十五に巻『悪い方』
十五の巻『悪い方』
亜雪がアンケート結果の悪い方の束を持ち上げた。
「続きまして悪い方、これが受付で言われた愚痴ですね『疲れる、ファンタジーなのに山歩きとかリアル過ぎてしんどい』『敵のゴブリンがリアル過ぎて気持ちわる』『チートが欲しい』『俺ツエーーーーーがしたい、初期が弱すぎる』『チートよこせ!』『敵とのパワーバランスが悪すぎるぜんぜん勝てねー、クソゲー』『受付嬢はカワイイけど、冒険にでると女っ気がまったくない』『精霊も妖精もいない(女型)』『半透明の半裸精霊とか出てこない、半日も湖でまったのに遭遇しなかった』『チートないのかよ』『獣耳、ウサ耳、猫耳、エルフ耳のいない異世界なんってファンタジーじゃない、パチもんやッ!!!!!』『エルフに会いたいッス』などですね」
「良い方の倍以上あるな」
「これでも個人的に口にしたくないコメントは控えさせてもらいました」
分けられた束の一部が裏側で置かれているのがある。これが亜雪の除外した部分なのだろう。そのうちの一枚を清がおもむろにめくり読み上げてしまった。
「奴隷いないのかよ、俺様の○○○を○○○○○てー」
「ちょっと清!」
緋桜が手裏剣の連続投擲でアンケート用紙を斬り刻む。
「緋桜、危ない」
清の手には切り刻まれたアンケート用紙の切れ端だけが残っていた。
「危ないのはお前だ!」
「御頭様、俺様の○○○って」
「ここだとあれだから後で――」
「教えなくて結構です!」
亜雪が丸めたアンケート用紙で雷丸の頭をはたいた。
「雷丸様、清に変なことを吹き込まないでくださいね」
「御頭様」
清が教えてほしいと視線で訴えてくるが、姉が大事な妹を守るようなプレッシャーをかけてくる緋桜と亜雪の前に雷丸は口を閉じざるおえなかった。
「もう少ししたら自然と意味が分かるからそれまで待ってくれ、それと、ここではギルドマスターと呼んでくれ」
「了解、ギルドマスター」
プレッシャーに負けた雷丸は話題を無理やり打ち切る。
「雷丸、会議の続きをしても」
「ああ頼む、アンケートで一番多かったのはチートくれか?」
「そうですね、言葉は最強、無敵、英雄に王、いろいろありましたが意味は同じでしょう」
「私にはその辺が理解できませんでした」
ゲームやパソコンにめっぽう弱い緋桜には外国語よりも難しい難問なのかもしれない。
「ようは、ズルして簡単に強くなりたいってことだ」
「はーなるほど」
緋桜は分かったような、分からないような受け答えをした。
「でも、チートはギルドが目指すリアルファンタジーとは噛み合わないので却下」
「当たり前ですね、それよりも雷丸」
「わかっている、俺も舞台ばっかり整えて、舞台上がる役者のことを忘れていた。未熟だな、まだまだ改善の余地があった」
「完璧とは程遠いですね」
とたんにギルドマスターモードに入る雷丸。亜雪が何を言いたいのか聞かなくてもわかっているようだ。
「さて、どうしたものか」
会話が途切れ雷丸は一人で脳内会議をはじめた。
会議室になっている和室の天井を見上げ握った拳でコンコンコンと軽く自分の額をたたく。会議参加者は亜雪をのぞき雷丸が何を考えているのか見当がつかなかった。
このままこの場所にいても役に立たないと悟った緋桜は、補佐を亜雪に任せお茶をいれに席を立った。
一階事務所の隣にある給湯室、旅館の頃は仲居たちの休憩室だったのだろう。古く小さなコンロにヤカンを置きお湯が沸くのを待つ。
ギルドのホールからは活気のいい話し声がここまで聞こえていた。
冒険者ギルド狼弧は間違いなく繁盛している。雷丸の趣味ではじまった計画。雷丸には子供の頃に救われ、忍としても一族を救ってもらった恩がある。忍として使える主君は雷丸しかいないとひたすらに修行にはげ御側衆筆頭の座を獲得した。
これでお役に立てると喜んだのもつかの間、昔の富豪の息子としてならともかく今は貧乏学生でしかない雷丸が命を狙われるほどの危険な身分でもないく警護など必要としていなかった。
現状、緋桜が忍としての技術を使い雷丸の役にたてることはとても少なかった。それこそ冒険者ギルドをはじめなければ術の行使は一度もなかったかもしれない。
それに引き替え、お嬢様で一般人の亜雪が、雷丸の思想を理解してしっかりとサポート行っている。先ほどもアンケートで浮上した問題も雷丸以外に亜雪だけが正確に理解していた。
緋桜は亜雪に嫉妬していた。
その事実に気がついた緋桜は自分がとても醜い存在ではないかと自己嫌悪する。富豪時代の幼馴染で相棒だと初対面の時に紹介されかたが。
「今の関係はどうなのだろうか……」
ヤカンから蒸気が吹き出し沸騰をしらせる。
「アツ!」
音に驚き思わずヤカンの淵を触ってしまった、普段では考えられないミスである。
「なにをやっているんだ私は」
指を水で冷やした後、急須にお湯を注いでから窓から差しこむ暑い日差しで今が真夏だったことを思い出した。
「本当に何をしているんだろうな」
入れてしまった熱いお茶を自分の分だけそそぎ、残りは冷蔵庫に作り置きされていたパックの緑茶をいれて会議室へと戻っていく。
頭を冷やそうと一人になったのに、一人になれば考えが悪い方、悪い方へと傾いていく、緋桜の足取りは重く、階段を登るとき珍しく足音を鳴らしてしまっていた。