十六の巻『でびゅーエルフの少女』
フィールドは完成した。あとは活躍する役者を揃えなければ
十六の巻『でびゅーエルフの少女』
「お茶をいれてきました」
会議室では腕を組んだ雷丸がうーうーと悩み続けていたが、緋桜が入れてきたお茶を見て考えを一時中断させた。
「さすが緋桜、気が利くぜ」
「ありがとうございます」
受け取った緑茶を腰に手を当てて一気飲み、そして仕事終わりの親父がビールを飲んだときのような声を出す。
「ぷは~~。いつも、ほしい時に持ってきてくれるもんな、こっちこそありがとうだぜ」
「いえ、それほどでも」
たかがお茶くみ、悩みに協力できない無力感からの行動を真正面から雷丸に称賛されて、緋桜の耳たぶが熱くなった。
「緋桜、顔赤い」
「そ、それは熱いお茶を飲んだからだ!」
「まだ一口も飲んでない」
ガラスのコップの中に一つだけ湯気のたっている湯呑の中は少しも減っていない。余計な部分をそげ落とした清の独特な口調は緋桜の内面を的確に撃ち抜いていく。
「色が、変わったか」
雷丸までも緋桜の顔をまじまじと見はじめた。
「いえ、これは湯気の煙でそう見えるだけです!」
「そうだよな見えるだけでもいいんだよな、なにも一から作る必要はない、緋桜でかした!」
悩んでいた答えが緋桜とのやり取りで導き出された。
「はい?」
だが当の緋桜は理解の及ばないところで褒められ続け困惑気味であった。
「清はまだギルドカード作ってなかったよな」
「持ってない」
「亜雪、確かギルマス権限でキャラメイクはできたよな」
「可能ですよ、どのような仕様に?」
「もちろん最初はエルフだ、髪の色は現実にない銀色にしよう。白に近いホワイトシルバーだ」
「了解、清さんこっちにいらしてください」
亜雪が新品のギルドカードを取りだし清の全身を映して取り込む。
「ギルマス権限発動、ツール・キャラクターメイキング」
ゲームではなくリアルにこだわる雷丸は冒険者の登録時、外見をいじるコマンドは一切入れていなかった、あくまでも本人として異世界を冒険するのが理想だったから。だが冒険者ではなくギルドスタッフのメンバーはイベントの時などで盛り上げ用として正副のギルドマスターだけがいじれる権限を作っていたが、一度も使っていなかったので忘れていた。
「耳は日本が生んだ最大の特徴、尖がって長いエルフ耳、生み出してくれたことに敬意を払い実装しました」
設定をすませ登録完了のボタンをタッチする。
ギルドカードが発する特殊な信号が幻術結界に干渉して設定した内容を再現していく、清の黒髪が雪原を思わせるような白銀色に変わり、その白銀の髪をかき分け細長い耳がその姿を現す。服装も黄緑色のミニスカートへ。
「おお、おおお」
「瞳の色も黒だと少しバランスがわるいですね」
設定画面を再度呼び出し、微修正を加えると。
「おおおお~~~!!」
黒かった瞳の色がスカイブルーへと染まっていった。
エルフが登場する多くの物語で、外見的特徴は長い耳のほかに人間よりも華奢な体つきと表現している。多くの異世界物語の影響をもろに受けている雷丸にとって、変身した清はまさに想像通りのエルフ娘であった。
「完璧などありえなかった、まだまだ異世界への道は奥が深い、緋桜!!」
「は、はい」
「アンケートとはとてもナイスなアイデアだった、引き続き行ってくれ」
「御意」
「そして清、その姿では日本名は違和感がある。そうだな……清をもじってキヨナってのはどうだ」
「承知です、御頭様」
「ここではギルドマスターと呼べ」
「失礼、ギルドマスター」
外見はエルフになっても清は清のままであった。
「これで異世界の役者不足という問題は解決のめどがたったな、他になにかあるか?」
「あと一つ、トラブルじゃないけど報告があります、裏山の異世界の件なのですが」
話がまとまった所で亜雪が別の話題を切り出す。それは亜雪の担当でない裏山のことであった。
「裏山、問題ない」
さきほどの報告の通り、担当の清が繰り返す。
「たしかに問題はありません、今はまだですが」
「含みのある言い方だな」
「私が気になっているのは冒険者たちの攻略スピードです。昨日、Cランクの月光熊討伐クエストを受ける冒険者パーティーが現れました」
「な、なんだと、それは確かに早いな」
雷丸は大げさに驚くポーズを取った。すでに本人が渋いギルドマスターの演技をするのを忘れている。
「雷丸様、月光熊とは」
「ああ、少し強力な魔物だな、この裏山異世界で最初の難問として用意してたんだ」
月光熊は言わば中ボス、山の中間に配置されている魔物だ。雷丸の予想では冒険者たちがたどり着くまでに三ヵ月はかかると思っていた。それが予想を大きく上回るわずか二週間足らずで到達されてしまった。
「討伐は失敗したようですが、明日大規模な討伐隊のメンバーを募集して再度挑戦するそうです」
「最前線の実態を把握するいい機会だな、調査のためにその討伐隊に参加してみるか」
「すぐに弧乃衛忍軍は動かせる」
「御側衆もいつでも準備はできています」
雷丸の元、一つになっていても元々は狗賀と狐賀二つの忍軍であった。普段はなりを潜めているが小さな所で対抗心が残っている。その調査をぜひ自分と部下にやらせてくれと名乗りをあげる。
「いや、ここは俺が直接参加しよう、幸いレベルもこの前のモーターゴーレムのおかげで上がっているし」
クラッシャービークルもさらりと魔物登録していた雷丸、魔物なのだから倒せば当然経験値が手に入る。今のレベルならCランクのクエストに参加しても十分に通用するだろう。
楽しそうな笑みを浮かべる雷丸、調査といいながら冒険に出かけられるのが楽しみで仕方がないみたいだ。まるでピクニックを前日の控えた園児のように顔がゆるみきっている。
「お一人ではいくらなんでも危険です。私が護衛として同行します」
「エルフのキヨナ、でびゅーで護衛」
意外とエルフの姿を気に入っていたようで、エルフ娘となった清が珍しく自己主張してきた。