十二の巻『クラッシャービークル』
十二の巻『クラッシャービークル』
作業員たちは見張りが倒されたことなど気づきもせず作業を続けている。抜き取ったエンジンボックスを全て一台の車にはめ込んでいるようだ。
数にして十個近いエンジンが一台に組み込まれている。
「組立完了だな、変形テストにはるぞ」
「変形テスト?」
車のテストでなんで変形が必要なのかと雷丸は疑問に思う。
「雷丸様、作業員が一か所に集まりました。一網打尽にします」
「おう、やったれ」
一網打尽、一つの網で取り尽くす。まさに言葉通り、作業員たちの上に黒い網が広がったと思うと、少し離れて指揮をとっていた、ひときわ肉々しい腕に牛のドクロの入れ墨があるタンクトップマッチョの男以外を捕縛した。
まあ流石に、一つの網だけでは二十四人も同時に捕らえるのは無理なで三箇所で網は展開されていあた。
「侵入者か!」
一応指揮官だけのことはあるようで、突然の事態にも同様せず拳銃を抜き放つが、引き金を引くよりも早く踏み込んだ緋桜が手刀で銃を払い落とした。
「クッソ!」
落とされた銃を拾おうとするが、男の手よりも早く緋桜に足が銃を遠くへ蹴飛す。
「観念しろ」
一瞬視線を巡らせた男は、両手をあげ観念したかのようにその場に座り込んだ。だが、雷丸にはその仕草がどこか演技臭く感じられた。
工場内にいた者は残らず取り押さえた。完璧な不意打ちであり伏兵を配置する余裕もなかった筈、なのに男は緋桜が近づくにつれ、何かを狙っているように目を細る。
それはまるで緋桜との距離を測るようであった。
緋桜も当然その事には気づいているだろう。それでも若手最強のくの一、どのような企みでも跳ね除ける自信があるのだ。万が一の備えで御側衆を周囲を包囲するように指示まで出している万全の態勢。
しかし雷丸には嫌な予感がヒシヒシと沸き起こっていた。
「いったいなんなんだよ、テメェたちは!」
「お前たちのような、ならず者に名乗るはずが――」
「俺たちは冒険者ギルド『狼弧』。窃盗団の討伐依頼を受けてきた」
「雷丸様!!」
緋桜を男に近づけてはいけない、雷丸の体が勝手に動いていた。工業機械の上に登りポーズを取りながら名乗りをあげる。
「緋桜、すぐに離れろ、そいつ何か企んでるぞ!」
「チッ、クラッシャービークル!」
男の声で沈黙していた改造車にエンジンがかかる。
「そんな、誰もいなかったはず」
車は緋桜目掛け突進、緋桜は車を交わしたため牛のドクロ男から引き離されてしまった。
「音声入力を付けといてよかったぜ」
「音声入力だと、面妖な術を」
音声入力はシステムであって術の類ではないが、機械にうとい緋桜には忍術とは違う別系統の技に見えてしまった。
「驚くのはまだ早い、見るがいいこれが現代の最先端兵器だ」
男が車に乗りこみキーをまわすと、各所に取り付けられた超電導エンジンがエメラルドの輝きを放ち、車から二本の歪な足と二本の歪な腕が現れ、頭部の無い二頭身(雷丸の目算)の短足ロボットに変形をした。
「なんというSFだ!」
変形を見た雷丸が思わず声をあげてしまった。
「雷丸様隠れてください」
手の指に当たる部分が機関砲になっており、その照準が雷丸に向けられる。緋桜が雷丸を抱えて物陰に飛び込んだ。
『そのコンテナの影だ、見えてるぞ隠れても無駄だぁ~~!』
クラッシャービークルの外部スピーカーが牛ドクロの声を伝えてくる。
短く太い脚に装備されたタイヤを回し、工業機械を押しのけながら雷丸たちが隠れた物陰に銃身をねじ込んでくるが。
『一人もいない、どこに消えた!』
作業員を捕縛していた忍たちもいつの間にか姿を隠している。スピーカーから男のわめく声が聞こえるが、それで姿を悟られる忍など一人もいない。
緋桜は雷丸を抱えたまま陰から陰へ移動していた。
「どうにかできるか」
