの狂言王に礼を失することなど無いと思ったのだから、そんなことはないハズだけどね」
「控えめに言ってウザいですよ」
「なんかいつもに増してひどくないかい?」
まぁそんなうわごとには何の意味もなくて、実際はそこかしこで何の価値もない嘘が蔓延しているこの一般社会で、僕こと沖上翔真は今、敬愛すべき先輩と雑談をしている。
……なぜか僕の自室で。
「いやですね先輩、僕も先輩の趣味の、知って何の価値もない哲学っぽいことを他人に話すとかいうクソみたいな悪癖はしっていますよ。でもですね、それをなんで僕の部屋でまてやる必要があるのでしょうか?」
「私の傷付くことを平気で言うよね君」
いやあんた僕の言葉で傷ついたこと無いだろ。いつもヘラヘラしているが、悩ましいことに、先輩はかなり無駄にしたたかな人物なのである。
「でも私は知っているよ、君はただのツンデレキャラだって」
「おっと先輩、僕の拳はもう暖まってますよ」
「待ってくれ冲上君、喧嘩に走るスイッチがやたら軽い気がする」
「っていうかもうこんな時間じゃないですか、はやく帰ってくださいよ。
ほら、ベッドのクマのぬいぐるみも不快そうな顔をしているじゃないですか」
「ぬいぐるみにそんな機能ないはずだよ」
先輩は風が吹いたら今にも倒れそうなひ弱な感じで立ち上がって
「しょうがない。君がそんなに嫌ならば今日は退散しようか」
「はいぜひそうしてください。つーかもううち来ないでください」
「はっはっは、つれないよなぁ君も、じゃあまた来るよ」
「くんなっつってんだろうがハリガネクソメガネ」
バタン。扉が占められ先輩はマイワールドから去った。
先輩が家からチャリで出るのを二階の自室の窓から確認したのち、SNSを確認する。
この前秋の学園祭で同じ係になり、やっと知り合うきっかけを得たばかりの、三鷹からのメッセージを真っ先に返信した。
叶多『明日の宿題おしえて』
ショウマ『英語の単語プリントだよ(^^)』
叶多『ありがと』
リアルでもSNSでも彼女は基本、無口で素っ気ない感じである。リアルではいつも一人、ハードカバーの本を読んでいる。アイコンも初期のヤツだし、スタンプなんかはまったく使わない。まぁ、僕がまだ彼女とそこまで親密でないだけかもしれないけど。
さて他には......クラスの男子だけか。他愛のない話に適当な相づちを返信し、インターネットでしばらく遊んで、いい時間になったのを認識した。そして僕は、一日を締めるべくベッドに横になった。
ちなみに、僕の英語のプリントは白紙である。