十一の巻『忍のやり方』
十一の巻『忍のやり方』
「なんか見た覚えあるな、ここ」
辺りを見回して記憶に検索をかける。
「戸隠峰コンテェルンが所有している街郊外の第六整備工場です」
「第六、工場」
工場の名前を聞き雷丸の中で古い記憶が掘り起こされていく。脳裏に浮かんできたのは幼い日に遊びまわった思い出。
「ああ、思い出した昔は家の工場だったんだ」
「家といいますと、伊古代家の」
「そうそう、伊古代の家がつぶれて工場も閉鎖されそうだったんだけど、親父が戸隠峰に頼んで工場を買ってもらって従業員ごと雇ってもらったんだ」
現在は貧乏暮しでさらに忍一族の長をやってはいるが、雷丸も昔は大富豪の跡取り息子であった。
「外に看板には作業機械入れ替えのため一時休業とありましたが、一つだけ動いている区画があります」
「そこが、やつらのアジトか」
「戸隠峰から盗んだ車を戸隠峰の工場に隠すとは大胆で嫌味な犯行です」
いくら休業中でも警備システムなどはあるはず、それが無断で使用されて外に情報が漏れていないということは。
「手引きした奴がいるな」
「はい、間違いないでしょう」
「動いている場所に案内してくれ」
緋桜を先頭に雷丸を囲み移動する六人の忍たち、雷丸の足音だけが微かに聞こえる。
「あの工場です」
学校の校舎ほどある大型の工場。
窓すべてが黒いカーテンで覆われているが、隙間からわずかに光が漏れている。防音加工されていて音は聞こえないが間違いなく稼働していた。
「かなり気密性の高い工場のようです。出入口の二つと加工品搬出口しかありません」
追跡の後、工場を張りこんでいた者たちと合流して詳細な情報をもらう。すべての出入り口に見張りらしき人影があると、セオリーなら時間をかけて内部情報を収集し足元を固めてから突入の流れになるのだが。
「あそこを調べてくれ」
雷丸が隣の工場と面して細い路地のようになっている場所を指さした。
目的の工場の壁に一か所だけ色の違う部分があった。
忍の一人が指示の場所を調べると、色違いの壁の一部に横にスライドする仕掛けが作られていた。仕掛けを動かせば大人でも屈めば通れるくらいの大きな穴が存在していた。
「これは」
「昔は伊古代の工場だって話したろ、あれは小学校に上がる少し前だったかな、亜雪と二人で工場地帯を異世界に見立ててよく冒険者ゴッコをしてたんだ」
「昔からそんなことしていたんですか」
緋桜は亜雪から雷丸が富豪の御曹司であった頃からの幼馴染で相棒だと聞いていたが、想像以上に二人の幼少時代ははっちゃけていたようだ。
「この工場を盗賊団のアジトって設定にして、侵入するために壁に穴をあけたんだ。工具なら近くに沢山置いてあったしな」
「お、怒られなかったんですか」
「ものすごく怒られた、親父に亜雪と二人で正座させられて説教を受けていたんだが、いつの間にか、説教が交渉にすり替わって」
「はい?」
「すり替えたのは亜雪なんだが、うまく親父の言葉を拾い集めて、掘った穴を抜け穴に改装することになってた。親父は家訓の『一度言った言葉は取り消さない』を誰よりも大事にしてたからな、亜雪にうまく誘導されていた」
「そ、そうなんでか」
今はお淑やかで絵に書いたようなお嬢様である亜雪からは想像ができない。
「亜雪様は小さいころはお転婆だったのですね」
「今のそんなに変わってないぞ」
「え?」
「とにかく、俺はそのことが切っ掛けで亜雪を相棒にしようと心に決めたんだ。それから家がすたれるまでいつも一緒に遊びまわったな」
「へ~、そうなんですか」
どこかつまらなそうに受け答えをする緋桜。
穴の周辺を調査していた御傍衆が大丈夫だと合図を出したのは丁度この時であった。
「抜け穴周囲の安全が確保できたようです、これから偵察に入ります」
「案内は任せろ、俺はこの工場を舞台に盗賊団を三十回は壊滅させたからな」
「いえ、偵察は我々御傍衆に――」
「早籠に乗って、あんな怖い想いしてきたんだ、じっとしていられるか」
「雷丸様!」
「長命令だ」
「……御意」
長命令を出されたら従うしかない御傍衆であった。
抜け穴の先、工場内では。
「オラァ、さっさっとエンジン抜けよ、もたもたすんじゃねーぞ!」
ツナギの上を腰に巻いたタンクトップのマッチョと、その指示に従って働いている全員サングラス装備の作業員という、暑苦しい上に胡散臭い連中が並べられた盗難車の解体をおこなっていた。
ボンネットをあけエメラルドグリーン色が特徴の超電導エンジンボックスが抜き取られていく、エンジンを抜き終わった車は用済みとばかりに工場の端で積み上げられていた。
「目的は超電導エンジンだけで、車自体には興味がないみたいだな」
戸隠峰が開発した超電導エンジンは従来の電動エンジンとは設計コンセプトから違うらしく、羽さえつければ空さえ飛べる馬力が出るとか、ボディ全体に電導して合金製をアップさせると言われるほどの高性能エンジンである。
「工場内作業員二十六名、見張りと思しき者たちは十名、見張りすべてが火器を所持しておりました」
工場内の窃盗団構成員を探り終わった忍が戻ってくる。
「火器って拳銃とかか」
雷丸が予想していたよりも大がかりの組織のようだ。
「雷丸様、ただの窃盗団ではないようです。ここは一旦引いて体制を立て直しましょう」
「相手の数はたしかにこちらの倍以上だがお前たちなら制圧できるんじゃないか、拳銃まで持ってる連中だ、ほっとけばとんでもない事をしでかすかもしれないぞ」
「わかりました、お任せください」
長に危険が及ぶかもしれない状況に撤退を提案した緋桜だが、雷丸の危惧もわかるため、長の指示通り制圧へと切り替える。
「我らは忍、影に潜み相手に気づかれることなく、役目を遂行します」
雷丸の護衛に二人を残して緋桜たちは姿を消した。
散開した忍たちは工場のいたる所の影に身を潜めチャンスをうかがう。最初の標的は火器をもった見張りの十人、サボることなく見張ってはいるが襲撃など無いと高をくくっているのだろう、緊張感はなかった。
緋桜は見張りの一人がタバコで一服をするために銃をおろし胸ポケットに手を入れた瞬間、真後ろに忍び寄ると素早く意識を刈り取り物陰に引きずり込み行動不能に。他の見張りも同様、あくびをした瞬間、よそ見をした瞬間、それぞれが気を抜いた瞬間に忍びよった御傍衆により次々と意識を刈り取られていった。
行動開始からわずか五分で見張りをすべて沈黙させる。
「これが忍流か、派手さはないけど迫力はあったな」
緋桜たちの活躍に雷丸は賞賛を送った。
「これがあなた様が率いる忍の力でございます」
賞賛を受けた緋桜は雷丸の元に戻り、片膝をついて次の指示を待つ。忍として動く緋桜の姿は華麗であり優美であった。