「足を止めしまえば固定砲台です」
予想外の大物、見た目的サイズの大物、が現れてが余裕を崩さない緋桜に雷丸は確信を持って尋ねると、受付嬢を頼んだ時よりも簡単に返事がきた。
『どこだーどこに隠れやがった!』
網にとらわれている仲間などお構いなしにそこかしこを走り回る。沸点ギリギリ、限界を越えればところ構わず乱射をはじめそうだ。
――カツン――
クラッシャービークルの背後で音がした。
『そこか!!』
上半身だけを旋回させ音がした地点に連射する。存続する着弾音、一つのコンテナが蜂の巣となった。だがそこに人影はない。
「どこを見ている」
今度は緋桜がじかに背後から声をかけた。
『そこにいたか、なめやがって』
男は背後にいる緋桜を轢き殺そうとしたが、ホイールが空回するだけで機体が動かない。
『パンクしてやがる』
銃の乱射音にまぎれて忍び立ちがタイヤすべてに手裏剣を投げつけパンクさせていた。動けないのならと上半身を旋回させるが間に合うはずもなく緋桜はすでに足元へ飛び込んでいた。
「まだソルジャーゴブリンの方が早かったぞ」
緋桜が風を纏った飛び蹴り一発で片腕を斬りおとした。
「風遁・鎌鼬」
両手両足に風の刃を纏い名刀のような切れ味をだす緋桜の得意技の一つ。
ガションととても重量感のある落下音のあと、バチバチと放電を始める斬りおとされた腕、発射直前で斬りおとされたため、弾詰まりを起こした砲身が放電で過熱されている。
「まさか――緋桜、物陰に隠れろ!!」
腕がまわりの空気を吸いこみ大爆発。
数十キロある重機が吹き飛び天井の一部に穴をあけた。
「うお~~耳が、耳が痛ってー」
爆音もそれ相応で、一般人の雷丸の耳には相当なダメージがきた、甲高い耳鳴りがレーザーとなって頭の中を乱反射しているような激痛が襲ってくる。
「雷丸様、雷丸様、大丈夫ですか、私の声が聞こえますか!!」
今の爆発も平然と凌いだ超人的忍の緋桜が苦しむ雷丸を見て慌てふためく。
「だ、大丈夫、耳鳴りはするけど聞こえてる」
雷丸の耳が徐々に回復してくると、ガラガラと破片を押しのけて立ち上がるクラッシャービークルの姿があった。タイヤがやられたため、歩行移動に切り替えて動き出す。
「あちらさんも無事だったようだな」
「しばしお待ちを、雷丸様を苦しめた落とし前、キッチリといただいてきます」
全身か炎が立ち昇るかのような怒り、緋桜のまわりだけ温度が急激に上昇する。
「緋桜ちょっとまった!」
「どうしたのですか」
静かな怒り、向けられたわけでもない雷丸ですら震えがきた。それでもいのまま行かす訳にはいかない。
「腕だけであの爆発力だ、本体を壊したら粉々に吹き飛ぶかもしれないぞ」
先ほどの腕は弾詰まりが原因なので本体が必ず爆発するとも限らないが、可能性が無いわけではない。
「はい、塵も残すつもりはありません」
雷丸の意思は伝わらなかった。
冷静そうに見えてマジギレ。本当に塵も残らないかもしれない、工場全体が。
「そうじゃない、この工場は亜雪の所の戸隠峰コンテェルンの傘下だ、大爆発がおきたら、その責任を戸隠峰に押し付けられるかもしれない」
没落経験を持つ雷丸だけに可能性としては低くても、大きな事件、事故による不祥事が財閥のアキレス腱になりかねないことを身に染みて知っている。
何か穏便に倒す手段はないか、爆発しても外にばれない方法。
「ここを外から隔離する――そうだ」
雷丸の中でひらめくモノがあった。
「緋桜!」
「ど、どうしたのですか」
雷丸は緋桜の両肩をガッシと掴んだ。
「俺は大好きなんだ」
「え?」
突然の告白、緋桜の顔が真っ赤になった。
「雷丸様このような場所で何を……」
怒りを忘れて、凛々しかった雰囲気が欠片も無くなる。しかし――。
「緋桜」
「は、はい!」
「俺はSFよりも異世界ファンタジーの方が大好きだ」